2021年5月22日土曜日

「白玉を出すには、白玉が出ると念じてまわせばいい」……貧乏には「白玉を出す能力」がないのだろうか?

(1)

社会的に「はめこまれた状態」というのがある。この「はめこまれた状態」というのは、制度や制度になってない社会的習慣によって成り立っている。

たとえば、金がないうちに生まれた子供は、金があるうちに生まれた子供にくらべて、買い物にかかわる「願い事」が現実化する確率が低い。そのうちに生まれた子供の世話は、そのうちの親がするということになっている。そして、恒常的に子供になにかを買ってやるのは、親の役目だという考え方がおおくの人の頭のなかに成り立っている。

「その社会の子供」は「その社会の子供」だから、どんな子供にも、「その社会」が、だいたい同じようなものをやってやるということにはなってない。別にそういう考えがいいということを言っているわけではない。

これも、考えの枠組みがあるということだ。
社会の構成員が「当然」と考える考え方がある。これも、「はめ込まれた状態」を形成する条件の一つになる。普段、意識はされないのだけど、網の目状の「常識」が成り立っていて、「その社会の構成員」の行動を制限するのである。

ということをいちおうの前提にして、たとえ話をする。これは、たとえ話だ。金持ちの家に生まれた子供を「金持ち」、普通の家に生まれた子供を「普通」、貧乏な家に生まれた子供を「貧乏」と呼ぶことにする。

ところで、ガラポン抽選機というのを知っているだろうか? これは、ガラガラとまわすと、玉が出てくるという抽選機の一種だ。

出てくる玉の色で、一等賞や二等賞、三等賞、四等賞などが決まるようになっている。今回は、白と黒の二色に限定しておく。

白があたりで、黒がはずれだ。
 

白い玉が出たときは、「幸福なことが起こる」とする。黒い玉が出たときは、「不幸なことが起こる」とする。こういうガラポン抽選機があるとする。以降、白い玉のことを白玉(しろだま)とい言い、黒い玉のことを黒玉(くろだま)と言うことにする。

問題なのは、ガラポン抽選機が置いてある場所で、ガラポン抽選機のなかにはっている玉の割合がちがうということだ。

貧乏が住んでいる地域には、黒玉が90個、白玉が10個入っているガラポン抽選機が置いてある。

普通の子供が住んでいる地域には、黒玉が50個、白玉が50個入っているガラポン抽選機が置いてある。

金持ちが住んでいる地域には、黒玉が10個、白玉が90個入っているガラポン抽選機が置いてある。

貧乏は、貧乏が住んでいる地域のガラポンしかまわせない。

普通は、普通が住んでいる地域のガラポンしか回せない。

金持ちは、金持ちが住んでいる地域のガラポンしかまわせない。


この場合、当然、貧乏は、何回やっても、黒玉しかでない。金持ちは、何回まわしても白玉しか出ない。普通は、白玉が出たり、黒玉が出たりする。

こういうことが成り立っているとき、貧乏が「白玉を出すにはどうしたらいいか」ということにこだわったとする。そのとき、金持ちが「白玉を出すには、白玉が出ると念じてまわせばいい」と言ったとする。

しかし、貧乏がどれだけ「白玉が出る」と念じてまわしても、白玉は出ない。

貧乏は、念じる力が弱いのだろうか?

そんなことはない!!

貧乏は「運がない」のだろうか?

そんなことはない!!

貧乏には「白玉を出す能力」がないのだろうか?

そんなことはない!!


たとえば、「白玉を出す能力」というのはどういうものだろうか?

 

なにか、その人……実際にガラポン抽選機をまわす人に固有の「白玉を出す能力」があるという前提でものを言っているのだけど、そんな能力ははたしてあるのだろうか?

地域がちがうだけだ。

まわすガラポンがちがうだけだ。

その人に固有の「白玉を出す能力」なんてものはない。しかし、「白玉を出す能力」いうわけのわからない能力を想定して、あたかもそれが、実際にあるようなものの言い方をするのだ。

これは、まちがっている。

ぼくが言いたいのは、そういうことだ。その地域に住んでいるということが、「はめこまれている」いうことであって、その地域に住んでいる限り、黒玉ばかりが出るということになっている。

「白玉を出す能力」なんてものはない。

しかし、黒玉ばかりが出ると、「どうして、ぼくは黒玉ばかり出るのだ」と人は考え込んでしまうのだ。そして、白玉を出している人は、白玉を出してきた人として、白玉を出す方法について、まちがった説明をし出す。

ほんとうは、まちがっているのだけど、その説明がまちがっているということを知っているのは、地域によって差があるということを知っている人だけだ。「固有の能力」とか「特別なコツ」なんてものはない。

しかし、あたかも、白玉を出す人には「白玉を出す能力」があるように見えてしまう。また、白玉を出す人は、白玉を出す「なにか特別なコツ」を知っているように見えてしまぅ。コツなんてものは、もちろんない。「白玉を出す能力」なんてものもない。

それが証拠に、白玉ばかり出している人を、貧乏地域に連れてきて、貧乏地域のガラポン抽選機をまわさせれば、何回まわしても黒玉が出るようになる。そりゃ、貧乏がまわすガラポン抽選機のなかには黒玉しか入っていない「から」そうなる。

(2)に


 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。