2021年9月5日日曜日

そんなことであるはずがないだろ。

どうしようかな。ほんとうに、ネズミやきちがい兄貴の騒音についてはいろいろと言いたいことがある。「俺の人生はなんなんだ」と思う。ほかの人にはまったくないハンディで、人生がない。ほかの人は、実際にきちがい兄貴の騒音を「あびてない」ので、わからない。わからないんだ。実際に、あの騒音が何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴っている生活というのを経験したことがない。経験したことがないと、軽く考えることになる。影響を軽く考えてしまう。「そんなんじゃない」と言いたくなる。何千日も毎日積もったら、言いようがないことになる。そりゃ、ハンディがかたちになってあらわれるからだ。ハンディが履歴になってあらわれるからだ。ハンディが体調になってあらわれるからだ。ほかの人は、これを経験してないから、「鳴り終わったら関係がない」など言ったりする。これがどれだけ、ばかげた発言か、言っている本人には、まったくわからない。そんなことであるはずがないだろ。 

本当に、座頭(仮名)とかユキオ(仮名)とかまったくわかってないな。想像力の欠如。自分の身にそういうことが生じたら、どういうことになるか、まったくわからないというのはおかしい。どれだけ、下に見積れば気が済むんだよ。こいつらは、俺を完全に下に見積っている。そして、どうして、完全に下に見積るかというと、履歴がめちゃくちゃだからだ。当時、働いていなかったからだ。そういう、偏見。そして、そういう偏見が当たり前の社会。そういう偏見を持っているやつが、常識的な人間。こんな世界で生きたくないと、ヘビメタ騒音にやられて、不可避的にそうなった俺は、思うだろ。なんで、これがわからない。座頭(仮名)やユキオ(仮名)にあった時点で、ヘビメタ騒音の履歴がつみかさなっている。ヘビメタ騒音にやられた体で動いている。どうして、これがわからない? どうして??

こいつらが、人権を語るのは、ゆるしがたい。こいつらが、人間学を語るのはゆるしがたい。ゆるしがたい。ゆるしがたい。ヘビメタ騒音をやられると、どうしても、そういうことになってしまう。ほかの人がまったくわからないハンディ。障害。なにが、障害児教育だ!! ふざけんな!!! ヘビメタ騒音の障害がどれだけでかいか、わからないのか!!!!!! わからないんだろう。ほんとうに、なめられる。ヘビメタ騒音で、なめられっぱなしだ。普通の人は無視するけど、小学生のときから、ヘビメタ騒音で、なめられっぱなしだ。誤解をうけっぱなしだ。こんなのは、ゆるせない。『生きていたくないな』思うだろ。どうしてこれがわからないのか。どうして?? どうして、わからない。まあ、ヘビメタ騒音というものが、自分の経験したことではないからわからないのだろ。それにしても、ひどすぎる。想像力の欠如。想像力の欠如がはなはだしい。

そういう、特徴は、なにも、座頭(仮名)やユキオ(仮名)に限ったことじゃない。認知療法を振り回すやつ。幸福論を振り回すやつ。ポジティブ思考を振り回すやつ。アドラー心理学を振り回すやつ。精神世界のきれいごとを振り回すやつ。みんなわかってない。

できないからこまっているのに、「そんなのは気にする必要がない」と言う。できないからこまっているのに、「できるようにすればいい」と言う。

どれだけの「努力」と、どれだけの「できない」がつみかさなったか? ヘビメタ騒音のなかで、俺は、死にものぐるいの努力をしてきたんだよ。死にものぐるいの努力をしたって、できなくなるんだよ。どうしてこれがわからない。ヘビメタ騒音をやられると、能力が10分の1になるヘビメタ騒音をやられ続けると、できていたことが、どうしてもできなくなる。どうして、これがわからないのか??

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。