赤ん坊(赤ちゃん)が、縄跳びの二重廻しをできるのかどうかということについて、書いたのだけど、ちょっと、付け足しておく。
赤ん坊が、横になっているとする。「(その)赤ん坊が、三秒以内に、二重廻しをする」と言ったら、二重廻しをすることができるようになるかどうかということだ。言霊に超物理的な力があるのであれば、できるようになるのである。
しかし、言霊主義者だとしても、普通に考えて赤ん坊には、できないと思うだろう。
言霊主義者は、自分が「あたりまえだ」と思うことについては、言霊思考にはならないのである。認知やメタ認知が成り立っているので、条件を無視できない場合は、言霊思考にならないのである。
しかし、言霊主義者は、人の話を聴く場合は、相手の条件を完全に無視してしまうところがある。自分が一倍速で体験したことではないからだ。
ほんとうは……言霊主義者にとっても、物理法則や社会のしくみは、言ったって言った通りにならないことなのである。言えば、言霊の力で現実化するようなものではないのである。
そして、赤ん坊は二重廻しができないというのは、言霊主義者といえども、経験的にわかっていることなので、言霊思考にならないのである。
* * *
ここで、すべての条件を無視する言霊主義者と、自分かあたりまえだと思うことに関ては条件を重視する言霊主義者というものを考えてみよう。
すべての条件を無視する言霊主義者は、赤ん坊だって、「(その)赤ん坊が、三秒以内に、二重廻しをする」と言ったら、二重廻しをすることができるようになると言うのである。
そして、そう思う根拠は、自分の経験から出てくる根拠なのだ。たとえば、「(自分が)雨になると言ったら、雨になったので、言霊理論は正しい」と思っているのである。言霊理論が正しいということは「自分が、雨になると言ったら、雨になった」ということで、証明できると思っているのだ。
だから、だれかが、「(その)赤ん坊が、三秒以内に、二重廻しをする」と言ったら、二重廻しをすることができるようになる」と言ったら、二重廻しができるようになるのである。
そして、条件を重視する言霊主義者が「いくらなんでも、それは、無理だ」と言ったとする。その場合、条件を無視する言霊主義者は「できないと言うから、できない」と条件を重視する言霊主義者に言うのである。
条件を無視する言霊主義者は「無理だと言うから、無理なんだ」と条件を重視する言霊主義者に言うのである。条件を無視する言霊主義者は「できると言えばできる」と条件を重視する言霊主義者に言うのである。
そして、たとえば……赤ん坊がいるまえで、条件を無視する言霊主義者が「この赤ん坊は、三秒以内に二重廻しをする」と言ったとする。その場合、その赤ん坊は、二重廻しができない。当然、自分の足で立つこともできない。二重廻しどころか、普通に縄跳び(一回のジャンプで一回縄を回す縄跳び)をすることもできないのだ。
けど、条件を無視する言霊主義者は、できないということを認めないのである。できない現実を認めない。条件を無視する言霊主義者は、現実を無視して、「できると言えばできる」と言うのである。
ようするに、条件を無視する言霊主義者は、妄想のなかで生きていて、現実を見ないのである。条件を無視する言霊主義者には、赤ん坊が、元気に立って、自分で移動して、どこから出現したのかわからない縄跳びをもって、二重廻しをする光景が見えるのである。
いまや、条件を無視する言霊主義者にとっては、妄想世界のほうが、現実なのである。だから、現実に適応できなくなってしまう。
しかし、『多くの言霊主義者は、現実に適応しているではないか』と思う人がいると思う。多くの言霊主義者は、条件を無視しない言霊主義者なのである。
しかし、条件を無視しない言霊主義者というのは、他人のことについては、他人の条件を無視しがちなのである。条件を無視しない言霊主義者というのは、自分が「あたりまえだ」と思うことに関しては、条件を無視しない傾向が強いのである。
あるいは、自分が「むりだ」と思っている場合は、無理である条件を理解しているので、「できる」と思わないのである。
『言えば、言ったことが現実化するので、できると言えば、できる』と思わないのである。言霊主義者、失格である。
条件を無視しない言霊主義者は「赤ん坊が、二重廻しなんてできるわけがない」と思っているのである。この場合「赤ん坊」という条件を、条件を無視しない言霊主義者は無視しないで重視しているのである。自分が赤ん坊を目の前で見ている場合は、認知とメタ認知によって、「できない」と考えるのである。
あるいは、「聞いた話」でも、一度、赤ん坊と、縄跳びの二重廻しとの間に、思考の関連ができている場合は、認知とメタ認知によって、「できない」と考えるのである。
どうして、赤ん坊と、縄跳びの二重廻しとの間に、思考の関連ができあがるのかというと、これも、脳みその機能によって、そのような思考の関連ができあがるのである。
この場合、忘れがちなのだけど、過去が、現在の思考に影響を与えているのである。過去は、重要なのである。言霊主義者は、「過去は関係がない」と言いがちなのだけど、「言ったことが現実化する」と言っているのだから、ほんとうは、言霊主義者は過去を重視しているのである。
けど、これも、幼児的な思考と関係があって、矛盾を感じないようになっているのである。
言霊主義者は、同時に、精神世界の人である場合が多いので、言霊主義者なのに、「過去は関係がない」と考える人が多いのである。話を元に戻す。
条件を無視しない言霊主義者と書いたけど、条件を無視するかどうかというのは、かなり恣意的に決まっているのである。そして、恣意的に決まっているということに、まったく(言霊主義者本人が)関心を持っていないのである。
ようするに、『自分はいつもおなじことを言っている』と思っているのである。また、『自分は、いつも、言霊を信じている』と思っているのである。
この自分に関する認識は、間違っている。
たいていの場合、言霊主義者は相手の条件を無視するのだけど、条件を無視しない場合もある。たとえば、対象が赤ん坊の場合だ。言霊がかかわる対象というのがあるのである。
言霊主義者は、自分が経験していなレベルの騒音という条件を無視するけど、言霊の対象が赤ん坊である場合は、言霊の対象が赤ん坊であるという条件は無視しない傾向が強い。
ところで、言霊主義者における時間の問題ということについて、語っておこう。時間制限という条件は、通常、言霊主義者によって無視されるのである。
たとえば、「この赤ん坊が、二重廻しをできるようになる」と言った場合、時間制限をつけないで言った場合、赤ん坊が成長して、二重廻しができるようになる場合がある。
その場合は、『言霊の力によって、この人(赤ん坊だった人)は、二重廻しができるようになった』と言霊主義者は考えてしまうのである。しかし、この思考は、まちがっている。
普通に、成長して二重廻しができるようになったのである。成長した場合、二重廻しができる人は「言霊の力によって」二重廻しができるようになったのではない。
体が成長して、二重廻しが可能な筋肉がつき、そして、運動にかかわる脳のネットワークも発達したので、二重廻しができるようになったのだ。
「この赤ん坊は二重廻しができる」と言霊主義者が言ったことは、まったく関係がないのである。
そして、たとえば、赤ん坊のとき、「(この)赤ん坊が、二重廻しをできるようになる」と言われたのにもかかわらず、一生涯、二重廻しができない人もいるのだ。言霊の力が、働くのであれば、これはあり得ない。
「(この)赤ん坊が、二重廻しをできるようになる」と(だれかが)言ったら、生きているうちに、二重廻しができるようになるのである。
もし、(この)赤ん坊が、二重廻しをできるようになると言ったのに、二重廻しができないまま一生涯を終えた人がいたなら、言霊理論が間違っているということになるのである。
言霊主義者は、言霊理論が間違っているということを認めたくないので、さまざまな誤解をしているのである。言霊理論というのは、さまざまな誤解の上に成り立っている妄想的な理論なのである。
条件を無視する言霊主義者だって、妄想的な現実が、現実にならないではないかと思っている人もいると思う。それは、矛盾を感じない力によって、現実的な世界にとどまって、誤認はあるけど、妄想的な現実が、実際の現実を追い払わないようになっているだけなのである。
ほんとうは、矛盾しているのだけど、本人が矛盾していないと感じているので、普通に暮らしているのである。もし、条件を無視する言霊主義者が、ほんとうに、言霊主義的な世界観で現実を解釈するなら、妄想的な現実解釈になり、実際の現実に適応できくなってしまうのである。
矛盾に気がつかずに、言霊思考にならない時間のほうが長いから、言霊主義者は正気をたもてるのである。
* * *
言霊主義者は、無理だとわかることに関しては、言わないようにしているのである。たとえば、「三秒以内に(この)赤ん坊は二重廻しができるようになる」とは言わない。かわりに「いつか、(この)赤ん坊は二重廻しができるようになる」と言うのである。こうやって、「現実的に可能なこと」を言うようにしているのである。言霊主義者の多くは、自分が経験したことがない騒音生活は、自分が経験していないのでわからないのである。ぼくが、「あのレベルの騒音が鳴っていると、勉強することができない」と言っても、実際には、その言霊主義者は、ぼくが経験したような騒音生活を経験したことがないので、「無理なことではない」と考えて、言霊思考になってしまうのである。こういう切り替えが、無意識的なところで行われているから、いちおう、言霊主義者は狂人にならないで済んでいるのである。
しかし、それは、幼児のようなレベルで、「できるかできないか」を(恣意的に)決めているということなのである。
* * *
条件を無視する言霊主義者と書いたけど、条件を無視する言霊主義者であって、なおかつ、現実を無視する言霊主義者と書くべきなのだ。しかし、そのように書くと、言霊主義者が、どれだけ、現実を無視しているのか、逆にわからなくなってしまうから、条件を無視する言霊主義者と書いておいた。