2020年10月22日木曜日

認知療法や精神世界が毒親にやられた人をおいつめる(せめる)(症状ひどくする)(破滅に追い込む)


俺は基本的に、ヘビメタ騒音でくるしい。たぶん、これがなかったら、まったく別の人格だっただろうと思う。別に「元気だ元気だ」と言わなくても、元気だったと思う。別に無理に笑おうとしなくても、おかしいときは笑える人間だったと思う。けど、ちがう。楽しくない。
働いている人間とも、リタイアして働いてない人間とも違う。若い人間とも年取った人間とも違う……。これはようするに、ヘビメタ騒音がない若い人や、ヘビメタ騒音がないとしとった人間とは、そもそもの考え方ちがうということだ。

考え方ではなくて、感じ方も違う。この感じ方は、ものすごく、根本的なところでの感じ方だ。そして、ヘビメタ騒音ときちがいおやじ(毒親)がそろってしまうと、明るい人や認知療法系の人や精神世界系の人やアドラー心理学系の人と相性が悪くなってしまうのである。

普通の人の考えだと、やはり、「思ったことが現実化する」「。いったことが現実化する」「引き寄せはある」「笑う門には福来たる」「ニコニコしていればいいことがある」ということになると思う。けど、これが、成り立たない。というか、これが、ようするに、「せめ」になってしまうのである。この仕組みがわかる人なんて、ヘビメタ騒音に長年やられた人しかいないと思う。

ヘビメタ騒音はともかく、いまの日本は、毒親にやられた人が、まわりの人から、せめられるような状態になってしまっている。しかも、認知療法とか精神世界とかそういうことを信じている人たちが、毒親にやられた人をせめるということになっている。ほんとうなら、認知療法は毒親にやられた人にとってプラスにならなければならないし、精神世界の話も毒親にやられた人にとって、プラスにならなければならない。

けど、実際には、マイナスになっている。

それは、たとえば、認知療法家が言う場合も同じだし、認知療法の影響を受けた元患者が言う場合も同じだし、一般読者用に書かれた認知療法の本を一冊読んだだけで、認知療法にかぶれた人が言う場合も同じだ。アドラーだともっとひどい。けど、認知療法に成り立つことはアドラー心理学にも成り立つ。認知療法家とかアドラーは「せいしんぼんぼん」なのである。人間的に成長した親に育てられた人たちなのである。ぜんぜん、わかってない。毒親のことがまったくわかってないのだ。この人たちはフロイト流の無意識を無視しているので、現象を理解してない。

問題なのは、一般の人がそういう本を読んで、普通にアドバイスしてしまうことだ。そりゃ、そこに書いてあることを信じているわけだから、そうなる。普通に解釈すればこういうことが書いてあると解釈するしかないわけだから、自分は正しいことを言っていると……どうしたって、思う。思うだろうと思う。



まあ、毒親といっても、いろいろなので、アドラー心理学が参考になったと言う「毒親サバイバー」もいるかとは思う。毒親と言っても、フロイト流の無意識を抱えている毒親とそうではない毒親がいるのである。フロイト流の無意識を抱えている毒親にやられた人は、認知療法の信者やアドラーの信者から、せめられる。基本的に、まったく、プラスにならない。むしろ、マイナスになる。認知療法ですすめられている考え方や方法は、じつは、フロイト流の無意識を抱えている毒親にやられた人を強迫神経症に追い込む。症状をひどくする。どうしてこれがわからないのか?


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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。