2024年5月20日月曜日

「言えば」の「ば」と、「言ったら」の「たら」は、曲者なんだよ。

  言霊の力というのは、言ってしまってはまずいのだけど、ない。一〇〇%の確率で、一〇〇%、ない。「ちょっとはある」ということはない。まったくない。

しかし、言霊の力があるように思えるのは、「言ったから」と「言ったあと」を混同しているからだ。また、「言葉の力」と「言霊の力」を混同しているからだ。

AさんとBさんがいて、Aさんが言霊主義者で、Bさんが、なんらかの問題をかかえている人だとする。その場合、Aさんが「言ったことが現実化するから、まるまるになると言えばいい」と、Bさんに助言したとする。Bさんが「まるまるになる」と言っても、まるまるにならなかった。

その場合は、言霊主義者であるAさんは「言い方が悪い」「何回でも○○になるまで言えばいい」「こころをこめて言えばいい」ということを言って、言霊には、まったく力がないことを認めない。

「言えば、言ったことが現実化する」と「こころをこめて言えば、言ったことが現実化する」というのは、まったくちがうことなんだよ。

けど、言霊主義者のなかでは、「おなじことだ」ということになっている。

ここまでは、ぼくがここで、ずっと言っていることだ。Bさんが「まるまるになる」と言ったら、まるまるになったと言う場合がある。これは、Aさんの助言がうまくいったケースだ。

けど、Bさんも、じつは「言ったから」と「言ったあと」を混同しているのである。あるいは、Bさんも「言葉の力」と「言霊の力」を混同しているのである。

なので、「言ったらその通りになった」という場合もあるけど、その場合は、言霊の力でそうなったのではないということは、言っておきたい。基本「言えば、言ったことが現実化する」という言い方のなかには、「から」という文字がでてこない。「言えば」という文字しか出てこない。

言霊の説明をしなければ、「言ったから、言ったとおりになる」ということは言ってない。「言えば」の「ば」は、仮定を意味している。「言った場合を」仮定して話しているのだ。

しかし、言霊主義者の意識を考えると「言えば、言ったことが現実化する」といのは、「言えば、言ったから、言霊の力によって、言ったことが現実化する」という意味になる。なので、「言ったから」と言っている場合とおなじ意味になる。

「言えば」のほかにも「言ったら」という言葉がある。事前に言霊の説明していなければ、「言ったら」という言い方のなかにも「から」という文字は含まれてない。

なので、「言ったら、言ったとおりになった」という場合は、ありえる。しかし、この場合も、言ったから、言霊の力によって、言ったとおりになったわけではないのだ。言霊の力によって、言ったとおりになることは、一〇〇%、どんな場合でもない。

言霊主義者が主張するような言霊の力が、存在しないからだ。「言えば、言ったとおりになる」「言ったら、言ったとおりになる」「言ったら、言った通りになった」という場合においても、背後にに言霊理論が成り立っているのであれば、言霊理論とおなじ誤謬がある。

「言ったら、言った通りになった」という表現は、じつは曲者だ。

事実の報告をしているように見える。実際に、この発言をしている人の頭のなかには、言霊理論が成り立っていて、言霊主義者とおなじように、「言ったから」言ったことによって、言ったことが現実化したと思っている。

「言ったら、言った通りになった」ということは、ある。けど、それは、言霊理論が正しいということを意味していない。言ったあと、別の理由で、言った通りになっただけだ。

「言えば」の「ば」と、「言ったら」の「たら」は、曲者なんだよ。

確率の問題を話しているとき、「言ったら、言った通りになった」のだから、確率はゼロではないと考える人が出てくる。「たら」には、たしかに、「言ったから」の「から」のような意味はない。

「たら」だから。

ただ単に、「接続の順番」について語っているだけで、「理由」については語っていない。「たら」という言葉を使って語っている人は、「たら」という言葉で、「接続の順番」について言及しているだけで、「理由」について言及しているわけではない。

けど、発言者の背後に、言霊理論が成り立っているのであれば、それは、「から」と言っているのとおなじだ。

「言ったら、言った通りになった」ということは、ありえる。

けど、それは、言霊の力によって言った通りになったわけではないのだ。

この場合は、言ったらの「たら」が、ただ単に時間的な順番(接続状態)を表現しているので、「言ったあと」言った通りになったということになる。

言ったあと、言霊(の力)ではなくて、別の原因で、言った通りになったのである。

けど、「言ったら、言った通りになった」と思っている人は、言霊の力によって、言った通りになったと思っているのである。

なので、誤解がある。

「言ったら」の場合、「言ったあと」を含んでいるので、「言ったら、言った通りになった」と思える確率は、ゼロではない。

けど、「言ったから、言霊の力で、言った通りになる」確率は、ゼロだ。

「言えば」の場合も、「言えば、言ったあと」という意味にも、とれる。その場合、「言えば、言った通りになる」確率は、ゼロではない。

けど、言えば、言霊の力によって、言った通りになる確率は、ゼロだ。

言えば、言ったあと、別の理由で、言った通りになる確率はゼロではない。

しかし、このことは、言霊には、言ったことを現実化させる力があるということを意味してないのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。