2019年12月6日金曜日

疲労の『雪』


通販の受け取りがふたつ完了。よし、これでもう、こないはずだ。しかし、ちゃんと頼んでおけばとどくからなぁ、すごいよなぁ。そういうことに関しては恵まれているんだろうなぁ。

けど、長期騒音で人生がないので、憂鬱だ。

紅茶がとどいた。これは、安い紅茶なんだけど、ちょうど紅茶が切れたところなので、大歓迎だ。さっそくあけて飲んでいる。うまい。紅茶がうまい。

けど、長期騒音で人間関係がほろんだので、憂鬱だ。長期騒音でくるしすぎる。

くつがえられないからなぁ。ちょっといいことがあってもくつがえらないんだよな。だれか、根本的なところを長期間やられて、くつがえらなくなっている人っていないかな?

本当に鳴ってたな。
いま2019年12月06日16時25分18秒
午後四時二五分一八秒は、毎日、ものすごい音で鳴ってた。その一秒一秒がぼくの『普通の感覚』をこわす。もう、再建不能だよ。

みんな勘違いしているけど、ストレスというのは、長期間、ずっとつもっていると再起不能になる。

モデルとしては、雪でつぶれた家が、そのままでは元に戻らないのとおなじだ。時間がたてば元に戻るというのは、たとえば、かすり傷とか、風邪とかそういうことなら言えることだけど、長期間続いてしまった場合はそうじゃない。かなり強い刺激が、長期間続いてしまった。これがでかい。


ようするに、たとえば、家に雪がつもったけど、家が倒れない場合なら、春になってあたたかくなればもとにもどる。けど、一度つぶれてしまったら、人為的に建て直さないかぎり、元には戻らない。

みんな、疲労に関して、そんなにつもらないまま、家が建っている状態しか考えてない。実は、疲労に関しても、つもってしまって、家がつぶれてしまった場合というのがある。比喩だけど。

この場合は、自然に元に戻るということはない。

だって、つぶれちゃっているわけだから。

疲労に関して、『つぶれないケース』ばかりを考えているから、ちょっと時間がたてば、疲労の『雪』が、とけて、元に戻ると思っている。

疲労の『雪』は、本体をつぶすほどでなければ、つもっていても、問題はない。

けど、つぶれちゃったら、ダメなんだ。
比喩だけど、こういうことが言える。

で、ヨソの人たちは、気違いヘビメタを経験しているわけではないので、疲労の雪がつもるにしても、すぐにとけると思っている。だから、『やすめばいい』と言う。けど、家がつぶれていたら、雪がなくなっても、家はつぶれたままなんだよ。だから、想定しているモデルがちがうとしか言いようがない。

ほんとうは、長期騒音にやられた人は、家がつぶれた場合なんだよ。けど、ほかの人たちは、雪がつもっているけど、家はつぶれてない状態を想定して、ものごとを言ってる。

だから、『過去のことは影響がない』とか『どれだけ鳴ってたって、鳴り終わったなら関係がない』などと言う。

そりゃ、気違いによる気違い的なヘビメタ騒音を一〇年以上に渡って経験してなければそうなのだろうけど、こっちはそうじゃないのだということが、言える。「こっちはそうじゃないんだ」と言いたくなる。

けど、これまた、言ったって、けっきょく、本人が経験してないのだからわからないだろ。つぶれる前にあたたかくなって、雪がとけてしまうケースしか経験してないのだから、そういう経験をもとにして、人のことも、言う。

『自分だって一メートルつもった』と口をたてて言うかもしれない。『自分だって二メートルつもった』と言うかもしれない。

けど、それは、すべての場合において、過去のことが影響を与えないということを意味しているわけではないのである。二メートルの積雪にたえられる家だって、一〇〇キロメートル、つもったらどうなんだよ?という話しだ。月数切り捨てで、一四年間の気違いヘビメタなんて、一〇〇キロメートルぐらいつもるような量だ。

普通の人が二メートルでたえられたから自分は『つぶれちゃっているエイリにくらべて』丈夫だと思っているだけだ。さらに、二メートルだから、春になって自然に雪がとけて、『普通の状態』に復帰したということを、すべての場合において成り立つものだと思っている。

『雪なんて関係ない』と言う。

春になってとければ雪なんて関係がないという考え方だ。

一理あるけど、一理しかない。

一〇〇キロメートルつもった場合のことを考えてない。その人がたえられる『雪』の量が、積雪三メートルだとする。三メートルまでは、『過去は関係がない』というエリアにとどまり続けることができるけど、三メートル一センチつもって、家が倒壊したら、『過去は関係がない』とは言えない。

しかし、本人は、三メートル以下の積雪しか経験してないので、それが、すべての場合に成り立つルールだと思っている。それで、一〇〇キロメートルつもったぼくに対して勘違いのアドバイスをする。

これは、アドバイスということになっているけど、実際は、侮辱だ。『俺はたえられたけど、オマエはたえられなかった。オマエは俺より劣っている。俺はオマエより丈夫でがんじょうだ』というまちがった認識が成り立っている。そういう認識が成り立っているところで、言っていることだ。自分よりだらしがない人間だと思っているのである。どうしてなら、自分は治ったけど、相手(エイリ)は治ってないからだ。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。