2015年12月15日火曜日

やっぱり、外に出るのが憂鬱だ

作業をするにはだるい。だるすぎる。心配である。しかし、しかし、寝ていても、くるしい。死にたい。本当に話す人がいないな。相手がいない。こういう時に話せる人がいない。いや、こういう時だではなくて、話せる人がいない。不安だ。助けて。不安だ。

これ、どうしたらいいんだ。やっぱり、外に出るのが憂鬱だ。ヘビメタ騒音のことを思い出してしまう。家にいても、ヘビメタ騒音のことばかりだが、外に出るとなると、また、これ、極端な例が思い出せれるんだよな。入学試験とか。ヘビメタで、高校に落ちている時に、まだ願書の募集をしている高校に行った時のこととか……。

死にたい。あれから、ずいぶんがんばったけど、けっきょく、落ちていくしかなかったな。ヘビメタ騒音がでかすぎる。俺にとってはヘビメタ騒音問題が、でかくてでかくして、いつもいつも、死ぬか生きるかの問題なのに、きちがい兄貴にとっては、まるでやってないのと同じぐらいの気持ちしかない。まるで、一日中、鳴らしてないのと同じ気持でいる。

本当に、全部の時間鳴らすけど、まるで鳴らしてないのと同じ気分なんだよな。鳴らせるから、そのくらいの気分しかない。全部鳴らせるから、そのくらいの気分しかない。本当に、全部の時間、自分が思った通りに鳴らせれば、まったく関心がない状態なのである。空気に満たされているのと同じで、空気に関心がない。

けど、なければ、一分でも続かなければ、そりゃ、大騒ぎだ。空気を吸えないなんて、そんなことはありえないのと同じ。一分でも、全面的に我慢させられたとなったら、大騒ぎだ。けど、一分もゆずらずに、やることができるときは、……毎日そうしているのだけど……まるで関心がない。まるで、一切合切鳴らしてないのと同じ気持ちだ。

だから、一切合切鳴らしてないのだから、「鳴らすな」など言われても、気にもとめない。そういう態度だ。そういう態度で、空気のごとく、鳴らし続ける。当たり前。あって、当たり前。全部やれて当たり前。で、全部やれるから関心がない。鳴らすななんて言われたって、鳴らしてないのと同じ気分だから、気にもとめない。関心がない。好きな時間鳴らすことができれば、ぜんぜん関係がないと思っている。鳴らしているのに!!! 

どれだけ言われたって、鳴らせるなら、一切合切関心がない。空気を吸うように、全部の時間、ものすごい音で鳴らし続ける。つもりなく。気にしないで。意識しないで。関係性を認めないで鳴らしきる。関係あるのに。鳴らしているから関係があるのに、ぜんぜん関係がない人のつもりで鳴らす。鳴らしきる。全部の時間自分が思った通りのでかい音で、鳴らしきる。それで、当たり前。けど、関心がない。関係を認めない。まったく認めない。きちがい兄貴が鳴らしている音なのに、その音に文句を言われても一切合切、自分が関与していると思わない。「そんなのは知らない」ままなのだろう。「つもりがないまま」だ。

外に出たり待合室で座っていたり、そういう時間、俺がどういう気持でいると思うんだ。これ、押さえつけられている。きちがい兄貴の、鳴らすけど、一切合切関心がないという態度に、押さえつけられている。それが僕の生活上にさまざまな!問題を引き起こすのに、一切合切関係がない人として、全部の時間、爆音で鳴らしきる。

昨日のヘビメタ騒音の影響で、試験中眠たい……そういうことを、どうすることもできない。暑くても寒くても、ちょうどいい温度でも、苦しい。気持ち悪い。死にたい。昨日のヘビメタ騒音だけでなくて、一〇〇日前、一〇〇〇日前、三〇〇日前、四〇〇〇日前のヘビメタ騒音の堆積がある。ずっと、毎日積み重なっている。だから、膨大な量になる。常に、そういう膨大な量のヘビメタ騒音を背負って、事に当たらなければならない。外に出なければならない。座ってなければならない。死にたい。どうして僕だけ……。どうして、僕だけ。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。