2021年5月29日土曜日

毒親にやられたことがある人の幸福論が必要なのである 

 俺が……記述しなければならないのか? 俺が……。もう、つかれたな。これ、くるしいな。これ、ほんとうにわからないんだよ。きちがい毒親にたたられたことがない人にはわからない。

きちがい毒親にたたられたことがある人ときちがい毒親にたたられたことがない人の比率というのは、どういうものだろうか?

ようするに、割合の問題なんだけど、きちがい毒親にやられた人は、全体の1%ぐらいなんじゃないかなと思う。毒親にたたられた人の割合はもっと大きいだろう。全体の3%ぐらいか? 全体の10%か?

ともかく、きちがい毒親にやられた人ときちがい毒親にやられてない人の割合を考えると、きちがい毒親にやられてない人のほうが大きな割合を占めるということになる。それはどういうことかというと、きちがい毒親にやられたことがない人の基準で、いろいろなことが語られるということなのである。

たとえば、幸福論ということを考えると、きちがい毒親にやられたことがない人の幸福論ができあがって一般的に流布するのである。その幸福論は、きちがい毒親にやられてない人が書いた幸福論であるわけだ。

統計学的な手法を使うと「科学的」というかんむりをつけることができるのだけど、これは、トートロジーになっている可能性がある。けど、これについては、今回はふれない! ともかく、きちがい毒親にやられたことがある人には、きちがい毒親にやられたことがある人の幸福論が必要なのである。

もし、幸福論ということを言うのであれば……。

……けど、そんなことにはならないのである。

これがまた……。

きちがい毒親にやられたことがある人が少なすぎる。割合としては小さすぎるのである。あまりにも特殊なので、無視される。そうなると、どうなるかというと、あたかも、カネモッチーが「感謝をしてまわせば、白玉が出る」と言っているような状態になってしまう。

それは、カネモッチーやフツーッチにとっては都合がいいことだけど、ビンボッチにとっては都合が悪いことだ。よけいにおいつめられることだ。よけいに、せめたてられるようなことでしかない。それとおなじようなことが、絶対少数であるきちがい毒親にやられた人にも成り立つ。

「言っていることが反対に働く」のである。

たとえば、「幸福になるには感謝すること」が奨励されるとする。しかし、きちがい毒親にやられた人が、きちがい毒親に感謝をすると、不幸になってしまうのである。ここらへんのメカニズムについてそのうち、説明する。

あるいは、きちがい毒親にやられた人が、きちがい毒親で以外の人に感謝すると、幸福感を信じることができるかというと、できる場合とできない場合がある。そして、幸福感を感じないことのほうが多い。これも、そのうち、説明したいと思う。

それから、一般人……研究者を含めてきちがい毒親にやられてない一般人は、そもそも、きちがい毒親にやられた人のことがわかってないのである。まるでわかってない。これは、たとえば、アドラーや認知療法家が、強迫神経症者の世界をまるで理解できないということに対応している。

アドラーの理論や認知療法の理論では、強迫神経症者について語ることができないのである。ただたんに、彼らの理論のなかでは、強迫神経症者はただ単に、へんな人になってしまうのである。

これは、彼らは「強迫神経症になる人がいる」という現象を説明できる言語をもちあわせていないということだ。アドラーの理論や認知療法の理論では、「強迫神経症」という現象を説明できない。

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。