2019年12月26日木曜日

「無職だ」ということを知った途端に、無職偏見回路が発動してしまうのである


どれだけ、「つまらない」と書いてもつまらなさが解消するわけではないけど、限界なので、つまらないと書く。解消というのは、つまらなさがなくなり、楽しくなることなのだが、そんなのは、むりだ。この状態だとむりだ。長期騒音以降、ぼくは、くるしい。

発狂しそうな状態がある。発狂しそうな状態でも、とりあえず生きていれば、ちょっとはまともな状態に移行するときもある。ヘビメタ騒音以降、くるしくてくるしくてしかたがないんだよ。このくるしさは、なんていうのなか、限界的なくるしさだ。

トラブルが発生するとだれでもくるしくなるけど、なんて言うのかな? まだ、トラブル対処のよゆうがあるときにトラブルが発生した場合と、もうまったくよゆうがないときにトラブルが発生した場合とでは、ちょっとちがうんだよな。

いや、ちょっとじゃない。
だいぶ、ちがう。
ぜんぜんちがう。

気違いヘビメタで、常に極限に近いところにいるので、ちょっとでもトラブルが発生するとだめになる。

で、ヘビメタ騒音で極限に近いところにいるということが、トラブルを引き起こしやすい状態なのである。普通の状態であれば、たとえば、震度一のトラブルが一ヶ月に一回ぐらい発生するとしよう。これが普通の人の普通の状態だとする。けど、ヘビメタ騒音以降は、ヘビメタ騒音が影響して、震度一のトラブルが一ヶ月に一〇回ぐらい発生するような状態になってしまう。

ヘビメタ騒音が鳴り終わったあともそうだ。何十年たっても、ヘビメタ騒音が鳴り終わったあと、そういう状態で生きている。ヘビメタ騒音自体が、震度七のトラブルで、一日に数千回発生しているようなものなのだ。だからそれ以降はずっとくるしい。

さいちゅうの一五年間も一五年目以降もくるしい。一年目のくるしさと言ったらない。みんな、一年目のくるしさを経験しないで、「ヘビメタなんてどれだけ鳴っているって言ったってたいしたことはない」とか「ヘビメタ騒音で宿題ができないなんてあまい」とか「ヘビメタ騒音で遅刻してしまうなんてあまい」というようなことを言いやがる。

おまえらは、経験してないだろう。

で、こういうところで、他者とのあいだに溝ができるのである。気違い兄貴は、気違い親父とおなじでしらんぷりだよ。気違い兄貴が震源地なのに、ぜんぜんわかってない。どれだけ言っても、理解しない。頭がおかしいから自分がやっていることがわからない。

あれだけデカイ音で鳴らしているのに、デカイ音で鳴らしているという気持ちかない。認識がない。つもりがない。だから、本人が気違い的にデカイ音で、鳴らしているあいだ、本人には、気違い的にデカイ音で鳴らしているという認知がずっとない状態なのである。

こんなのは、普通は考えられない。けど、うちの兄貴は気違いなので、頑固にそうやって、繰り返す。頑固に否定して繰り返す。頑固に否定したと言うことも否定して繰り返す。本人はまったく関係がないつもりでやり続ける。

殺さなければ、それが終わらない。

この深刻さがわかってない。ヨソのやつらはこの深刻さがわかってない。わかってない。俺に、無理難題を押しつけているというとがわかってない。だれだって、横に気違い家族が住んでいて、そいつが、「つもりがないまま」気違い的にデカイ音で、自分が一番嫌いな音を鳴らし続けたら、遅刻するようになるのに、遅刻するようになるということが、わからない。自分の体験としてわからない。

だれだって、横に気違い家族が住んでいて、そいつが、「つもりがないまま」気違い的にデカイ音で、自分が一番嫌いな音を鳴らし続けたら、一〇〇点が取れるテストで五〇点しかとれなくなるのに、それがわからない。「ヘビメタなんて、関係がない」「ヘビメタなんてどれだけ鳴ってたって、勉強ぐらいできる」「俺だって、工事の音が鳴っている」……ちがうんだよ。ちがうの!!

工事の音や、ちょっとした楽器の音や、カラオケ屋の音や幼稚園生の絶叫とはちがうの!! ちがうんだよ!!! これ、本当にわかってない。普通の音じゃないんだ。どれだけ凶暴な音かわかってない。

うちのすぐ横が幼稚園なのでわかる。ちがうんだよ。となりの人がいろいろな楽器の練習をしているけど、ちがうんだよ。ちがうの!! カラオケ屋やスナックの前をとおるからわかるけど、ちがうの!!

ほんとうにこいつら、わかってないな。どれだけ凶暴な音で、鳴っているかわってない。手につかないんだよ。なにもできないんだよ。気違い騒音の嵐の中にいて、落ちつくことができないんだよ。普通の気分でくらこすことができないんだよ。

生きているだけで、ものすごいエネルギーを消耗してしまう。そして、そのエネルギーがまるで「いきない」のである。夢中になって仕事をしてつかれているというのとはちがうのである。まったく無益なつかれ。

たえているだけで、まるで病人のような状態になる。どうしてもくるしい。どうしても、うまくいかない。けど、やられて、他人とのあいだに溝ができる。そうなると、いろいろなことが積み重なる。

わかってない。

いろいろなことが積み重なるとそれがまた他者とのあいだの溝を大きく、広く、深くするのである。たとえば、ヘビメタ騒音の結果、仕事ができない状態になると、それが、ますます、他人とぼくとのあいだにある溝をひろげる。

仕事ができない状態というのは、無職である状態だ。無職であれば、無職をバカにする人たちが出てくる。たとえば、もし、気違いヘビメタが鳴ってない状態で生きて、ぼくが学者として出会ったら、佐藤のようなやつは俺のことをバカにしない。そりゃ、無職だからバカにしているわけだから。

けど、無職だからバカにしているというような意識は、そんなにはないんだよ。本人が持っている無職に対する偏見に、本人が気がついてない。それほど、深い偏見が、佐藤にはある。けど、佐藤は特別な人間じゃない。日本人の大半が佐藤のような感覚を持っている。無職である人に対して偏見を持っている。

「(相手が)無職だ」ということを知った途端に、無職偏見回路が発動してしまうのである。それが、ほんとうは、人のことをよく見ないで、無職だということでその人のことをバカにするというような態度になってあらわれるのだけど本人は、別に悪いことだと思ってないのである。「そんなのは、無職なんだからしかたがない」と思っている。気違いヘビメタにやられて、働けない状態になって、無職状態が長く続くと、他者の無職に対する偏見に悩まさせれるようになってしまうのである。不可避的に……。

佐藤だって、俺とおなじ期間、俺とおなじぶんだけヘビメタ騒音にやられていたら、どうしても働けないからだになって、無職になる。それが佐藤のような普通の人間にはわからない。逆立ちしたってわからない。佐藤のような人間にとっては、ヘビメタ騒音はたいしたことじゃないのである。ヘビメタ騒音というのは、佐藤にとって他人である人間が経験したヘビメタ騒音であるから、わからない。そして、経験しない以上どこまでも、ヘビメタ騒音というのは、佐藤にとってはそういうヘビメタ騒音なのである。俺が言ってるヘビメタ騒音とはちがう。俺が経験したヘビメタ騒音とはちがう。不可避的に無職にならざるをえないのに、それが、佐藤のような人間にはわからない。

ヘビメタ騒音がどれだけの障害をうむか、まったくわかってない。うまれながらの障害に敏感な佐藤が、うまれたあとに発生するヘビメタ騒音障害に関してはまったく、理解をしめさない。それが人間だ。それが、普通の日本人だ。ヘビメタ騒音で働けなくなるような障害が発生したという(俺の)話しよりも、日本人の労働観のほうが強い。佐藤のなかで強い。だから、テンプレ通りの反応をする。

たまたま、俺よりも「めぐまれていたから」働けるだけなのに、えらそうなことを言いやがって。ヘビメタ騒音が小学六年生の時から二五歳まで、中学三年間と高校三年間をふくんでなっていたというハンディがないから普通に通勤ができるだけなのに、えらそうなことをいいやがって。おまえらだって、ずっとずっと毎日毎日、この世で一番嫌いな音を、「現実を常に無視する」自分勝手な家族が気違い的な意地で鳴らしていたら、通勤する能力をうしなってしまう。

けど、そういうことが、自分の身に起こらなかったから「ヘビメタ騒音なんてたいしたことじゃない」と思ってしまう。「どれだけ鳴っていると言ったってたいした音じゃないんだろ」と思ってしまう。おまえ、毎日やられてみろ。どれだけつらいか。つらいつらい毎日を必死の思いで暮らして、睡眠障害になって、毎日決まった時間に起きるということがどうしてもできなくってしまう。気違いヘビメタにやられて、パッとしない学歴になってしまう。それが、どれだけ、足を引っぱるかわってない。俺は、ヘビメタ騒音がなければ、しかる場所に行けた。しかる場所に行けたら、自分の能力を発揮できた。しかし、しかる場所に行けないとだめなのである。なけなしの努力をして、睡眠障害になってしまう。なけなしの努力をして、疲労と鬱で働けなくなってしまう。

しかし、「騒音で働けないなんてあまい」「そんなのお兄さんに言えばいい」「やっぱり人間は働かないとだめだよ」なんて言われてしまう。気軽に言うな!! 気軽に!! そういうことを言う人にとっては、気軽な問題なんだろうけど、俺にとっては気軽な問題じゃない。人生全部の問題だ。


(働くとは普通に通勤して働くということ)
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。