2021年5月9日日曜日

えらそうなことを言っているやつは、俺と一緒に生活しているわけではない 感覚がずれた人にやられた人じゃないとわからない。

ヘビメタ騒音「で」どーーーーーーしても、人生がない。全部が不可能になる。やりたかったことがまったくできない。やりたかったことがどうしてもできない人生になってしまった。

そして、きちがいヘビメタのつらさが、ほかの人にはわからないのである。ぼくのハンディがほかの人にはわからない。ほかの人は、ヘビメタ騒音を一分も経験してないし、うちの兄貴によるしつこいヘビメタ騒音が毎日毎日、何時間も何陣も鳴っている状態を経験してない。そうなると、「思うこと」がちがう。このちがいが、でかすぎる。

「どんだけ」と思う。

けど、そんなのは、関係がない人間には、ほんとうにまったく関係がない。なので、ヘビメタ騒音ぶんを無視して、俺と対峙することになる。そうなると、砂糖のような普通の人が「敵」になる。「どうにかなってくれ」としつこく言ってくるかつての親友が「敵」になる。

そりゃ、やられてないという意味で、きちがいヘビメタ騒音が、わからない……。わからないやつばかりだ。俺以外の人間は、うちの兄貴のヘビメタ騒音を経験してない。毎日、深夜、どういう気持ちになるかわかってない。毎日、深夜、どういうからだの状態になるかわかってない。

宿題ができないまま、横になっているということになってしまう。

「一度、寝てから、午前四時ぐらいに起きてやればよいのでは。それなら、しずかな時間に勉強ができる」。きちがいヘビメタ騒音が毎日毎分毎秒!!鳴っているような状態で、生活してない人には、わからない。

家に帰って、ヘビメタ騒音ががんがん鳴っているなかで、眠れるわけがない。

俺の部屋ではそうだ。お母さんの部屋では眠れた。

けど、これだとお母さんが寝る場所がなくなってしまうので、けっきょく、二か月ぐらいで、「やっぱりむりだよ」と言われてやめた。お母さんは、当時も、具合が悪かった。最初は、俺が寝ているあいだ、起きて、テレビを見ていたのだけど、それが、つらかったみたいなのだ。だから、お母さんの部屋で寝るということは、できなくなった。

で、お母さんの部屋で寝る場合も、二時間ぐらいの仮眠だ。たとえば、午後四時二〇分から、午後六時二〇分まで寝るにしろ、そのあいだ、がんがんヘビメタが鳴っているわけだし、午後六時二〇分から、自分の部屋に戻って、「宿題をする」ということが、どーーーしても、できない。

これも、ヘビメタ騒音が鳴っていても、「宿題ぐらいできる」という考えたを持っているやつが、えらそうなことを言うのだけど、「できない」。

で、そういうえらそうなことを言っているやつは、俺と一緒に生活しているわけではない。「うちの」ヘビメタ騒音を、俺の部屋で経験しているわけではない。そういうやつが、偉そうなことを言うな!! という気持ちになる。この気持ちは、相当に怒りを含んだ気持ちだ。

しかし、そういうことを言うやつは、なんで俺が怒っているのかわからない。俺が怒れば、「ただ、意見を言っただけなのにエイリさんが怒った。エイリさんは未熟だから怒った」と思うのだ。裏切られた気持ちというのがある。それは、きちがい兄貴に対する感情だ。ぼくが鳴らされているあいだ、いつも、きちがい兄貴は、「うらぎって」鳴らしていた。普通なら絶対にわかることを理解しない……そういう態度。きちがいおやじとおなじ態度だ。これは、感覚に対する裏切りでもあるのである。きちがい兄貴が、きちがい兄貴の感覚を裏切って鳴らしていた。耳が正常なら、絶対に「でかい音だ」「でかすぎる音だ」ということがわかるのである。けど、そういう現実を無視する。現実を無視しているということを、きちがい的な意地で認めない。これは、感覚に対する裏切りなのである。本人が本人の感覚を裏切っている……わけだが、これは、同時に、「でかい音だ」ということは、耳が正常なら、「認識するはずだ」という俺の感覚も、裏切っている。そういう、嘘くさい態度があるのである。けど、嘘くさいと言っても、嘘をついている本人が、嘘だと思っていないわけで、そういうところに対する「怒り」がある。そりゃ、「認めずに鳴らしていれば」そういうことになるだろ。ハンダゴテ事件で、きちがいおやじが、きちがいおやじが持ってきたハンダゴテが「使えないハンダゴテだ」ということを一切合切、認めなかった。これは、そういうスイッチが入ったら、どれだけ説明がうまい人が説明しても認めないのである。

だから、そういう意味で「感覚を裏切っている」。

この、感覚が正常なら、本来、説明しなくてもわかることがわかってないという「嘘くさい」態度……が、むかつくのである。怒りを感じるのである。怒りを感じざるを得ないのである。それは、やられた人じゃないとわからない。感覚がずれた人にやられた人じゃないとわからない。

で、感覚がずれた人が、一緒に暮らす家族だと、問題がでかくなるのである。会社や学校という、公共の場所とは違う問題がある。そして、きちがいおやじにしろ、きちがい兄貴にしろ、公共の場所ではめったに、そういうところでは、そういうことをめった死にしないのである。うちのなかなら、一〇〇%の時間、一〇〇%意地でそういうことをする。

けど、そういうことをしているいうつもりが、これまた、一〇〇%ない。

そういう、「ずるい」やりかたなんだよ。自分の感覚をだまして、普通なら絶対にわかることを認めないでやり切るという……きちがい的な態度。しかも、本人は、それに無頓着なのである。「やったってやってない」ことなのである。

 

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。