2021年5月26日水曜日

「感謝をしてまわすと、白玉が出る」……カネモッチーが、「嘘情報」を流して、フツーッチとビンボッチがそれを信じてしまう

(以降、重複あり)

 

 もうちょっと、複雑な設定として、超・金持ち、金持ち、普通、貧乏、極貧の五段階に分ける設定を考えたとする。超・金持ちは白一〇〇個、金持ちは、白九〇個に黒一〇個、普通は白五〇個に黒五〇個、貧乏は白一〇個に、黒九〇個、極貧は白〇個に黒一〇〇個。


こうすると、だいぶリアルに近くなる。カネモッチーが、「感謝をしてまわすと、白玉が出る」と言ったとする。

そうなると、フツーッチは、「感謝をしてまわす」ようになる。そして、二回続けて白玉が出れば、「感謝をしてまわせば、白玉が出る」というのは真実だと感じるだろう。そのあと、二回連続して、黒玉が出ても、気にしない。

最初の、白玉二連続のほうが、印象が強烈なので、あとの黒玉に連続は無視してしまう。これは、言ってみれば、失敗にはこだわらないという意味で「ポジティブ思考」だ。

しかし、フツーッチがそのまま、ずっと、何回も何回もガラポンをまわすと、白玉五〇%、黒玉五〇%という確率に近づいていく。しかも、たぶんだけど、「感謝をしてまわせば、白玉が出る」と信じているフツーッチは、「感謝をしてまわしても、確率はおなじだ」ということに気がつかないだろう。


カネモッチーが、白玉をいっぱい出せるのは、金持ちがまわすガラポンのなかにつねに九〇個の白玉が入っているからだ。黒玉は一〇個しかない。

たまには、失敗する。それがまた、リアルだろ。

ずるはしてないという印象ができあがる。

しかし、感謝をしてまわすかどうかは、白玉が出る確率とはまったく関係がない。白玉が出る頻度と言ってもいいのだけど、白玉が出る頻度は「感謝をしてまわすか」「感謝をしないでまわすか」とはまったく!関係がない。

関係がないのだけど、カネモッチーが、「嘘情報」を流して、フツーッチとビンボッチがそれを信じてしまう。問題なのは、カネモッチーには、人をだましてやろうという気持ちがないことだ。これが、どれだけ悪質なことか、カネモッチーもフツーッチもビンボッチも気がつけない。

気がつけるのは、抽選機の秘密を知っている人だけだ。「市場」に参加している人たちは、気がつけない。まあ、市場って「リアル人生ゲーム」の市場ということね。

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。