2021年9月18日土曜日

なにか法則のように言ってしまう人たちが悪い。どうしてかというと、法則ではないから

 みんな、実際にやられたわけじゃないから、わからないんだよな。

「どんな場合だって……」とか「だれでも……」というのは、成り立たないと思う。こうすればよくなる系の話で「どんな場合だって……」とか「だれでも……」と言うのは、よくないことだと思う。これ、信じたほうの落ち度なんだけど、実際にやってみれば、反対の結果が返ってくる。「そんなことはない」と思うのは、「どんな場合だって」の「場合」が、その人の想像の範囲内の「場合」に限られているからだと思う。これ、真に受けた人が、ばかを見るのである。もちろん、「どんな場合だって……」とか「だれでも……」と言った人は、そんなことは、考えてない。想定の範囲外だから、考えられない。

++++++++++

たとえば、「どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがある」というようなことを言った人がいたとする。激しいいじめを受けている女子中学生がそれを真に受けたとする。そして、その女中学生が、いじめている側の女子中学生になぐられていたとする。そのとき、「どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがある」という言葉を思い出し、その通りにして、にこにこしたとする。そうしたら、いじめている側の女子中学生は、やめてくれるか? まあ、これは、想像の話だけど、やめずに、なぐり続ける。「こいつ、なぐられているのに笑ってやがるぜ」「マゾだマゾ」「もってやってやれ」なんてことになる。いじめている側の女子中学生って、複数ね。

袋叩きにされて、からだじゅうがいたいとき、この女子中学生は、なんと思うか? 「どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがある」なんて嘘じゃないかと思う。

けど、ニコニコ教団の人は認めない。

「どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがあるというのは、真実だ。どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがある」というのは正しい。実際、自分はニコニコしていたら、いいことがあった……というようなことをニコニコ教団の人は言う。

「ニコニコ笑っていても、いいことなんてない」という女子中学生の認識が正しいのか、どんな場合だってニコニコ笑っていればいいことがある」というニコニコ教団の人の認識が正しいのか?

この女子高生にとっては、「ニコニコ笑っていても、いいことなんてない」という認識が正しいということになる。問題なのは「ニコニコ笑っていればいいことがある」というようなことを、物理法則のようにあつかうことなのである。問題なのは「どんな場合だって」という言葉つけてしまうことなのである。ある条件下では、「ニコニコ笑っていればいいことがある」というが成り立つし、別のある条件下では「ニコニコ笑っていればいいことがある」ということが成り立たない。

それから、「実際、自分はニコニコしていたら、いいことがあった」というのは、個人的な体験である。だから、物理法則のように、どんな場合でも成り立つ法則ではない。そういう意味では、もちろん、なぐられ続けた女子中学生の「ニコニコしていたら、もっとなぐられた」というのも、個人的な体験だ。どっちが、法則として正しいか? どっちも、法則としては正しくない。なにか法則のように言ってしまう人たちが悪い。どうしてかというと、法則ではないから。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。