2020年10月11日日曜日

『引き寄せ』と『自己責任論』


「引き寄せ」パラダイムには、現世でご利益をうけたい人が、むらがっている。別に、それでいいと思う。だれだって、楽しい思いをしたいし、楽な思いをしたい。自分の願望があれば、かなえたいと思う。それが、普通だ。

 

けど、「引き寄せ」パラダイムには問題がある。それは、不幸な人に対して「不幸な人は不幸なことを引き寄せたからだめなんだ」と言ってしまう問題だ。「だめなんだ」と言わなくても、『不幸な人は、不幸なことを引き寄せたから、不幸なんだ』というような考え方自体が、傲慢なのである。これは、容易に自己責任論に置き換わる。ようするに、「不幸である人は、不幸なことを自分で引き寄せたので、自己責任だ」という理論に置き換わってしまうのである。
 


「不幸なこと」という言い方や「すでに不幸な人」という言い方だとよくわかからないかもしれないから、具体的な例をあげるとする。
引き寄せパラダイムを持っている人は、他人の不幸な出来事に対して、こういう見方をするようになる。

・コロナウィルスにやられた人は、コロナウィルスを引き寄せたから、だめなんだ。
・病気になった人は、病気を引き寄せたからだめなんだ。
・事故にあった人は、事故を引き寄せたからだめなんだ。
・家族が死んでしまった人は、家族が死ぬという出来事を引き寄せたからだめなんだ。

もうちょっと、具体的に書こう。

たとえば、Aさんと、Bさんと、Cさんと、Dさんがいるとする。AさんとBさんは夫婦で、Aさんが夫、Bさんが妻だとする。Cさんは、AさんとBさんの娘だとする。Dさんは、ドライバーだとする。

ある日、BさんとCさんが、普通に歩道を歩いていたら、Dさんが、うしろから、車で突っ込んだとする。

その結果、BさんとCさんが死亡したとする。この場合、引き寄せパラダイムにしたがうと、BさんとCさんが「事故」を引き寄せたということになってしまうのである。


また、Aさんは、妻と娘がいっしょに亡くなってしまうという出来事を引き寄せたということになってしまうのである。そして、BさんとCさんが事故を引き寄せたとすると、BさんとCさんが引き寄せたのだから、BさんとCさんの自己責任だということになってしまうのである。

引き寄せパラダイムは、出来事を引き寄せた本人に責任があるとする『自己責任論』に容易に結びつく。本当は、自動車で歩行者につっこんだ、Dさんさんの責任なのに、責任を追及されるのは、事故にあったBさんやCさんであり、BさんやCさんの家族であるAさんなのだ。

引き寄せパラダイム保持者は、被害者や被害者の遺族だけの責任を追及する。事故を起こした方の当事者であるDさんの責任は追及しない。引き寄せた人が悪いということになってしまうのである。これが、引き寄せパラダイムにもとづく、現実解釈の問題点だ。
 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。