2015年12月14日月曜日

生活体力を破壊されたのが一番いたい

さっきまで、やばかったけど、なんとか脱した。けど、なんというか……いま、たとえば、部屋のゴミを拾って、ゴミ袋に入れるという作業をしたのだけど、その作業をしているあいだ、感じることは、ここに書いてあることなのである。ここに書いてあるここと同じようなことが頭の中を回転している。エンドレス。で、いま夜の一〇時なんだけど、……この夜の雰囲気も、きちがいヘビメタがエンドレスで鳴っていたときの雰囲気なんだよな。

ぜんぜん変わらない。ずっときちがいヘビメタ騒音で困っている。自転車を漕いでいるときも、きちがいヘビメタをやられて、困って、追い出されるように、騒音から逃げて、ペダルを漕いでいるとき同じ気分になる。そして、破滅破綻。これ、本当に、苦しいんだわ。終わりがないんだよ。人がどう思うか気にせずに書くと、……いや、ようは、こっちの苦しい状態と、きちがい兄貴の気持ちなんだよね。どれだけの乖離があるか。きちがい兄貴は、いまになれば、外向きには、「言われれば静かにしてやった」というような雰囲気を醸し出しているけど……そう、誤解できるようなことを言っているけど、本当は、どれだけなにを言われようが、自分が一分だって静かにするのは嫌だから、静かにしてやらなかっただけなんだよ。

これだけ。本当にこれだけ。自分が一分だって静かにするのは、嫌だということがまず、あって、そこから、いろいろないいわけが派生している。だから、まず、静かにしないということを守って、それで、無視して、「つもりがない」といういいわけをしているという状態だ。本当には、自分がやらなければならないこと、自分が認めなければならないことがわかっている。

それは、最初に言われたときから認識している。だからこそ、ああいう態度になる。鳴らざるを得ない。頑固に、認めないでやりきる。……もし、認めてしまったら、静かにせざるを得ないことは、絶対に、どれだけわかりやすいことでも、認めない。わからないようにする。自分に催眠術をかけて、そこだけは、ぽっこり穴があいて認識できないようにする。

あとは、自動機械のように、頑固にやりきる。で、やったってやってない」状態ができあがる。どれだけ頑固に全部やりきったとしても、ゆずってやったと思うことができる状態ができがある。それだけ。それだけなんだけど、毎日やる。毎日毎時間、毎分、毎秒、やる。全部、細部まで自分が思ったとおりに……要するに、びた一文ゆずらないでやりきる。

けど、本人は、「やりきったつもり」がない。やりきるんだけど、やりきったつもりだけは、一切合切生じないという、きちがい兄貴とってだけ、都合がいい状態がしょうじる。あとは、本当に、それの繰り返しなんだよ。どれだけむきになった思っているんだよ。「言われれば静かにしてやった」というような雰囲気を醸し出そうとするな。誤解を生むようなことを言うな。ふざけるな。

で、ともかく、なんていうのかな、体温差というか、認識差がある。俺にとっては、きちがい兄貴のヘビメタ騒音は、たとえ一〇分間の連続でも、一日の気持ちを悪い方に吹き飛ばす効果があるのだけど、きちがい兄貴は、気楽なんだよ。一切合切ゆずらずに、全部が全部、自分が思ったとおりの音で、思った通りの時間鳴らせるなら、まったく、鳴らしてないのと同じ気分なのである。だから、気楽だ。けど、これが……。気楽なら、やめてくれるかというと、一分だって絶対にやめない状態なんだよ。常にそうだから、常にやりきる。で、これが、つらくてつらくてたまらない。他の人にはわからないだろうけど、つらくてつらくてしかたがない。いまもつらいよ。

人間の大切なところを取られた。人間生活にとって大切な部分を根こそぎ、取られた感じがする。で、それは、僕の努力のたまものなんだよ。これが、言いがたい。文句を言わないで……親友以外の友達には愚痴をこぼさずに、がんばってがんばって、得たものが、この状態なんだよ。ヘビメタ騒音で全部が全部ダメになったこの状態なんだよ。端から、むりなんだよ。むり。むりなんだよ。張りぼて。普通に座っているだけで張りぼて。きちがいヘビメタでいまにも倒れそうな状態で座っている。座ってがんばっている。

けど、教師には自分の話をちゃんと聞いてないように見えたりする。ぼけーーっとしているように見えたりする。きちがい兄貴のことが頭の中でいっぱいになって、昨日の、ヘビメタで崩壊的に疲れていて、なんて言うのかな……ぼーーっとしてしまうときがある。気を抜くとそうなる。気を抜かなくても、断続的にそうなる。これ、本当に言いようがないのだけど、本当に、「すべて」なんだよな。生活のすべて。どうやっても、普通に暮らせなかった。「そんな人無視すればいい」というような助言をくれる人もいるけど、むりなんだよ。鳴らされている以上、むりだった。そんな人というのは、兄貴のことな。


もう前にも書いたけど、生活体力、と言うべきものがある。これは、持続力みたいなものだ。睡眠相、疲れやすさを含んだ長期的な体力のことだ。普通体力といった場合、握力とか背筋力といったものが想像される。反復横跳びも、作業検査も、わりと、短時間で計ることができるものだ。たいてい一日あれば計れるもので、何百日もかけて計るものではない。

けど、実際に働くとなると、朝起きること、通勤することが必要になる。それを、一日だけではなくて、一〇〇日続けた場合からだがどうなるかということがものすごく重要だと思う。とりあえず、普通に測れる方の体力を作業体力と言うことにしたい。別に他の言い方でもいいんだけど、とりあえず、ここでは、簡単に測れる体力を作業体力と言っておこう。

一方、何十日、何百日の経過を見ないとわからないものを、生活体力と言っておこう。作業体力が平均並みにあっても、生活体力がないとどうにもならない。作業体力より、生活体力の方が上なのである。あるいは、別の言い方をすれば、生活体力が基盤になって、その上に、作業体力が成り立っている。

けど、作業体力の方が、計りやすいので、作業体力を計ることになる。動作テストも、そうだ。単位時間あたりに、ある動作を何回繰り返すことができるかというような検査は、労働者の適正を計る検査として適切ではあるのだけど、そこで計っているのは、あくまでも、計りやすい作業体力の方だ。計りにくい生活体力の方は、あって当然のものとして見なされる。

また、とても計りにくいので計測されない。けど、計測されないけど、履歴はわかる。過去の記録が残っている。学校の休みが多いか、あるいは、遅刻は何回あるかというのが、なんていうのかな、おおざっぱな目安とされる。で、普通はそれで問題がないのだけど、僕の場合は、そこのところで、かなり根の深い問題を抱えている。

きちがいヘビメタで一番困ったのはそこだ。きちがいヘビメタ騒音の連続で、失った能力のうち、一番でかいものがそれだ。これは、あんまり重視されないのだけど……問題になることが少ないから、あるいは、計りにくいので無視されがちなのだけど……これが壊されたら、サラリーマンも公務員もできない。普通に働くということができなくなる。

けど、普通の人は、毎日一〇年間にわたって、ずっときちがい的な騒音を聞かされるということがないので、なんていうのかな……それは、ちょっとがんばればできることだと認識されている。普通の人だって、自分が嫌いな音を、……この世で一番嫌いな音を、爆音で、毎日聞かされたら……生活体力がなくなるのに……そういうことがないから、ちょっとがんばればできるものだと思ってしまうのだ。

ようするに、俺のような人は、あるいは俺が言うようなことを言っている人は、根性がない甘えた人間だと認識するわけだ。そういう人が多い。けど、その人たちは、一日に七時間から一四時間、週に五五時間から九八時間、自分が一番嫌いな音に、大変でかい音量でさらされたわけではないのだ。そういう生活を一〇年間続けたわけではないのだ。

だから、そういう生活を体験せずに、経験せずに、そういうことを言っているということになる。「がんばればできる」「ちょっと根性を出せばできる」「損なのができないというのは甘えている」と。けど、じゃ、一〇年間、あるいは、一〇年以上毎日、経験してみろといいたい。そのあとの自分の体力状態がどうなるか、経験してみろと、いいたくなる。

けど、これも、多勢に無勢で、いったところで経験するわけではないので、その人の持っている基準で、ものを言うということになる。その人の持っている基準だと、要するに、「通勤ができないなどというのは甘えている」「みんな、嫌だけどやっている」「根性を出して、がんばればできる」というような基準を持っているので、生活体力がないとかそういうのは、甘えているようにしか見えないのだ。

けど、本当に、俺の同じ分だけ、俺と同じ期間、ずっと、自分が一番嫌いな音にさらされ続けてみろと言いたくなる。さっきから、繰り返しだけどな。まあ、他の人はどうでもいいや。けど、面接官や、採用する側の人が、やっぱり、「そんなに生活体力と言うべきものがないのなら、うちでは無理だ」ということになるだろ。で、それは、正しい。だから、本当はできないのだけど、「できます」と言うしかないという状態を突きつけられる。

生活体力、作業体力、学力、この三つを失った。生活体力は、作業体力と学力の基盤になるものだ。こっちの方が重要だ。当たり前すぎて、問題にならないのだけど、本当は、こっちの方が、でかい。問題として大きい。作業体力がなくても学力があれば、高度な仕事には就ける。学力がなくても、作業体力があれば、繰り返し作業をするような仕事には就ける。けど、生活体力がなければ、そのどちらにも就けない。




わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。