2021年5月25日火曜日

それを否定できるのは、貧乏、普通、金持ちのガラポン抽選機の「なかみ」を知っている人だけ

(2)のつもりだったけど、草稿。重複した文章を(3)に書くつもり。


もうちょっと、複雑な設定をしたほうが、言いたいことが言える。けど、ぼくがガラポンのたとえ話で言いたいことは、ほんとうは、金持ちには、「白玉を出す固有の能力」がないのだけど、あたかも「白玉を出す固有の能力」が備わっているように見えてしまうということだ。

それを否定できるのは、貧乏、普通、金持ちのガラポン抽選機の「なかみ」を知っている人だけだ。「なかみ」が秘密のベールに隠されていたら、なんとなく、そういう傾向が成り立っているということは言えるけど、「だからこうだ」とは言えない。

以降、金持ちの人をカネモッチー、普通の人をフツーッチ、貧乏な人をビンボッチと言うようにする。これは、それぞれの「人」をあらわすとする。

もし、カネモッチーが「白玉よ、出ろ」と念じて回すと、白玉が出るということを、言ったとしよう。そうしたら、どうなるか?

フツーッチは、白玉を出したいわけだから「白玉よ、出ろ」と念じてしまわすということになる。

「白玉よ、出ろ」と念じてまわしたとき、たまたま、白玉が出たとする。

そうしたら、そのフツーッチはどう思うか?

「白玉よ、出ろと念じてまわすと、白玉が出る」といういうことは、正しいと思う。真実だと思う。そのフツーッチのなかでは、これは、絶対に正しいことだということになる。そして、もう一度「白玉よ、出ろ」と念じてまわしたら、また、白玉が出たとする。

そうしたらもう、「白玉よ、出ろと念じてまわすと、白玉が出る」と言ったカネモッチーは、そのフツーッチにとって、教祖だ。「白玉よ、出ろと念じてまわすと、白玉が出る」というのは宇宙の絶対法則だと思ってしまう。教祖の言うことは、どんなことでも正しいと思ってしまう。本当は正しくないことを言ったカネモッチーを、完全に、尊敬してしまう。

試行回数を増やせば、白玉が出る率は、おのおのの抽選機のなかに入っている白玉の割合に近づいていく。だから、「白玉よ、出ろと念じてまわすと、白玉が出る」わけではない。

それから、その発言をしたカネモッチーには白玉を出す能力があるわけではない。また、その発言をしたカネモッチーは、白玉を出す「方法」を知っているわけではない。

カネモッチーだから、白玉が出やすいガラポン抽選機をまわせるだけだ。九〇個が白玉で、黒玉は一〇個しか入ってないガラポン抽選機をまわしているから、白玉が出る回数が多いだけだ。白玉を出す「なにか特別な方法」を知っているわけではない。

「そういう抽選機」をまわすから、白玉が多く出るだけなので、そのカネモッチーが白玉ばかりを出すということは、そのカネモッチーが「白玉よ出ろ」と念じることとは関係がない。

そのカネモッチーが、ビンボッチがまわすガラポン抽選機をまわしたら、黒玉ばかりで出てくるということになる。どれだけ念じても、まわす回数が増えれば、黒玉が出る回数が増える。

試行回数が増えれば、実際に白玉を出した回数と、実際に黒玉を出した回数の割合は、抽選機のなかの白玉と黒玉の割合に近くなる。

白玉は幸福、黒玉は不幸の比喩だ。抽選機は、一生のあいだ、ずっとまわし続けることになるので、相当の回数をまわすことになる。回数がじゅうぶんに多いなら、幸福なことと不幸なことの割合は、最初にセットされた白玉と黒玉の割合に近い割合になる。

まあ、ほんとうは、一個目に黒が出たか白が出たかで、二回めに黒が出る確率と白が出る確率はかわってしまう。この問題を回避するために、白玉が一個、出たら、白玉を一個たして、黒玉が一個、出たら黒玉を一個たすということにする。ようするに、ガラポン抽選機のなかには常に一〇〇個の玉が入っていて、その割合は、最初に設定した割合のままだとする。なお、玉は一回に一個しか出ないものとする。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。