基本的なことを言うと「すべては、自己責任」と他人に言う人は、他人に親切にしないのである。
どうしてかというと『すべては、自己責任だから、他人の身に起きたことは、他人の責任だ』と考えるからだ。
『他人の身に起きたことは、他人の責任だ』と考えているわけだから、他人に親切にしない。けど、人間は矛盾した生き物なので、他人に親切にすることもあるだろう。寄付をすることもあるだろう。
しかし、この寄付というのが、たいていの場合、反対のことに使われるのである。もちろん、『デモンストレーション枠』というのはある。
それは、寄付を集めるのに必要だからやることだ。寄付で集めたカネを、悪いことに使う組織が多すぎた。影の目的のために、カネが使われてしまうのだ。
ともかく、自己責任論者は、『他人の身に起きたことは、他人の責任だ』と考えているわけだから、他人に親切にしない。
まあ、「すべては、自己責任だ」と説教をしてやることが、他人に親切にしたことになるのだろう。そういうやつらにとっては……。
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きちがい親父が、きちがい的な意地で、竹を植えたとしよう。そして、その結果、おかあさんが、被害を受けたとしよう。その場合、「すべては自己責任」と考えるやつらの思考だと、おかあさんが被害を受けたのだから、おかあさんの責任だということになってしまうのである。やられた側の責任は追及するけど、やった側の責任は追及しないのである。
こういう不公平な態度がある。「すべては、自己責任」と言って、他人をせめる人には、そういう不公平な態度がある。
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ときには、こういうやつらが、「人に親切にしましょう」「世のため人のために、つくしましょう」なんて、言っている。
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きちがい親父の行為なのだから、きちがい親父に責任がある。ところが、やられたやつが悪いんだということになってしまうのである。「自分で阻止できなかったからダメなんだ」ということになってしまう。被害を受けたほうの責任だけ追及して、行為の主……やった人の責任は追及しないのである。
こんなの、ない。
これが、あたりまえで正しいと思っているやつらが、どれだけ多いか。
自分の行為の結果、ほかの人に迷惑をかけた。やったほうの責任だ。
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自己責任論をふりまわすやつらは、自己責任論を否定されただけで、がんがん文句を言ってくる連中だ。自己責任論を否定されたのは、自己責任論者の責任じゃないのか。自分が不機嫌になった理由を、他人に求めているぞ。ぜんぜん、自己責任じゃないじゃないか。たとえば、エイリが自己責任論を否定したので、腹が立ったのである。エイリの行為のせいで、自分が腹を立てたということになる。自己責任じゃないじゃないか。