どうしようなかぁ。頭がもやもやする。頭、もやもや度が高い。高い。高い。どーすれば、いいんだ? うーーん。どうしようかなぁ。あーー。横になってるとき、ほんとうに寝ているとき、考えていることが、ヘビメタ騒音関係のことなのだ。ヘビメタ騒音期間中に経験したことが、「もと」になっている夢を見ることが多い。横になって考えていることも、けっきょくは、ヘビメタ騒音期間中のことと、関係があることだ。だって、いまの状態が、ヘビメタ騒音の結果なのだから……。そして、他人がぼくに言ってきたことというのが、まさしく、ヘビメタ騒音に起因することだからだ。これ、まるでわかっていないんだよな。他人は、他人だから、あれだけの騒音を毎日浴びせられると、どういう状態になるのか、わかっていない。「騒音」に関しては経験があるから、自分が経験した騒音をもとにして考えて、「そんなのは関係がない」と言ってしまう。どれだけ鳴ってたって、宿題ぐらいできる」と言ってしまう。「俺だって苦労した」「俺だって、眠れないときはある」「俺だって、朝はつらい」と言ってしまう。けど、これ、俺が、ヘビメタ騒音がはじまるまえに、経験したことなんだよな。きちがい家族による、きちがい的な騒音と、ほかの騒音はちがうのである。しくみがちがう。そして、きちがい兄貴の、きちがい的な部分に関係があることなのだけど、ほかの人には、関係がないから、きちがい兄貴の、きちがい的な部分は、ほかの人の考える「騒音」からは、ぬけてしまうのである。これが、きついんだよな。こいつらは、ほんとうに、まったくわかっていないのに、妄想的なことを言う。こいつらは、ほんとうに、まったくわかっていないのに、無理なことを言う。こいつらは、ほんとうに、まったくわかっていないのに、なまいきなことを言う。こいつらは、ほんとうに、しょーーーもないやつらなのだ。じゃあ、どうして、一般人が、ぼくにとって、ショーーーーもないやつらになるかというと、きちがい兄貴がきちがい兄貴だからなのだ。きちがい兄貴の感覚なんてほかの人にはわからない。きちがい兄貴は普通の兄貴ではない、異常な兄貴なので、やることがちがうのである。ほかの人が考えないことを、きちがい的な意地でやってしまうのである。ほかの人の、家族は、きちがい兄貴みたいなことをしないのである。それは、ほかの人の家族は、きちがい兄貴のような異常家族ではなくて、正常な家族だからだ。普通の感覚で言えば、起こりえないことが起こっているのである。毎日、おこっていたのである。「過去は関係がない」と言ったやつも、ぶんなぐってやりたいほど、頭にくる。もちろんぶんなぐったりしないけど、そのくらいに頭にくる。普通の人が、普通に、そういう言葉を、投げかけてくるようになる。俺にながけけてくるようになる。きちがいヘビメタ騒音で、実際に被害を受けるとそうなる。これ、普通の人は、無視していることなのだけど、ものすごいことなんだよ。あーー。それから、「なんだ、そんなの!」と、ぶんなぐってやりたいほど、頭にくる。もちろんぶんなぐったりしないけど、そのくらいに頭にくる。昨日も、その言葉を思い出して、いまは、そいつがどこに住んでいるのか知らないけど、そいつのところに行って、ぶんなぐりたくなった。きちがいヘビメタ騒音の影響というのは、こういうやつらが、まったく考えられない影響なのである。こいつらが、こういうことを、俺に言ってくるようになる……ということも、ヘビメタ騒音の影響に他ならないのである。
* * *
いま、日曜日の午後4時27分だ。日曜日の午後4時27分は、鳴っている感じしかしない。あれ、ヘビメタ騒音の雰囲気だ。ヘビメタ騒音がガンガン鳴っている雰囲気だ。これ、俺がどれだけ、きちがい兄貴に、やめるように言っても、きちがい兄貴が、きちがい感覚で無視して、 ヘビメタ騒音がガンガン鳴っている雰囲気だ。これ、ほんとう、ほかの人には、きちがい兄貴のきちがい感覚がわからない。きちがい兄貴が、一番わかっていないのだけどね。本人が、わかっていない。本人が、一番わかっていない。きちがい兄貴は、なにもやっていないつもりなんだぞ。普通の人だったら、どうやっても、自分がでかい音で鳴らしているというとは、知覚してしまうのだよ。だから、「でかい音で鳴らしていない」という態度で鳴らす場合は、そういう芝居をしていることになる。「でかい音で鳴らしているのは、近くして、知っているけど、でかい音で鳴らしているということを認めると、でかい音で鳴らすことができなくなってしまうので、でかい音で鳴らしていないという芝居をする」ことになる。ところが、きちがい兄貴は、脳みその部分がほかの人とはちがうので、でかい音で鳴らしているということを認めると、でかい音で鳴らすことができなくなってしまう場合は、ほんとうに、小さな音で聞こえるようになってしまうのである。普通の音で鳴らしていると、本気で、正直に思っている状態になってしまうのである。本人は、フォークギターぐらいの音で鳴らしているつもりになってしまうのである。フォークギターの音なんて比べ物にならないほどでかい音で鳴らしたいから、フォークギターぐらいの音で鳴らしているということになってしまう。嘘でなく、そう感じてしまう。きちがい回路を搭載しているから、ごく自然にそうなってしまう。これが、問題を引き押す子のだけど、当の本人は、ほんとうに、フォークギターぐらいの音で鳴らしているつもりになっているので、どれだけ言っても、その音で鳴らすのである。自分のみ耳が悪くなるような音で鳴らすのである。ヘビメタ難聴になるほどでかい音で鳴らしているのに、でかい音で鳴らしているという主観的な意識がまったくないのだ。そして、はっきり言ってしまうと、ゆずるときも、親父とおなじ状態になる。「ゆずる」ということができない。きちがい的などケチぶりを発揮して、ゆずらない。けど、本人は「ゆずってやった」気持ちになる。「譲歩してやった」気持ちになる。これも、丸出しで、おかしなところなんだよ。まさに、きちがい丸出し……。きちがい的にずるいところなんだよ。けど、これも、わざと、ゆずったということにしてゆずらないで鳴らし続ける(やりつづける)という気持ちでやっていることではないのだ。きちがい兄貴にとって盲点になっている。けど、きちがい兄貴だって、親父におなじことをやられたら、発狂するんだよ。ものすごく腹を立てるわけ。ようするに、本人がやられる側なら、親父がずるいことをしているということが、わかるんだよ。けど、本人(兄貴)が(弟に)やるときは、完全に親父とおなじ状態になって、自分がやっていることがわからないまま、やりきってしまう。やりきってしまうのだけど、まったくやっていないと認識しているのとおなじ状態になる。これ、芝居でやっているわけではないのだ。だから、ものすごくこまるのだ。他人が想像するのは、「芝居でやっている場合」なんだよ。そして、兄と父がおなじ構造の脳みそをもっているということを、他人は無視してしまう。「そんなのはおかしい」「そんなにでかい音で鳴らしていたら、家族が絶対に注意する」「子どもが小さいときに、そんなに文句を言っていたお父さんなら、絶対に文句を言う」と思ってしまう。思ってしまった結果、俺が嘘を言っていると思うのだ。こんなの、ない。