2024年5月5日日曜日

「自分だって騒音ぐらいあった」

 ぼくが、一倍速で経験してきたことと、ほかの人が「ヘビメタ騒音の話」を聴いて、想像するものはちがう。ぜーーんぜん、ちがう。ちがうのだけど、ほかの人にはわからない。そして、大多数の人がわからないわけだけど、大多数の人が無職に対して偏見をもっているのである。これ、一倍速でぼくとおなじことを経験すれば、偏見をもっている人だって無職になるのに、それがわからないから、ごく普通に、ぼくに対しても偏見をもつことになる。その人は、無職に対して偏見をもっているので、無職属性をもつぼくにも偏見をもつようになっている。偏見をもてば、「エイリさんは、無職だから、嘘を言っている」と思ったりするようになる。この、きちがい兄貴の話や、きちがい親父の話は、「へんな話」なので、普通の人は、信じない。信じがたい部分があるので、その話が、ほんとうのことなのか、嘘なのか、疑問に持つのである。その場合、「エイリさんが無職だから、嘘を言っている」と判断してしまう人もいる。「エイリさんは無職だから、性格の悪い人だ」と思ったあと「性格が悪い人だから、ヘビメタ騒音についておおげさに言っている」と思う場合だってある。「エイリさんは無職だから、性格の悪い人だ」と思ったあと「性格が悪い人だから、ヘビメタ騒音が鳴っていたから働けなくなったと、言い訳をしているだけなんだ」と思う場合だってある。ところが、ほんとうに、ヘビメタ騒音……自分がこの世で一番嫌いな音を、あの時間の長さ、あの期間の長さ、あの至近距離で、あの音のでかさで、聞かされると、通勤して働くということができなくなる。ぼくは、わりと生活体力があるほうなんだよ。騒音耐性があるほうなんだよ。そのぼくが、こなごなになった。そういう音で鳴っていた。無職に対して偏見がある人であって、なおかつ、ぼくに対して偏見がある人は、みんな、「そういう音で鳴っていたら、無職になる」という必然性について考えないのである。「自分だって騒音ぐらいあった」と言うけど、そのように言えば、騒音の質のちがいと量のちがいを無視できるわけではないのだ。ところが、「自分だって騒音ぐらいあった」と言えば、騒音の質のちがいと量のちがいを無視できる権利があると思って、実際に、無視してしまう。きちがい兄貴の、きちがい行為は、他者のそういう行為をさそうのである。どうしてかというと、きちがい兄貴のきちがい行為が、他者にとって想像ができないものだからだ。常識的ではないのである。非常識なのである。非常識な音で鳴らしていたのである。非常識な時間の長さらしていたのである。非常識な期間の長さ鳴らしていたのである。きちがい兄貴の性格自体が、ほかの人にはわからない性格なのである。どうしてかというと、そういう人間と一緒に住んだことがないからだ。だから、ほかの人は……常識的な人は……きちがい家族と一緒に住んだことがない人は……きちがい兄貴の行為について誤解するようにできているのである。そして、きちがい兄貴の行為によって、自分の生活がおびやかされたことがないので、その程度において、考え違いをしているのである。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。