2020年10月30日金曜日

他の人のことがぜんぜん参考にならない



ヘビメタ騒音にやられた俺は、他の人のことがぜんぜん参考にならない。他の人の意見、他の人の生き方……全部、ぜんぜん、参考にならない。それにしても、この国の無職に対する偏見はすごいものがある。これは、ぼくの被害者意識とか、社会人に対する?逆偏見ではないから。けど、『無職の現象学』でも書いたけど、じつは、無職かどうかよりも『無職性』のほうが重要なのだ。判断基準として、重要だ。判断基準は、無職かどうかではなくて、無職性が高いかどうかだ。 

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きちがいヘビメタにやられた小学生時代、中学生時代、高校生時代をすごしたことがない人は、ヘビメタ騒音のすごさがわかってない。俺以外の人間がそういう人間なのだから俺が説得して、ヘビメタ騒音のすごさを説明しても、けっきょくは、わからないままだろう。だって、ほんとうに「毎日毎日」「毎時間毎時間」経験してなければ、わからないことなのだから……。どれだけ、ヘビメタ騒音が、生活や人生そのものに悪影響を与えるかわからない。「騒音なんて、鳴り終わったら関係がない」とか考えるやつは、ヘビメタ騒音が鳴ってない時間のつらさがわからない。こんなもの、俺にとっては、「妄想にとりつかれている人」とたいしてかわりがない。まちがったことを、信じている。そして、その信仰が生活の一部になっている。「騒音なんて、鳴り終わったら関係がない」と思ってしまう人は、「鳴り終わったら関係がない騒音」しか、経験してない。どれだけ、睡眠時間を圧迫するかわかってない。どれだけ睡眠の質をさげるかわかってない。どれだけ、人間関係に影響があるかわかってない。俺にしてみればこういうことを言うやつは、「なにもわかってないばか野郎」だ。しかし、そういう「ばか野郎」のほうが、圧倒的多数。俺の状況があまりにも異常なので、ほかの人にはわからない。きちがい兄貴の態度や性格がわからない。きちがい兄貴の「認知」がわからない。きちがいおやじの態度や性格がわからない。きちがいおやじの「認知」がわからない。「父親」や「兄貴」ということ関して、「そんな人いない」と考える人は、騒音の影響がわからない人と同じ間違いをおかすことになる。しかも、間違えたって、なんの、罰則もない。なんの悪影響もない。まさに、『いったものがち』『おもったものがち』……そういう世界だ。絶対少数と、絶対多数。……どれだけの偏見にさらされるか。偏見を持っているほうは、それが偏見だと気づくこともない。そういう世界だ。俺以外の人間はそういう人間……。こんな社会で、「ここちよく」生きていけるわけがないだろ。


ある、障害児教育の専門家が「もし、それがほんとうだとしたら、俺があつかっている子供よりもひどいな」と思ったとする。「それ」というのは、兄貴の性格や兄貴が普通にしてきたやおやじの性格やおやじが普通にしてきたことだ。ようするに、うちのおやじと兄貴は「もしそれがほんとうなら」障害児認定された子供よりもひどいということだ。「それがほんとうなら」というのは、「エイリさんが(兄や父について)言っていることがほんとうなら」ということだ。こういうことを思う専門家は、基本的に、ぼくのことを疑っている。ほんとうのことだと思ってない。そして、そこに、「騒音の影響に対する無理解さが」くわわる。そいつは障害児教育の専門家であると同時に普通の日本人なので、日本労働教徒の教えが、からだにしみついている。すべてのことを考えるとき、「日本労働教徒」の教えが体の中をかけめぐる。「日本労働教徒」の教えが、人に対する判断の基準になる。「日本労働教徒」の教えを守ってない他者は、異教徒であり、迫害してもいい存在なのである。どれだけ、『人権人権』と叫んでいても、普通の日本人であれば、無職者の人権はないと考える。そういうふうに行動する。そういうふうに行動しても、悪いことをしたとは思えない。偏見に基づく判断をして、人を見くだし、無理解な発言をしたとしても、まったく問題はないのだ。むしろ、「無職者でいるほうが悪い」と思うだろう。



ヘビメタ騒音の影響が甚大なのである。同じことをされれば、普通に働けない体になるのに、それがわからない。俺がヘビメタ騒音のことについて説明しても「そんなのは関係がない」と思えてしまう。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。