自分がやられていないから、なんでもないことなのである。
自分が苦手な音で、自分がやられたことではないから、「そんなのは、関係がない」と軽く言えることなのである。
でっ、「そんなのは関係がない」と言われることは、ぼくにとって、不愉快なことなんだよ。
「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、言い訳だ」と言われることも、ぼくにとって、不愉快なことなんだよ。
「楽しい楽しいと言えば、楽しくなる」「元気だ元気だと言えば、元気になる」とも言われることは、ぼくにとって、不愉快なことなんだよ。
けど、こいつらは、自分の発言が、不適切な発言だとは思っていないのだよ。
こいつらは、自分の発言は、正しい発言だと思っているんだ。
俺が、どれだけ説明しても、こいつらが理解することは……現実世界では……なかったことなんだよ。ようするに、ぼくが説明したとしても、この人たちには、経験がないから、実際にやられたら、どういう生活になるのかということが『自分の現実』としては、わからないままなんだよ。
「ぼくの経験」の範囲で言うと、……こいつらは、自分の発言自体が……エイリにとって不愉快な発言だということを、認めることはない。
無理解ぶりを発揮して、「そんなのは、関係がない」「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、言い訳だ」と言ったって、別に悪いことをしたとは思えないのだよ。
俺がどれだけ、ヘビメタ騒音の影響について、説明しても、こいつらは「そんなのは、関係がない」「そんなのは、あまえだ」「そんなのは、言い訳だ」という自分の考え方が、正しいと思ったままなんだよ。
けど、間違っている。間違っているけど、自分がやられたわけではないので、知らない。実際にどうなるのかと言うことを知らない。経験的にわかっていない。
だから、経験するまでは、ずっと、「エイリがあまえている」とか「エイリが言い訳をしている」と思ったままなんだよ。