2026年9月14日月曜日

●「X以外」の「すべての条件」を捨象して考えたということは、忘れてはならない■社会※2026/09/13 15:30

一度、人間のことについて、経済人のような理想人としての人間を考えて、「それ以外」のすべての条件を捨象して、考えたとする。

この場合、それ以外のすべての条件を捨象して考えたということは、絶対に意識しておかなければならないんだよ。

ところが、ぼくの観察の範囲で言うと、ほとんどの人が、それ以外のすべての条件を捨象したということを、無視してしまう。

だから、現実の世界でも、その法則が成り立つと思ってしまう。

「それ以外」と書いたけど、「それ」というのは、「X」のことだ。「Xをすれば、Yになる」と言う場合、「X」だけが条件になる。Xをするか、Xをしないかの二値だ。それ以外にないのである。

つまり、Xと言う条件だけが、Yになるかどうかを決定しているというとになる。「Xをすれば、運があがって、Yになる」と言う場合もおなじである。Xをするか、Xをしないかの二値だ。それ以外にないのである。

「理想的な人間」について「空想空間」で考えるのである。

そして、そこで「ひらめいた?」ことが、絶対に正しいと思ってしまう。一直線に正しいと思ってしまう。

そうすると、「現実世界でもそうだ」ということになってしまうのである。

ところが、現実世界には、空想したときに無視された、さまざまな条件が成り立っているのである。

場面場面の条件を考えると、無数の条件が成り立っていると言えるのである。

無数の条件のうち、意識にあがるような有力な!条件があるとする。その有力な条件ですら、「空想空間」では無視していたのだ。

そして、主体としての本人は、他人のすべての条件を無視できる立場にあるのである。

本人は、経験的に本人の条件について、意識的、無意識的に考えるのである。

実際の現実について考えるときは、じつは、本人は、本人の条件について、意識的、無意識的に考えているのである。

どうしてかというと、本人には、認知とメタ認知が成り立っているからだ。

本人のことに関しては、認知とメタ認知が成り立っていて、記憶もある状態で暮らしている。記憶に関しては、いろいろと取捨選択されている。

注意が向く記憶、注意が向かなかった記憶、記憶に残ってすぐに思い出せる記憶、すぐには思い出せない記憶、まったく思い出せない記憶……。記憶があると言っても、すべての事柄(出来事)について記憶があるわけではない。

しかし、本人が、経験したことについては、認知とメタ認知が成り立っていて、時間の範囲があるし、ぬけがあるかもしれないけど、いちおう、記憶が成り立っている。

他人ことに関しては、もともと、認知とメタ認知が成り立っていない。

他人自体に対して、本人の側に、認知とメタ認知が成り立っている場合がある。

けど、これは、他人を対象としてとらえた場合の、本人側の認知やメタ認知なのであるから、他人が(そのままもっている)認知やメタ認知ではない。他人になれないのだから、他人の認知や、他人のメタ認知は、ない。

だから、他人の認知や、他人のメタ認知は、最初から、ないのである。

無視しようとしなくても、最初からない。

そして、「無視する」という言い方をするのであれば、他人の認知や他人値のメタ認知は、無視しているのである。

だから、「自分だって、苦労した」と言っているときに、他人の認知や他人のメタ認知は成り立っていない。自分の側の認知やメタ認知しか成り立っていないのである。

そして、「自分だって、苦労した」という言い方には、どうしても、比較が含まれてしまう。

比較して言っているのである。

しかし、他人の認知や他人のメタ認知がそもそもないのだから、自分の側が考えた、対象としての他人の認知や他人のメタ認知だということになる。

もちろん、「自分の側が考えた、対象としての他人の認知や他人のメタ認知」と「他人の認知や他人のメタ認知」とは、まったくちがったものなのである。

ともかく、空想世界で、理想的な人間というものを考えて、XをすればYになるということを考えた場合、絶対に、「X以外」の「すべての条件」を捨象して考えたということは、忘れてはならないのである。

ところが、最初から、意識していない。

X以外の、すべての条件を捨象してしまうことが、デフォルトなのだ。

こんなの、ない。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。