2021年4月12日月曜日

こいつら、ゆるせん。こいつら、ゆるせん

 ほんとうに、きちがいおやじのことで俺が人から悪く思われるというとが多すぎた。ほんとうに、きちがい兄貴のことで俺が人から悪く思われるということが多すぎた。人生のなかで、おおすぎた。けど、ほんとうに、「なる」んだよな。ふつうに、そうなる。だれだって、ヘビメタ騒音に毎日、何千日もさらされ続ければ、「働けないからだ」になるのに、ほかの人には、それがわからない。日本は、働いてないやつは、どれだけばかにしてもいいという風潮がある。風潮なんて生易しいものではない。かなり、無意識的なところで「そう感じてしまう」。そう感じるということは、そう感じても、いいということだ。からだ全体、脳みそ全体が、そういう感じ方を「支持」する。俺が無職のとき、正直に無職だといってしまうとかならず、いやな目にあわされた。きちがい兄貴の騒音のことを話しても、そいつらは、「騒音で働けなくなった」という話を、無視する。信じない。こいつら、ゆるせん。こいつら、ゆるせん。中学生のとき、働いてたわけではないけど、中学生のときも「構造的にはおなじこと」が成り立ってしまう。ほんとうに、一日のなかで、あれだけ長い間ヘビメタ騒音が続くと、どうしても、遅刻をしたり、活動ができなくなる時がある。毎日、続いて、どれだけくるしいか。あの苦しさがわかってないやつが、ほんとうに、あまえたことを言うな。ふざけるな。ゆるせない。こいつらはゆるせない。

きちがいおやじときちがい兄貴が、ほかの人が誤解するようなことをして、俺が誤解されるということが、多すぎる。多すぎた。

もう、それ、幼稚園生のときからあるよ。きちがいおやじが、理由もなく起こるというとを、幼稚園の先生に言ったときがあるのだけど、おさないから親が怒った理由が理解できないのだろうと思われて、そういうふうに考えたという説明を受けた。もう、このころから、始まってたんだな。俺がほんとうのことを言っているのに、ヨソの人が、信じない。おやじや兄貴を好意的に理解して、俺の言っていることを信じない。「おさないから」という理由は、ようするに、俺をばかにしている。幼稚園の時の先生は好きだったから、まあ、俺をばかにしていたというのは、言いすぎだけど、ようするに、おさなくて、親が怒る理由がわからないから理由がないことで怒っているように思っていると解釈したわけだろ。これ、ぜんぜん、ちがうんだよね。はずれ。

ヘビメタ騒音のことだって、ほんとうのひどさが、ほかの人にはわからない。ほかの人だって、たとえば、小学六年生のときから、……そうだな……20歳ぐらいまで、ヘビメタ騒音が、あのレベルで続いたら、絶対に働けない体になるのに……それ以降も働けない体のまま過ごすことになるのに、それが、わからない。わからないから、たとえば、それ以降あった人に「働いてない」ということを言うと、相手は、偏見に基づいて俺をばかにする。まあ、20歳のときだと、「働いていないし、通学もしてない」ということなんだけどな。

偏見に基づいてと書いたけど、なんていうのかな……本能に近い部分にある偏見だ。偏見は学習の結果だから、本能じゃない。本能に近い部分にあると言っても、ほんとうは、本能とは無関係だ。しかし! 考えるまでもなく、「そういうふうに感じてしまう」のである。そういうレベルの思い込みを「本能に近い部分にある偏見」と表現しているわけだ。で、何度も言うけど、「そういう感じ方がおかしい」と本人は、たぶん、一度も考えたことがないのである。そのくらいに、あたりまえなのである。考えるまでもなく、あたりまえ。そして、考えは、その考えのうえに成り立つ。その考えというのは、ここでは「本能に近い部分にある偏見」のことだ。ようするに、意識的な思考の、前提になるような、無意識的な思考のである。そういうものを本能に近いところにある思考と言うことにする。

 

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。