2021年5月14日金曜日

「そんなことはいってられなくなる」


ヘビメタで人生がない。ヘビメタで人生がない。ヘビメタ「で」……。ヘビメタ「で」……。どんだけたたってきたか? どれだけやられてきたか? きちがい兄貴が、どれだけ言っても、息を吸うように、毎日、頑固に、鳴らしきる。どれだけ、誤解されたか? どれだけ、エネルギーを奪われたか? どれだけ、できることができなくなったか? どれだけ、チャンスを逃してきたか? どれだけ、なめられたか?

ゆるせない……。ゆるせない……。ゆるせない……。

きちがいヘビメタがなければ、俺はできたんだ。やりたいことができた。勉強もできた。普通に女ことつきあうこともできた。それが、きちがい兄貴が、こだわりの音で、こだわってこだわって、鳴らし続けるから、全部できない。

全部が不可能になる。

そして、「全部が不可能になる」と言うと、わらわれるんだよ。下に見られるんだよ。言い訳しているように思われるんだよ。愚痴を言っているように思われるんだよ。

けど、そういうふうに、わらい、下に見て、言い訳していると思い、愚痴を言っていると思うやつは……やつは……一度もヘビメタにやられてないやつだ。

俺だって言いたくはない。

君らは、想像でものを言っている。俺だって、二週間ぐらいはそんなつもりでいた。けど、一か月、一年、一〇年と、月日がのびていくと、そんなことは言ってられなくなる。「そんなことはいってられなくなる」ということが、ほかの人たちにはわからない。 

みんな、きちがい兄貴がどれだけ頑固かわかってない。正常な感覚器を無視して、頑固にやりきったことは、やってないことになってしまう。そういうスイッチが入ってしまう。スイッチが入って、頑固にやったことを、今度は、頑固に否定するということになってしまう。頑固に否定しているときも、スイッチが入っている。 

本人は、知らんぷりたよ。「やったつもりがない」ままだからな。

そうやって、正常な感覚器を無視して、自分がやりたいことをやってしまう。

けど、「やったつもりがない」んだよ。やったつもりがない。感覚器とおなじように自分がやった「まずいこと」を無視してしまう。「そんなのやったってやってなくたっておなじだ」と思ってしまう。じゃあ、「やらないですます」ということができるかというと、できない。きちがい的な意地でやりきる。

きちがい的な意地でやりきろうとするとき、やめさせるとしたら、殺さなければならない。

そういう切迫感が、ほかの人にはまったくわからない。

「言えば通じる」と思っている。「やったなら、やったつもりがある(はずだ)」ということになってしまう。そうなると、矛盾を感じる。認知的不協和がしょうじる。だから俺の言っていることをそのまま認めるということは、なんとなく、不愉快な感じがする。矛盾のあるうそを言われて不愉快な気持になる状態とおなじ状態になってしまう。けど、俺の話にはうそはない。きちがい兄貴の態度にうそがある。

これは、親父もおなじだから。そっくりなんだよ。まったくおなじなんだよ。家族にふたり、そういう人間がいるということがどういうことなのか、ほかの人はまったくわかってない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。