2021年2月17日水曜日

どうして、体が動かなくなった自分は、例外なのか?

   ヘビメタで「できない」と言っているだろ。

ヘビメタ「で」できないと言っているだろ。

どうして、わからないか? そっか。わかるわけないか。この世で、あれだけ気ちがいヘビメタを聞かされたのは、俺だけだからな。感覚がずれた家族による騒音というのがどういうものだか、みんな、わからない。感覚がずれた家族が、きちがい的な意地でやっているという場合が、わからない。「そんなひとはいない」というこになっている。そして、実際やられた場合、「できないことが増えていく」ということが、わからない。俺に、(この世で)説教を垂れてきた人間というのは、みんな、きちがい家族にやられてない人間。きちがい家族が、ものすごい音がでる趣味に、夢中にならなかった……人間。そういう、人間。そういう人間が、なにをわかるというのだ? こんなの、ずるい。ハンディが見えないなんて、ずるい。

まえも、書いたけど、「人間は働くべきだ」と人には説教をしておいて、自分がとしをとったら「もう、体が動かないから、俺は働かない」と言ってしまう人間。 「人間は働くべき」ではないのか? どうして、体が動かなくなった自分は、例外なのか? どうして、ヘビメタ騒音によるつかれを理由として認めないのに、加齢によるつかれは理由として認めるのか? 働けない理由として認めるのか? それは、自分が経験したことだからである。自分の体のことだから、「動きにくくなった」「昔のように働くことはできない」ということが、「わかる」わけだ。きちがいヘビメタを経験したことがない人間は、きちがいヘビメタで「動けなくなる」ということがわからない。俺の睡眠障害は認めないのに、自分の加齢による障害?は認めるのである。「できない」理由として認めてしまう。

「人間は働くべきだ」と説教する人間も、じつは、人間全部が働くべきだとは思ってないのだ。最初から、「例外」が決まっている。しかし、ヘビメタ騒音は、「例外」になるほどの障害にはなりえないというきちがい的な考えが、その人間を支配しているのである。「例外がある」ということは、普通、説明されない。「人間は働くべきだ」という言葉を投げかけているとき、「例外」について言及することはない。その言葉を投げかけている対象である人間が「例外」に入るとは、みじんも思ってないからだ……そういう言葉を投げかけているとき、投げかけているほうの人間は……そういうことをみじんも考えてない。「人間は、働くべきだ」「それで当然だ」「働いてないのはおかしい」「ヘビメタ騒音で働けないなんていううのは、あまい」と考えている。俺は「べメタ騒音障害」という言葉を使うけど、彼らは、「ヘビメタ騒音障害」を認めていない。ヘビメタ騒音障害があるにしろ「働けるはずず」なのである。「睡眠障害」があるにしろ「働けるはず」なのである。働けるはずの「若者」が働いてないのは、ゆるしがたいということなのである。

しかし、そのように思っている人も、じつは、「障害者は働かなくてもいい」と思っている場合がある。この場合は、「障害で働けないのはしかたがない」ということになっている……そいつの頭のなかで。けど、そういう例外について言及されることがないのである。なお、例外には、自分が「としをとってつかれた」という場合も入っている。

学生が働かないのはしかたがない。主婦が働かないのはしかたがない。子供が働かないのはしかたがない。高齢者が働かないのはしかたがない。……しかたがない。しかたがない。ゆるされる。ゆるされる。しかし、ヘビメタ騒音で苦しんでいる俺が働かないのは、ゆるせないのである。「そんなことはない」のである。こいつらは……いつもそうだ。こいつらは……。

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。