言霊主義者は、「言えば言ったことが、現実化する」という文と「言えば言ったことが、言霊の力によって現実化する」という文の区別をしていない。
そして、「言ったから」と「言ったあと」の区別をしていない。
そして、さらに、「言葉の力」と「言霊の力」の区別をしていない。だから、いかようにでも、誤解をすることができるのである。
たとえば、あるとき、Aさんが「一〇〇〇万円、ためる」と言ったとする。そして、Aさんが働いて、給料をもらったとする。そしてさらに、Aさんが給料のうちの一部を貯金したとする。
そして、一〇年後に、「一〇〇〇万円、ためた」とする。Aさんが言霊主義者の場合は、「言ったから、一〇〇〇万円ためられた」と言うのである。
Aさんが言霊主義者の場合は、「実際に、一〇〇〇万円ためられたのだから、言霊(理論)は正しい」と言うのである。
しかし、Aさんは、実際に自分が働いたということと、給料をもらったということと、給料の一部を貯金したということを、無視している。なんで、無視をするのだ。無視するな。
実際に、一〇〇〇万円たまったのは、貯金したからだろ。実際に、一〇〇〇万円たまったのは、貯金をするために働いたからだろ。なんで、働いて貯金したという事実を無視するのだ。言霊なんて、関係がないのだ。
Aさんが「一〇〇〇万円、ためる」と言ったあと、実際には、働かず、貯金をしなかったのであれば、「一〇〇〇万円ためる」と言っただけで、実際には、一〇〇〇万円たまらなかったということになる。
実際に、「一〇〇〇万円、ためる」と言ったけど、「一〇〇〇万円、ためるられなかった」人もいるはずだ。
とりあえず、Bさんは「一〇〇〇万円、ためる」と言ったけど、死ぬまで一〇〇〇万円をためられなかったとする。その場合、言霊の力はなかったことになる。
実際に、Aさんの場合にも、言霊の力は、働いていないのである。
「言ったからだ」とAさんが勝手に思い込んでいるだけなのである。Aさんのなかでは「言ったから、一〇〇〇万円たまったんだ」ということになっているだけなのである。
Aさんは、言霊の力によって、たまったと思っているわけだし、これは、言霊があることの証明になると、考えているのだ。
けど、これは、誤解だ。完全に誤解。
実際には、Aさんも言霊の力でお金をためたわけではなくて、働いて貯金をするという、物理的な運動をしたのだ。身体を動かして働く場合のほうが多いからな。頭を使って働くという場合だって、すくなくても、一回以上の手続きをしたはずだ。
それは、物理的な運動なのである。
なので、実際に自分の身体を動かして、稼いだということになる。もちろん、ほかの人に指示を出して、稼ぐ場合だってあるだろう。けど、指示を出すときに、なんらかの運動をしたのである。
たいていの場合、生きていれば、呼吸をしている。呼吸だって、物理的な運動だ。
たいていの場合、物理的な運動をして、生きているのである。これは、言霊の力で、生命をたもつ運動をしているのではない。言ってみれば、人体のしくみにたよって、運動をして、生命を維持しているのである。
この場合も、言霊は、関係がない。
うまれるまえに、「うまれたら、呼吸をする」と言ったから、うまれたあと、呼吸をしたわけではない。言霊なんて関係がないのである。
言霊の力で、呼吸をしているではないのである。
言霊主義者だって、普段、体のしくみに頼って、呼吸をしているのである。
そして、体内では、これまた、物理的な力によって、さまざまなものが運動をしているのである。言霊……は……まったく関係がない。
言わなくたって、細胞レベル、分子レベル、原子レベルで、運動をしている。だから、生命が維持されている。何度も言うけど、「言霊」なんて、一切合切出てこない。どうして、言霊が出てくるのか、不思議なぐらいだ。
言霊主義者だって、生まれたてのときは、言霊のことなんて、まったく知らないのである。それでも、人体のしくみによって、生命を維持できたのである。言霊の力によって、生命を維持したわけではないのである。
言霊主義者が、言語を覚えたのだって、ほんとうは、言霊の力が影響を与えだけではない。
「言語能力が発達すると言ったから、言語能力が発達した」のか?
ちがうね。
言語能力が発達しなければ、「言霊」というような概念について考えることができなかったのだ。これは、言霊の力が、けっきょくは、人間の脳みそのしくみに依存しているということの、あらわれだ。
脳みその発達にあわせて、幼児的万能感がしょうじて、幼児的万能感の一部として、言霊というような考え方が、頭のなかに浮かんだのだ。あるいは、ほかの人が言霊的なことを言っているところを見聞きして、言霊的なことを記憶したのだ。
順番を考えるのならば、言霊の概念形成よりさきに、脳みそが発達したのだ。
もちろん、個人の話をしている。つまり、個体発生について言及しているわけだ。個体発生において、言霊の概念形成よりも、脳みその発達のほうがさきだったのである。
脳みそが、ある程度、発達したあとに、言霊の概念を理解できるようになったのだ。
そして、脳みその発達というのは、これまた、物理的な運動の結果なのである。
だから、この意味でも、物理的な法則のほうが、言霊の法則よりも、強いのである。
もちろん、言霊の法則なんてものはないのだけど、言霊主義者が考えているように、言霊の法則のほうが物理法則よりも、強いということはないということを言っておきたいがために、わざわざ、「物理的な法則のほうが、言霊の法則よりも、強い」と言っておいただけだ。
物理法則のほうが、上なのである。
ここら辺も、言霊主義者が妄想のなかで勘違いしていることなのだけど、言霊には、物理法則を変更するよう力なんてないのだ。
ところが、物理法則よりも、上位の力として、言霊の法則が成り立っているようなことを、言霊主義者は、言う。
完全に、間違っている。