ヘビメタ騒音という条件が、ほかの人には想像できないほど、ひどい条件なのだ。ほかの人は、普通の騒音をこころの中に思い描いて、きちがい家族によるきちがい的な騒音について、誤解をしてしまう。自動的に、誤解をしてしまう。きちがい兄貴のきちがい的な特性がわからないので、どういう頻度で、どういう音のでかさで、どういうしつこさで、鳴らすか、まったくわかっていないのだ。実際に自分が鳴らされて……毎日鳴らされて……ずっとずっとずっと、生活したことがないので、毎日ずっとずっとずっとずっと……鳴らされたときの影響のでかさがわからない。そして、ぼくとは別の個体なので、エイリのことはエイリのことだから、自分のことではないというのがある。自分のことではないので、まったくこまらないのである。どれだけ、きちがい兄貴が、きちがい感覚で鳴らしていたって、実際に自分がこまっていないので、こまらないのである。別の個体に起こっていることだから、「影響」を軽く見てしまうのである。
前投稿のAさんは、Bさんの「竹やぶのなかでの作業」という条件を、軽く見ているのである。そもそも、「言えば言ったことが現実化する」とか「思えば思ったことが現実化する」とかという言い方を採用すると、相手」の条件は無視してしまうことになるのである。「明るいことを考えれば明るいことが起こるし、暗いことを考えると暗いことが起こる」という言い方の場合も、相手の条件は無視してしまうことになる。だから、別の条件によって暗いことが(相手の身の上に発生した場合は)相手の条件を無視することになってしまうのである。しかし、別の条件が相手の状態をつくりだしているわけだから、ほんとうは無視することなんて、できないのである。しかし、無視してしまうのである。かわりに、相手が暗いことを考えたから、その暗いことが起こっているのだと、決めつけてしまう。対処方法は、明るいことを考えることなのである。しかし、これでは、もとの原因にまるで対処しないことになってしまうのである。
前投稿のBさんが、どれだけ「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と明るいことを考えて、竹やぶの中で作業しても、蚊に刺されるような条件が成り立っていれば、高確率で、蚊に刺されるのである。前投稿のAさんが、思霊主義者だとする。その場合、Aさんには、「蚊に刺される条件」が成り立っていないのである。だから、自分なら「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と明るいことを考えて、蚊に刺されないようにすることが可能だと考えてしまうのである。しかし、これは、現実的話ではない。Aさんのこの考えを、蚊が理解してくれるわけではないからだ。蚊は、蚊の本能に従って、行動してしまう。だから、Aさんが、どれだけ「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と思っても、実際に、Bさんとおなじ条件で作業をすれば、かなりの高確率で、蚊に刺されるということになるのである。「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と思うことは、防御にならないのである。蚊に影響をまったく与えないのである。もし、声に出して「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と何回も何回も言った場合は、二酸化炭素や水蒸気によって、蚊がもっと寄ってくるかもしれないのである。「蚊に刺されない」「かゆくなることはない」と言うときに、普通に呼吸する場合よりも、多くの息を出していれば、蚊が寄ってくる確率はあがる。まあ、たいした差はないと思うけど、どちらかというと、蚊をおびきよせる行為なのである。蚊は、Aさんの思いにはまったく反応せずに、Aさんの吐く息や体温に反応してしまうからだ。思いなんて関係がない、物理的な反応なのだ。
この場合も、Aさんは、Bさんに成り立っている条件が成り立っていないので、条件を無視して、思霊理論にそくしたことを、Bさんに言うことができるのである。それは、Aさんには、「竹やぶの中に入って作業をしなければならない」という条件が成り立っていないからだ。おなじ条件なら、思いに関係なく、AさんもBさんも蚊に刺される。Aさんの体温とBさんの体温という条件も、もちろん、おなじだとする。AさんもBさんも、汗が出る量はおなじだとする。ようするに、汗の量という条件もおなじだとするということだ。ともかく、ほかの条件をすべておなじにして、「蚊に刺されない」と思うことだけを、AさんとBさんでかえた場合、結果は、おなじことになると推測できる。ようするに、Aさんには「蚊に刺されない」と思って作業をしてもらい、Bさんには「蚊に刺されない」と思わないで作業した場合、AさんもBさんも蚊に刺されるということになる。実際には、竹やぶにいるときの位置などを完全にそろえることができないので、ばらつきが出ると思う。どうして「位置などを完全にそろえることができない」かというと、ふたりの人間が、同時におなじ場所に立つことができないからだ。けど、「蚊に刺されない」と思わなかっただけで、蚊にまったく刺されないということにはならないだろう。もちろん、冬の竹やぶで、AさんとBさんに、作業をしてもらった場合、AさんもBさんも蚊に刺されなかったということはあり得る。たとえば、AさんとBさんに、冬の竹やぶのなかで作業してもらい、Aさんには「蚊に刺されない」と作業中ずっと思ってもらい、Bさんには「蚊に刺されない」と思わないようにしもらったとする。そして、AさんもBさんも、蚊に刺されなかったとする。その場合、Aさんは、思霊思想をもっているので、「自分は蚊に刺されないと思っていたから、蚊に刺されなかったのだ」と思うだろう。しかし、Aさんは、冬」という条件を無視しているのだ。そして、自分が「蚊に刺されない」と思っていたから、刺されなかったのだと思うことになるだろう。