軽く言っておく。
「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人は、他責思考になってしまうのである。
条件が悪い人は、条件が悪いから、不幸な出来事が起こりやすいのである。
別に、暗いことを考えていたから、暗いことが起こるのではなくて、所与の条件が悪いので、暗いことが(かなりの高確率で)起こるのである。
しかし、「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人は、「その人が、暗いことを考えたから、実際に暗いことが起こったんだ」と考えてしまうのである。
幸福な人のことは、せめないけど、不幸な人のことは、せめるように、なってしまっているのである。
「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」と考えている人には、そういう思考がセットされてしまっているのである。
「明るいことを考えると、明るいことが起こり、暗いことを考えると、暗いことが起こる」という考え方の背後には「思えば、思ったことが現実化する」という考え方がある。
「言えば言ったことが現実化する」という考え方とおなじように、幼児的万能感を満たす考え方なのである。
幼児的万能感が強ければ強いほど、「思えば、思ったことが現実化する」という考え方が正しいと思い込むようになる。「思えば、思ったことが現実化する」という考え方も、「自分にとって都合がいい考え方」なのである。
自分が!思えば!!その通りになる!!!という考え方なので、自分にとって、とてつもなく、都合がいい考え方なのである。
思い通りになればいいのだけど、思っても、その通りにならない場合もある。それは、現実的な世界で、現実的な理由があるから、思った通りにならないのである。
自我にとって都合がいい考え方なので、受け入れやすい考え方なのである。
これも、本人が、本人のなかで、強く信じていればいいことであって、人に言うことではない。人によって、現実的な条件がちがいすぎるので、条件が特別に悪い人は「思ったって」思った通りにはならないのである。
どうしてかというと、条件が特別に悪いからだ。条件から発生する不愉快な出来事で、一日がいっぱいになってしまうときがある。
その場合、ほんとうにその人が悪いのかというと、その人が悪いとは言えない場合がある。しかたがない条件によって、不幸な出来事が発生してしまう場合がある。これが現実だ。
ところが、あくまでも、「その人が思ったことが現実化している」と考えると、その人の条件を無視して、「その人が思ったから、ダメなんだ」と思い込むようになってしまうのである。
これが、他責思考でなくて、なんだ。
しかも、的外れな他責に思考なのである。自分が明るいことを考えたので、明るいことが起こったと考えることは、別に悪いことではない。
しかし、他人が、暗いことを考えたから、その他人の身の上に暗いことが起こったのだと考えるのは、よくないことなのである。絶対に、よくないことなのである。
精神世界の考え方というのは、じつは、社会圧力をたかめる働きがある。かならず、上にこびて、下に(強く当たる)ということになってしまう。
そういう力動が常に働いている。どうしてかというと、たぶん、精神世界の考え方は、悪魔側の考え方だからだと思う。人々がより悪くなるように、最初から設計された考え方なのだ。
しかし、幼児的万能感が強い人たちは、精神世界の考え方が正しい考え方だと思ってしまう。普通の人たちは、精神世界の考え方が、基本的にもっているやばい部分には目を向けないのだ。
精神世界の考え方と書いたけど、これは、別に精神世界に凝っている人たちの考え方ではない。一般人が普通にもっている考え方なのだ。
手短に言うと、幼児的万能感を利用されて、悪魔に支配されている状態になってしまう。精神世界は、倫理や道徳と関係がありそうなので、神側の考え方だと思っている人が多いと思う。しかし、悪魔側が作り出した、神側の考え方なのだ。これに、気がつかないと、悪魔に思考を制御され、悪魔好みの働きをするようになる。
悪魔側が、神側の考え(に見える考え)をつくりだしているのだ。
しかし、その場合の神側の考え方というのは、悪魔側がつくりだした「神側の考え方に見えるような考え方」にすぎない。
これは、神側の考え方ではない。
自尊心と幼児的万能感を刺激されると、悪魔的な幻想を正しいこととして理解してしまうのだ。悪魔がつくりだした「神側の考え方」が、精神世界の考え方だ。
普通の人から見ると、悪魔側が作り出した「神側の考え方」は、「神側の考え方」に見えてしまうのである。けど、これは、幻想だ。ちがうのである。
条件が悪い人をせめる部分があるかどうかということを、指標として考えればよいのだ。条件が悪い人をせめる部分が(自分のなかに発生するなら)それは、悪魔がつくりだした「神側の考え方」に見える悪魔側の考え方だ。
条件の悪い人にどういう感情が発生するのかということを、リトマス試験紙のように使えばよいのである。
条件が悪い人に対して、悪い感情が発生してしまう考え方は、全部、悪魔が作り出した「神側の考え方」に見える、「悪魔側の考え方」だ。