2021年4月18日日曜日

「他人は、うちのなかの現実を正しく認識できない生き物なのだなぁ」 

 あれから横になってたけど、眠れなかった。水分補給のために起きてきた。

しょーーじき言って、むなしい。むなしい~~。これが俺の人生か? あー、むなしい。

はっきり言って、楽しくない気持ちなんだけど、この楽しくない気持ちが、どうにもならない。やられすぎた。ボロボロ。修復可能な範囲でボロボロなら、修復できるみたいなんだけど、どうも、修復不可能な範囲でボロボロみたいだ。そうなると、ずっとこのままだということだ。たのしくないんだよ。かりに、ぼくのことが好きな、ものすごくかわいい女と一緒にいても、楽しくないような気がする。 こころが、おどらない。うわむきにならない。

なんか、もやーっとして、こころがぺっちゃんこだ。「めんどうくさい」とか「つまらない」という感情がうかびあがってくる。ちょっとずつでも、修復されればよいのだけど……。 

長期騒音でボロボロになったのと、長期騒音の人間関係でボロボロになったのと、きちがいおやじ関係でボロボロになったのが、くっついているんだよな。長期騒音とおやじのことは俺の人間関係にダイレクトに影響を与えている。影響を与えないようにするということができなかった。

それは、からだがダメージを受けているからだ。からだには、臓器としての脳もふくまれる。

脳みそがダメージを受けた。

その場合、意識的に「こうしよう」「ああしよう」と思っても無駄だ。「できるできる」と言えばできるようになるというものでもない。かつて、簡単にできることが、できなくなって、人から誤解を受けるようになる。

世の中には、意識的な努力をすれば、かならず、できるようになるというような考えを信仰している人たちがいる。その人たちが、勝手にがんばるのはいいけど……つまり、意識的な努力をする場合はいいけど、そういう幼稚な考えを人におしつけるな。

それから、この人たちは、まったく区別してないけど「まだできない」と「もうできない」のちがいはでかい。区別するべきだ。

きちがい家族にたたられなかった人や長期騒音にたたられなかった人は、「俺が努力もしないで」ネガティブなことを言っていると思うんだろうな。 

ほんとうに、こういうことも、生きる気力をそぎおとすよ。そいつらは、元気づけようとしてそういうことを言う場合もあるけど、生きる気力がなくなる。そういう無理解な発言が、生きる気力をそぐ。「また、これか」と思う。俺が長期騒音のなかで何万回も感じたことだ。どれだけ、くるしいか、おまえらわかってないな。まあ、きちがい家族に長期騒音をやられたことがないなら、わからないとしても、不思議じゃない。

けっきょく、まわりの人からは、理解されない。まわりの人はきちがい家族にやられてない人間だ。きちがい家族が「うちのなかで」どんなふうに、くるっているかわかってない。どれだけの強情さを発揮するかわかってない。どれだけの頑固さを発揮するかわかってない。そして、意識的ではないのだけど、頑固に否定する。やったことを頑固に否定する。これの繰り返しなんだよな。本人がわかってないんだよな。

これは、地獄だ。空白。

頑固にやり切る態度と、頑固に否定する態度がおなじなんだよ。やっているときも、やり終わったあとも、やったということが、わかってない。認識システムから、こぼれおちている。

本人は、「つもりがないまま」だ。「うちなかで」きちがい家族がやることは、よそのひとは、わからない。「そんなことはないんじゃないの」と軽く言う。これも、実際にやられている人間にとっては、屈辱。けど、これは、「そんなことはないんじゃないの」と軽く言う人間は悪い人間だということではないんだよな。悪い人間じゃない。

けど、あたかも、悪い人間によこしまなことを言われたときのような、効果がある。こういうのは、何回もつみかさなると、だいぶ、効く。それは、きちがい家族とやられた家族の間に生じていることじゃない。

けど、きちがい家族とやられた家族のあいだに生じたことが、こういうことを生じさせてしまう。「他人は、うちのなかの現実を正しく認識できない生き物なのだなぁ」と思ってしまう。

これは、実際にきちがい家族にやられていることと「あわせて」人間に対する根の深い失望をうむ。俺にとって「正しい現実」が認められないわけだからな。

そういうところで「そんなのは無視してがんばればいい」と言われてもなぁ。「無視できないから」こまっている。「がんばれないから」こまっている。そういうなかで!!無視することはできないんだよ。そういうなかで!!がんばることはできない。できないから、こまっている。どうして、ここがわからないのか?

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。