2019年7月31日水曜日

天才じゃないとわからない。二極分化を避ける方法


つまんないな。どうしたらいいんだろ?う?
こういうとき、相談できる人がいないんだよな。
まよう。どうしたものだ。けど、それだけ余裕ができたということだ。しかし、ネズミを窒息死させたのはひびいているなぁ。空気をたくさん入れてやろうと思ったけど、空気をたくさん入れた袋を、清掃員が持っていくかどうかわからない。たぶん、もっていかない。だから、一度空気を入れたあと、空気をぬかなければならない。そうなると、ばい菌や寄生虫が空気といっしょに出てくるわけでやばい。こんなことになるとは思わなかったな。あそこは、たしかに家の中にネズミがいるとき、しかけてしまったけど、片付けるつもりだった。けど、それにひっかかった。原因をつくった親父は、もう、まったく、関係がないひとになっているな。だから、こういうふうになるから、早めにネズミバスターズに相談しようと言ったのに……。袋の穴をあけると、たとえば、ハエが卵を産んで、ウジがわく可能性がある。衛生的に片付けるにはあれしかなかった。ほんとうにやりたくない役をやってしまった。

あーあ。まだまだ、ダニを殺さなければならない。これは、目には見えないけどね。冬まで待つか? けど、ばい菌にまけてしまうかもしれない。俺が……。なるべく早く、除去するべきだ。

俺がこのままうもれると、俺が勉強したことがまったく役に立たないままうもれることになる。俺がどれだけ学問を積んだか。まあ、勝手にやっただけだけど。そこには、理想的な状態を手に入れるにはどうするべきかという問題があった。たとえば、経済政策について、だ。

天才じゃないとわからない。二極分化を避ける方法……。もう、手遅れだ。(『ひきこもりの現象学』読んで)
ともかく、俺にネズミを殺させるようなことをしないでくれ。親父! あんたが、このごとく、俺の言いつけを破ったからこうなっているんだぞ。俺が抗しようと言ったことは、すべて、否定しやがって。けっきょく、尻ぬぐいを全部やっている。いつかこういうことになるから、プロを喚ぼうと言ったのに……。「だいじょうぶだ、だいじょうぶだ」「俺がやるからいい、俺がやるからいい」と言いやがって。親父が入院したり、死んだりしたらどうなるんだよ」と言っただろ。なにが「だいじょうぶだ、だいじょうぶだ」だ。入院して、俺がネズミの処理をしなければならなくなっているじゃないか。しかも、親父の入院関係のことで、俺がいないあいだに、ネズミが二匹侵入したのだ。これ、六月二六日と七月一日の、二日だ。

俺が勝手に勉強した経済学と社会学と教育学と心理学は、役に立たなかったな。心理学は役に立った。これは、ふたつの目的があった。ひとつの目的は達成された。

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気持ちが、いちいち、こわれている。


ほんとう、どうするかなぁ~~
あーー。気持ちが、こわれている。
気持ちが、いちいち、こわれている。
楽しくない。
楽しい感じがない。

あー、ほんとうは飲んではいけない、コーラを飲んでしまった。
これはやばい。もう既にファンタを飲んでいる。

2019年7月30日火曜日

逆に、「静かにしろ」と言われることが問題だ。


あー、ほんーーんと、つまんない。
俺も「たかたとび」とか考えちゃうな。
考えるだけだけど……。へへへへっ。
もう、全部、めんどくさい。常識的なやつら、俺がどういう状態で生きてきたかわかってない。ほんとうにヘビメタ騒音ですべてをうばわれた。気違い兄貴が普通にヘッドホンをしてくれたら、こんなことになってない。気違い的な意地で、「自分の音」にこだわって、気違い的にデカイ音で鳴らし続けるから、こういうことになる。で、当時からずっといっているのに、気違い兄貴にとっては、ヘビメタ騒音は問題ではないのだ。逆に、「静かにしろ」と言われることが問題だ。あるいは、「静かにしなければならない」と思わされること……追及されることが問題だ。自分が静かにしてやらなければならない……ということが最大の問題なのである。静かにしてやらなければならないような状態に追い込まれたら、むーーすーーっと無視して、頑固にやる。この無視して頑固にやるというのは、気違い親父がやっていたことだ。だから、「うち」では「なじみがあること」なのである。その場合やっているやつはやっているということを無視していいという暗黙の了解がある。というか、そういう脳みそだからそういう反応しかしない。

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「蚊にさされたって、意志の力でさされたところがふくらまないようにすることができる」というような話し


くそっ、エネルギーがないな。いろいろと、つかれた。このつかれはぼくのつかれで、ほかの人たちのつかれじゃない。ヘビメタ騒音で本当につかれた。ヘビメタ騒音のつかれが、地続きで、続いている。切れ目がない。小学六年生のころから、切れ目なくヘビメタ騒音のつかれが続いている。蓄積している。堆積している。もう、だめだ。「もう、だめだ」の蓄積。堆積。どうやっても、「もう、だめだ」が蓄積する。堆積する。あのころから、ほんとうに陸続きで、つらいんだよ。どうしてほかのやつらはわからないのか? 俺が、ヘビメタ騒音で、つらいと言っているだろ。これ、ほんとうにちょっと休んだら、回復するような前提で、ものを言いやがる。ちょっとって、だいたい六ヶ月から二年ぐらいかな。そんなんじゃないんだよな。ヘビメタ騒音が毎日続きすぎた。やられているときから、他人の不理解と気違い兄貴の不理解のあいだにはさまれる。どれだけ「やめろ」と言っても、気違い兄貴はやり続けた。それで、押し出される。この押し出されるというのが他の人にはわからない。これは、蚊に刺されたら、さされたところがふくらんでかゆくなるというのとおなじだ。放火魔が入ってきて、火を放ったら、煙にまかれてくるしくなるというのとおなじだ。やけどをするほど火にあぶられたら、やけどをするというのとおなじだ。しかし、ヘビメタ騒音にさらされても、つかれないというようなことを考えているやつらがいる。そいつらは、蚊に刺されても、さされたところはふくらまないと言っているのとおなじだ。蚊に刺されても、かゆくならないと言っているのとおなじだ。煙にまかれてもくるしくならないと言っているのとおなじだ。やけどをするほど火にあぶられてもやけどをしないと言っているのとおなじだ。意志を強く持てば、そうならないのである。意志を強く持てば、蚊に刺されても、蚊に刺されたところがふくらまない。蚊に刺されるとふくらむと思っているからだめなんだということを言い出す。蚊にさされても、ふくらまないと強く信じればふくらまない……こういうふうに言い張る。本人だって、蚊に刺されればふくらむのに、それは無視する。ヘビメタ騒音のたとえだと、本人がヘビメタ騒音にやられることがないので、空想でものを言っているということになる。ようするに、蚊に刺されない立場で、「蚊にさされたって、さされたところがふくらまないようにすることができる」というようなことを言っているのだ。言っておくけど、薬品を使うのではなくて、意志の力でふくらまないようにすることができるというようなことを言う。それは、意志の力でふくらまないようにすることができないやつは、意志の力が足りないやつだと言っているのと等しい。そして、意志の力でふくらまないようにすることは可能なのに、それをしないやつは甘えていると言い出す。本人だって、刺されば、(さされたところが)ふくらむのに、そういうことは無視だ。ただ単に、さされたことがないからわからないだけなのだ。「たとえ」で言うとそうなる。ようするに、俺とおなじ量のヘビメタ騒音を経験してないから、休めばつかれがとれるという理論で、俺をバカにする。意志力がたりないからだめなんだと断罪する。普通につかれている場合は、休めばつかれがとれるけど、そうじゃない場合は、そうじゃない。たとえば、有機水銀を長期にわたってちょっとずつ摂取して、その結果、体につかれを感じている場合は、どれだけ(そのあと)休んでも、つかれがとれない。普通の人が、休めばつかれがとれるのは、有機水銀を摂取してないからだ。実は、普通の人も有機水銀を摂取しているのだけど、量がちがう。だから、俺は、ヘビメタ騒音の量を問題にしているわけ。そして、実は、期間というのも重要だと思う。人生上の期間。たとえば、一一歳から二五歳という一五年間と七〇歳から八五歳という期間だと、期間が持つ意味が違うので、時間数と日数(年数)だけでは比較ができないと思う。人生のなかで重要な岐路に立つ期間であるわけだから、ほかの期間よりも重要な期間だと思う。だいたい、働かない期間がのびれば、それにしたがって、よい企業に就職する可能性が下がっていく。そういうことも影響する。


「蚊にさされたって、さされたところがふくらまないようにすることができる」というような話のほうが、「蚊にさされたって、さされたところがふくらまないようにすることができる」というのはさされたことがないという立場を利用した傲慢な理論だ……という話しよりもうけるのは、わかる。そりゃ、そういう魔法みたいな話しのほうがうける。効率が良いし、ポジティブな感じがする。ふくらまないほうがいいわけだから、そりゃ、意志の力でふくらまないようにすることができるという話のほうが、そんなことはできないという話しよりもうける。
だましがあるペテン理論は、幼児的万能感をみたすので、そういう需要がつねにある。そりゃだれだって、魔法で、問題解決したほうが良いわけだから。(念じれば解決するというタイプの話しね)。

けど、こういうのは、ある種の人たちを傷つける。蚊にさされると、さされたところがふくらんでかゆくなるというのは、(ほとんど)だれもが経験していることだからほとんどの人が知っている。だから、話が通じる。だから、普通は「意志の力で」ふくらませないことができるというようなことは言われない。けど、蚊にさされるということではなくて、気違いヘビメタ騒音にずっとさらされるということは、レアなことだ。あるいは、父親の奇行になやまされるということはレアなことだ。言っていること、わかるかな?


(いままで、「意思」と書いてきたけど「意志」にする。)


「ものすごくデカイ音で鳴らしている」という感覚がない。認知がない。認識がない。

今回は大丈夫かと思っていたけど、昨日、ネズミのことで、気が立って眠れなくなり、完全にずれて今日にタイル。完全に、睡眠時間がずれて今日にいたる。この状態だと、ちょうど正反対の位置でまずい。一二時間ずらさなければならない。それは、無理だ。けっきょく、またまた、ヘビメタ騒音の朝とおなじように、前の晩から眠らずに、行動しなければならなくなる。これは、きつい。俺の人生こんなことの繰り返しで、ほんとうにくるしい。気違いヘビメタ騒音で睡眠時間がずれるということを経験してない人にはわからない。どうやったって、あびちゃったら、ズレるんだよ。経験してない人は、それがわからないから、そういうことも、「意思」で制御できると思っている。だから、自己責任だということになる。ヘビメタ騒音をあびたにしろ、遅刻や欠席はゆるされないのである。そして、ちょっとでも俺が遅刻すれば、「甘えている」と言い出す。どれだけヘビメタ騒音をあびていようが、睡眠時間がずれるなんてことはないのである。眠れなくなるなんてことはないのである。どうしてなら、睡眠時間は、意思で制御できるからだ。こんなもの、毒ガスを吸っても毒ガスの影響を受ける必要がない……と言っているようなものだぞ。毒ガスを吸っても、「意思の力で」毒ガスの影響を打ち消せる……と言っているようなものだぞ。そして、「影響を打ち消せるのだから、打ち消せない(おまえは)甘えている」ということになる。こういう世界だ。こいつだって、毎日あれだけでかいヘビメタ騒音をあび続ければ、睡眠回路がおかしくなって、長期間にわたって眠れなくなる日が続くのに、自分が体験したことじゃないからわからない。わからないから、そう言っているだけだ。長期間にわたって眠れなくなるのは、長期間にわたって「毎日」鳴っているからだ。ほんとうにくるしい。気違いが気違いの意地を通して、「なにもやってないつもりで」きちがい行為をやり続けると、「うちのなかで」やられた人が、ヨソの人から悪く言われるということの典型例だ。ヨソの人は常識でものを考えるから、「言えば静かにしてくれる」と思っている。俺が気違い兄貴の態度について説明しても、「相談すれば良い」「よく話し合えば良い」「家族会議を開けばいい」というようなことを言う。その人の世界では、そうなんだろう。そういうことをすれば、相手はやめてくれると思っているのだろう。けど、相手は、気違いなんだよ。特に、うちのなかで、気違いになるタイプで、ヨソの人にはわからない。「やったってやってない」がほんとうに成り立つようなやつなんだからな。

気違い兄貴は自分がやりたい音でやるために、感覚器を「かきかえてしまう」ようなやつだ。兄貴の友達のカオ君が一分でわかったことを、一五年間理解しない。その理解しない一五年間のあいだ、「とくにやるつもりがないまま」やり続けた。「やっているつもりがない」のである。客観的な行為としては、ものすごくデカイ音で鳴らしているのに、本人は、そうしているあいだ「ものすごくデカイ音で鳴らしている」という感覚がない。認知がない。認識がない。だから、どれだけやったって「やってない」ということになる。やっているそばから、やってないことになっている。これは、親父と兄貴でおなじ。まったくおなじ。兄貴のヘビメタは親父の奇行のコピー。完全なコピー。やり方がおなじなんだよ。普通の人であれば、どれだけ意地を張っていても、「やっていること」はわかっている。この例で言えば、「デカイ音で鳴らさなかった」ということを主張しても、ほんとうは「デカイ音で鳴らしていた」ということを知っている。感覚している。認知している。認識している。けど、親父や兄貴は、それがない。現実を置き換えてしまうのである。現実を、自分にとって都合が良い妄想に置き換えてしまう。だから、どれだけやったってやってない」ことになっている。これは、本人意識としては、ほんまものなのである。やってないつもりのまま生きている。あとは、以前説明したのでやめる。

ともかく、俺は一五年間やられて、「ふつうのこころ」をうしなった。「楽しく感じるこころ」をうしなった。だれといても、なにをしていても、楽しくない。つらい。

2019年7月29日月曜日

完全否定。現実を、自分の都合で否定する。


手短に言うと、腹が立って眠れなくなった。
あとは、ネズミが入っているゴミを出してきた。
これ! 悪い意味で興奮して腹が立ってくる。

俺「侵入経路をふさがないと、またネズミが出る」
親父「もう、でないよ!もう、でないよ!」
こういう会話が二〇回、三〇回、繰り返された。侵入経路……穴や隙間がある以上、そして、親父が餌付けしてしまった以上、ネズミは出るわけで、穴や隙間をふさがないかぎり、ネズミが出ると言っているのに、なんの根拠も言わないで、「でないよ!! でないよ!!」と怒って言う。
俺がネズミを目撃したとき、「ネズミが出た」と言ったら「おまえが幻想でも見てるんじゃないか」なんて言いやがったのだ。ほんとうに頭にくる。ネズミ親父。ほんとう、ネズミ親父。親父に言ったよな。「魚の切り身を出したまま寝ないでくれ」と。これも、普通じゃあり得ないことなんだよ。夜、なにもかけないまま、魚の切り身を出して眠って、次の日の朝や昼に、食べるって、普通はしないことなんだよ。普通は、ほこりが降ってくるから、サランラップをかけようとか、冷蔵庫に入れようとか思うものなんだよ。まあ、冷蔵庫はこんでいたのかもしれないけど、工夫すれば入れられるスペースがあるはずだ。そういうことをする前は、入れていたわけだし、そういうことをしたあとは、入れたわけだから。そういうことをしたあとはというのは、親父が実際に、ネズミを捕まえるという経験をしたあとだ。親父が設置したネズミシートにネズミがかかったあとは、魚の切り身を出したまま寝るというとはやめたのだから、あのときだってできたはずだ。けど、これが、どれだけ言っても、実際に自分がネズミを確認するまでは、何日でも、出すんだよな。もちろん、一日目から三〇日目までおなじ魚の切り身を出しておいたわけじゃない。一日中出しておいた魚の切り身は、次の日、本人が食べる。これが、なくなっちゃった日があるわけ。で、俺に「魚の切り身を、食べてないよな」なんて聞くんだよ。「ネズミでも出たんじゃないか」と言ったけど、これがほんとうにネズミの仕業だった。普通、なにもかけないで、一晩中出しておいた魚の切り身を食べるかね? 大の大人が? 成人した人が? 普通は、ほこりを気にして食べない。けど、親父は気にしないで食べる。で、「魚の切り身がなくなった」と親父が言ったとき、俺が「なにかかけておいた方が良い」と言ったんだよ。出しておいた魚の切り身が、「あら、不思議 なくなっちゃう」のが何回か続いた。で、なにか、かけておいた方が良いと言ったのは、サランラップとか皿を覆い尽くすような鍋の蓋とかそういうものをかけておいた方が良いという意味で言ったわけ。そうしたら、親父が、ティッシュペーパーをかけた。ティッシュペーパー……意味がない。それに、ティッシュペーパーだと、こまかいほこりがつくような感じがするけどなぁ。まあ、ともかく、ティッシュペーパーごと、ぺろりとネズミに食われてしまったわけ。ほんとうになにも残ってない状態で、なくなってしまう。皿の上のものがきれーーになくなっている。ネズミにとってどれだけのごちそうか。粕漬けとか味噌漬けとかいかにもネズミが好きそうなにおいなんだな。
「侵入経路をふさがないと、ネズミが出る」――「もう、でないよ!!」って、会話として成り立ってないんだよな。会話としておかしい。そういうズレがつねにある。しかも、怒ったように言う。いまは、弱くなっちゃっているけど、これが、わかいときだったらひどいんだぞ。一〇〇倍ぐらいいきおいがある。二〇〇倍、四〇〇倍。気違いがきちがい的な理由で怒るときの、怒り方がすごいんだよ。怒りの自己投入がすごい。ほんとうに、気違いエネルギーが爆発しているような勢いで怒るんだからな。普通の人は、親父が脳梗塞や認知症でおかしくなっていると思うのかもしれないけど、そうじゃないんだよ。親父がわかいときの方が、ずっと、きちがい的な理由で怒っていた。起こったときの爆発の度合いも、わかいときの方が、四〇〇倍ぐらい強い。
おかしいんだよ。会話が成り立たないんだよ。常にズレているんだよ。常にへんなことを言いやがるんだよ。常にへんなことをしやがるんだよ。それも、絶対の意地でそうして絶対にゆずらない。けど、それが過去のことになってしまうと、絶対の意地で認めないということになってしまう。「親父がこうしたからこまった」―「やってない!(爆発)やってない!!(爆発)」という会話の流れになってしまう。「やってくれなかった」――「やってやった!!(爆発)やってやった!!(爆発)」という会話の流れもある。どっちもおなじ。完全否定。現実を、自分の都合で否定する。「(次は)ネズミが出ない」というのも、自分の願望を言っているだけなんだよな。「ネズミが出ないで(ほしい)」と言うことなんだと思う。で、自分の願望が、ある意味、現実を無視している。侵入経路をふさがなければネズミが入ってくるという、過去のデータから言って、ありえる未来を、否定する。「でないよ!!でないよ!!」と発狂して言えば、それですんでしまう。で、次、出ても、いうことがかわらない。次もおなじなんだよ。だから、それをほんとうに二〇回、三〇回四〇回繰り返しても、おなじなんだよ。四一回目の会話でも「でないよ!!(爆発)」でおしまいだ。出てるだろ。もう、何十回も出てるだろ。もう、何十回もおなじ会話をしているだろ。

俺が最初に「ネズミ退治のプロに任せたほうが良い」と言ったのに、「俺がつかまえるからいい!!(爆発)俺がつかまえるからいい!!(爆発)」と言って、プロに任せるという案を、蹴った。親父が蹴った。それで、ネズミの糞がたまってしまったんだぞ。いたるところにネズミの糞がある状態になってしまったんだぞ。



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2019年7月28日日曜日

じゃ、現実的に選択可能だったかというと、そうじゃないんだよな

いろいろなところで選択をまちがった感じがする。けど、その洗濯をする前に、気違いヘビメタ騒音でめちゃくちゃだったので、どっちを選んでもおなじという感じもする。いずれにせよ、後悔でいっぱいだ。我が人生に後悔あり。後悔ばっかり。

じゃ、現実的に選択可能だったかというと、そうじゃないんだよな。やはり、毎日のヘビメタ騒音がでかすぎる。あれはない。けど、俺しか経験してないのだから、他の人にはわからない。俺がしか経験してないのだから、不可避的なことではなくて、俺がこだわっているように他の人からは見える。他の人は経験してないのだからそうだ。実際、あのなかでなにが選択可能か? ともかく、やられちゃって、後悔ばかりだよ。



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2019年7月27日土曜日

一五年間のヘビメタ騒音生活で、ほかの人たちとはちがってしまっているんだよな


俺は生きているのがつまらない。けど、死ぬわけにはいかない。さらに、くるしんで死ぬわけにはいかない。横になっているとき、化なりくるしい状態で考えるんだよね……いろいろ。横になっているわけだから「らく」であるはずだろ……と思うかもしれないけど、そうじゃないんだよ。気違いヘビメタ騒音にやられた頭のくるしさがある。ほんとうにくるしいわけ。ヘビメタ騒音にやられて眠れなかった次の日の朝のような状態がある。それから、ヘビメタ騒音にやられて眠れないときの状態がある。それぞれに、別のくるしさがある。他の人にはわからない。あの頭の状態は、やばい。他の人にはわからないから、やっかいなんだよな。意思至上主義の人たちがいるから。快適な睡眠にしようと思ったら、快適な睡眠になると思っている人たちだ。この人たちは、自分は十数年間ものすごい騒音にさらされるという経験をしないまま、好き勝手なことを言っている。一五年間のヘビメタ騒音生活で、ほかの人たちとはちがってしまっているんだよな。それは、パンチドランカーや水俣病と同じようなもので、意思ではどうにもならない。けど、意思ではどうにもならないということを、認めない。こいつらは、普通の状態でそういうことを言っているんだよな。それだけなのに、まるで、ヘビメタ騒音病や水俣病になった人たちが、好きで、ヘビメタ騒音病になったり水俣病になったと思っているようなところがある。意思を強く持てば、ヘビメタ騒音病にも水俣病にもならないのである。こういう、普通の経験しかない人たち……。

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2019年7月26日金曜日

ほんとうに自分が悪口を言われて怒っている状態とおなじだ


こんなんじゃない。
ここに書いたようなことを考えている。というか、もっと思いは深い。気違い兄貴は、結婚したあと、新しい住居でヘビメタを一分も鳴らしてないんだよ。それなら、うちでも、一分も鳴らさずに我慢することができたはずだ。ほんとうに腹が立つ。頭にきて頭にきてしかたがない。どれだけ、俺がいやな思いをしてきた。どれだけ俺が勉強の邪魔をされたか。勉強の邪魔をされることによって不利益を被ってきたか。ゼンブガゼンブほんとうに……。

この夜は、なんだ。この夜は??

この夜はヘビメタ騒音を鳴らされていたよるとおなじじゃないか。ほんとうにすべての転で足を引っぱられた。これ、他の人にはわからないかもしれないけど、いまも、強烈に足を引っぱられている。これがわからないんだよな。ほんとうに気違いヘビメタは、「底辺ギブス」だ。底辺に落ちないわけがない。他の人は、ヘビメタ騒音を「やられてない」から、好き勝手なことを言いやがる。これもゆるせない。俺がどれだけヘビメタ騒音のことで人から誤解されてきたか? 悪く思われてきたか? 気違い兄貴は、ぜんぜんわかってない。どれだけ、ぶちあたっても、ぜんぜんわからない状態がかわらない。気違い親父が、兄貴のハンダゴテのことを気にしたか? 「使えない」と言われたら、「使える使える」と言って、怒鳴っていた。気違い親父は怒鳴っていた。その怒鳴っているとき、気違い兄貴の立場を考えるということができると思うか? できるわけがない。兄貴が、自分(親父)の押しつけたものでこまっているということが、とことんわからない。自分が被害者のつもりだ。ほんとうは使えるハンダゴテを使えないと言われて、非常に腹を立てている状態だ。(実際には、使えないのだけど、気違い親父のなかでは、現実を無視して使えるハンダゴテなので)「使える使える」と言って腹を立てることができる。その、腹を立てているとき、気違い兄貴の立場を理解することができるかと言えば、できない。それとおなじなんだよ。気違い兄貴は!! 

ほんとうに自分が悪口を言われて怒っている状態とおなじだ。自分がいちゃもんをつけられて怒っている状態とおなじだ。これ、言われた自分が、腹を立てているだけなのである。だから、相手の状態はわからない。親父はハンダゴテを買ってやろうという気持ちにはならないし、気違い兄貴は「静かにしてやろう」という気にはならない。気違い親父は自分が押しつけたハンダゴテで兄貴がこまっているということがわからないし、気違い兄貴は、自分が鳴らしている音で、で弟がこまっているということがわからない。わからないままだ。そりゃ、どれだけ言われたって、わからないままなのである。で、気違い兄貴の譲歩は、親父の譲歩とおなじだから、まったく意味がないことなのである。で、それも親父のようにわからない。(気違い兄貴は)親父のように無視する。(気違い兄貴は)親父のように現実を無視して、実は、譲歩してないということを認めない。で、その場面だけ勝てれば、あとは、どうでもいいんだよ。そのまま、鳴らし続ける。これも、おなじ。俺が自分の部屋に戻って、どんだけこまっていたか。どんだけこまると思っているんだよ? 他人はほんとうに他人だから、これがわからないんだよな。たいしたことじゃないと思っている。この時間の長さはない。「そんなの、無視すればいい」とか言いやがって……。ほんとうにゆるせない。

2019年7月25日木曜日

ガス室で深呼吸すれば、落ちつくか?


いやー、つかれた。
けっきょく、ヘビメタ騒音で人生、ない。

この、時間が問題なんだよ。この、時間が……。ヘビメタ騒音以降、俺にとって「時間」はこういうものでしかない。この、時間。ほんとう、つかれたな。どれだけ努力しても、気違いヘビメタが、しつこく、しつこくなってたな。気違いヘビメタをなくすべく、俺がどれだけ努力したと思っているんだ。あれ、頭がおかしいから、だめなんだよな。親父の奇行と兄貴のヘビメタ。
ほんとうに、こんなもののために、俺がどれだけ他の人から誤解を受けてきたか? 能力もくそもないんだよ。気違い家族が気違い的な意地でヘビメタを鳴らし続けたら、どれだけ努力しても、むだだ。やられて、俺が他の人から「へんなふうにおもわれる」だけなのである。警察は、きたら注意してくれるだろうけど、気違い兄貴は、「そんなにデカイ音で鳴らしてないつもり」でならしているわけだし、「ほんのちょっとでもゆずってやれば、ものすごくゆずってやったつもり」になるわけだから、警察が帰ってしまったら、そういうモードでやる。それは、つまり、いつも通りにやるということになってしまう。おばあちゃんもおじいちゃんも、警官もいっしょに住んでくれなければ、気違い兄貴は、「なにもわるいことをしているつもりがないまま」やるだろ。やるのがあたりまえなのだから。よそじゃ、やらないけど、うちでは、いつもやる。これだって、気違い親父のコピーだ。気違い親父のコピーだということは、うちでは、それが、何十年も毎日繰り返されてきたということなのだぞ。これも、他の人にはわからない。実感としてわからない。そういう人たち(実感としてこれがわかってない人たち)が、「家族で相談すればいい」「そんなの、お兄さんにしずかにしてくれとひとこと言えばいいだけの話じゃないか」などと言いやがるのだ。その人たちにとっては、俺が兄貴にひとことも「静かにしてくれ」といえないだめ人間なのだ。あるいは、「家族で相談しよう」ということも思いつかないようなバカなやつなのだ。で、「どれだけ鳴っているといったってたいしたことはないのだろう」という通常人の思いこみがある。そんなのじゃないからこまっているんだろ。まあ、わかってくれる人もいるけど、その人たちですら、実際にヘビメタ騒音生活を経験しているわけではないので、ほんとうのところはわからない。二次災害、三次災害はわからない。だから、俺がヘビメタ騒音が鳴っているにもかかわらず、ほんのちょっと努力すればよいということになってしまうのである。こっちは、限界ぎりぎりの努力をしているのに……。ほんのちょっとの努力というのは、気違いヘビメタ騒音がなければ、普通にできることだ。けど、ヘビメタ騒音が鳴っている以上できない。しかし、「ヘビメタ騒音が鳴っている以上できない」ということを言ってもつうじない。たぶんわからない。ヘビメタ騒音が鳴っている中で(ヘビメタ騒音が鳴ってない場合のほんのちょっとの努力をする)ということは、ガス室の中で深呼吸をするようなものなのだぞ。これがわかってない。「深呼吸すれば楽になるよ」「深呼吸すれば気持ちが落ちつくよ」……それは、普通の空気が部屋に充満している場合の話しだろ。ガス室で深呼吸なんてしたらよけいにだめになってしまうだろ。あるいは、効果がないだろ。まあ、ガス室の中にいる以上、深呼吸をしようが、しまいが、ガスにやられるということになる。深呼吸をすることは、「だめになる」速度をはめるかもしれないのだぞ。深呼吸をしなくても、時間の問題でダメだけどな。

   *   *   *

親父の頭がおかしいということが、気違い兄貴が「うち」でヘビメタを鳴らし続けたことに、深い深い、影響を与えている。これが、他の人にはまったくわからない。これは、説明したってわからないぞ。だいたい、親父に関する俺の説明を、受け入れない人たちだっている。「そんなひといない」「そんなことない」「ただ、(あなたの)説明が悪かっただけだろ(ちゃんと言えば通じたはずだ)」……こんなことを思う人たちだっている。こんなの……。どれだけの無理解か。ほんとうに気違い親父の頭の構造がまったくわかってないな。

2019年7月24日水曜日

ヘビメタをやられたあとは、もう、絶対に、外で働くことでは浮かび上がれない


コーヒー、いきますよっと。
いや、これ、一口飲んで、今日はやめるけど。

ドラックストアにはよったけど、つかれていたので、いろいろと買うのはやめた。もう、限界だったので、買えなかった。たぶんだけど、アマゾンで買う。実際、ビオフェルミンはどっちの方が安いのかわからない。ビオフェルミンが高い。

外で働いても、浮かび上がれないよ。ヘビメタをやられたあとは、もう、絶対に、外で働くことでは浮かび上がれない。ヘビメタが二、三日で終わらなければならなかった。生活も人生もない。恋愛も就職もない。

いまは、昼間の状態よりは、いい。これからまた、横になるけどね。足のところには、別の薬をつける。まだ、かゆい。

ほんとう、やられちまったな。俺の人生はなんなんだ。おなじところをずっとまわっている。ヘビメタで、全部だめになった。これ、他の人には、俺が愚痴を言っているようにしか思えないのだろうけど、ちがう。

俺は、死にものぐるいでやっているのに、他の人からはサボっているように見える


他の人はどうだか知らないけど、ぼくはつらい。まあ、この話になるとどうしてもヘビメタ騒音の話になってしまうのだけど……。ヘビメタ騒音がはじまってからほんとうにくるしい。これ、自動的に他の人に誤解される「障害」なんだよな。ヘビメタ騒音でどうしても「おいだされる」。能力が落ちて、どうしても、実力よりもだいぶしたの能力で暮らさなければならなくなる。これがくるしい。実力というのは、ヘビメタ騒音が鳴ってなかった場合の能力だとする。早期に終了してくれれば、こんなことなってないのに……。実際にヘビメタ騒音にたたられている生活が「つみかさなる」ということが、どれだけくるしいことか、ヘビメタ騒音にたたられたことがない人はまったくわからない。そうすると、やはり、建前で攻撃されるようになる。これを「攻撃」と思うのは、思考がゆがんでいるからだと思うかもしれないけど、攻撃なんだよ。普通の人は、ヘビメタ騒音が見えないわけだから、(俺が)サボっているようにしか思えない。俺は、死にものぐるいでやっているのに、他の人からはサボっているように見える。問題の張本人である気違い兄貴は、気違いなので?まったく気にしない。これ、本当にどれだけ言っても、つたわらないんだからな。親父とおなじように、「感覚器からしておかしい状態」になっている。本人が知覚・感覚しているのだから、これは、なおせない。他の人になおせるわけがない。脳みそ、直結だからな。で、「きたない部分」というのが含まれている。認知構造に含まれている。これだと、やはり、ぼくが他の人から誤解を受けながらずっと、我慢してくらすということになってしまう。
攻撃だと感じるから攻撃だと思う(ようになる)……とか、攻撃だと受けとめるから攻撃になってしまうというような言い方がある。この人たちは、ぼくがヘビメタでくるしんでいるということを無視している。「たいしたことじゃない」と思っている。ぼくが死にものぐるいになって、努力して、ヘビメタ騒音生活を送っているということが、わかってない。見えてない。それこそ、「受けとめ方」の問題ではないのか? 俺は、ヘビメタ騒音のことについて説明しているわけだから。そして、この人たちはほんとうに、ヘビメタ騒音にさらされてない。ヘビメタ騒音にさらされてない状態で、「そんなのたいしたことがない」と言ったり思ったりしている状態が続く。

2019年7月23日火曜日

ヘビメタ騒音に関する体感的な認知の差がでかすぎる


ヘビメタ騒音に関する体感的な認知の差がでかすぎる。ただ単に、『ヘビメタ騒音が鳴っていた』と言っても、伝わらない部分がある。四〇文字かける二〇行で、一ページとして、何千ページ、何万ページ書いても、伝わらない部分がある。この、伝わらない部分がでかすぎる。
これ、別にぼくが『好きで鬱になること』をえらでいるわけではないのである。ぼくが好きで『元気じゃない状態』を選んでいるわけではないのである。ぼくが好きで『決まった時間に起きることができない体になること』を選んでいるわけではないのである。

気違いヘビメタが実際にものすごくデカイ音で鳴っていたから、脳みそが損傷を受けてこうなっている。気違いヘビメタが実際に長い時間鳴ってたから、脳みそが損傷を受けてこうなっているのである。気違いヘビメタが実際に長い期間にわたって毎日毎日鳴っていたから、脳みそが損傷を受けてこうなっているのである。

まるで、俺がサボりたいからそうしているというような感じでものを言ったやつは、ゆるせない。そりゃ、(俺が無職のとき)無職だというと、ヘビメタ騒音のことを説明したあとも、まるで、俺がサボりたいから、無職でいると思っていたやつがいっぱいいる。どっちかというと、そういう感じ方のほうが一般的だ。これがどういう意味だかわかるか? 気違い兄貴。おまえがやったことで、おまえがまったく知らないところで、俺が他のやつから、軽蔑されるんだぞ。軽く見られるんだぞ。『甘えている』とか言われるんだぞ。ほんとうにふざけやがって。『甘えている』と言ったやつは、ヘビメタ騒音に一日もさらされることなく、甘えた状態で暮らしてきたやつなのである。頭にくるだろ。そういうやつは『自分だってつらい思いをしている』ということが多いけど、『つらい思い』の『つらい思い』がちがう。俺だってヘビメタがまだ鳴ってない期間、つらい思いをしてきた。だいたい、そいつらは、父親にたぶん精神的に虐待されてないけど、俺は、気違い親父に精神的に虐待されてきた。人よりはずっとつらい思いをしているのである。けど、それでも! ヘビメタ騒音がはじまってからの「つらさ」とヘビメタ騒音がはじまる前の「つらさ」は質・量ともにちがう。ヘビメタ騒音のつらさは、異質のつらさで、他の人がほんとうに想像することもできないほどのつらさだ。わからないと思う。実際にヘビメタ騒音を俺とおなじ長さ、俺とおなじ状態で聞かされた人じゃないわからないと思う。これ、ほんとうに「つらさ」と言っても、「つらさ」の「つらさ」がちがうのである。「つらい思い」と言っても「つらい思い」の「つらい思い」がちがうのである。それに、ヘビメタ騒音によって、日常のつらさが倍増してしまうのである。これは、日にちがつもるにつれて、倍々増していく。n乗になっていく。nは日数。一日目を一として考える。

長期ヘビメタ騒音のつらさのなかには「どれだけ楽しくしようと思っても楽しくならない」というつらさも含まれている。長期ヘビメタ騒音のつらさのなかには「どれだけ、希望を持って暮らしていたとしても、希望は叶わず、どんどんどんどん、不利な状態になっていく」というつらさも含まれている。

2019年7月21日日曜日

「中学生時代の体にもどりたい」


ここで掃除をして、喉が痛くなったらやばいから、掃除をするのはやめるか?



昨日外に出たら、夏休みがはじまったのか? あるいは祭りだからか? 部活系の女の子がたくさんいたけど、なんて言うのかな? 動きがきびきびしているんだよね。元気なわけ。正直言って、ちょっとうらやましかった。こっちは、ぼろぼろだからね。ヘビメタ騒音がない場合の中学生ぐらいの体力が復活しないかね。ヘビメタ騒音がない場合のという条件がつく。実際の俺はヘビメタ騒音に毎日やられていて、ボロボロだった。小学生のときからボロボロだった。元気じゃない。



だから、「中学生時代の体にもどりたい」と言うと、多少、問題がある。けど、言いたいのはそういうことだ。なんか、はしゃいでいるやつらが、うらやましい。

ニートが家事労働をしていたとしても『働け』と言われることにはかわりがない


「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う場合、ほんとうにその主婦が家事労働やっているかどうかは問題にならない。家事労働をやると言っても、いろいろな程度がある。専業主婦でも、家事労働を一切合切やってない人もいるかもしれない。

けど、専業主婦であるだれかが、家事労働やっているかどうかということが問題になることはない。「主婦は家事労働をしているので無職で問題がない」というような話をしている場合は、ある特定の主婦が家事をしているのかしてないのかということと、しているならどの程度家事をしているのかは、問題にならない。

家事労働をまったくやらない「ある特定の奥さん」は、その旦那にとって問題があるかもしれない。しかし、そういうことは「主婦」が無職でよいのか悪いのかということについて話し合っているときには問題にならない。

それこそ、家事労働を、プロに任せて外注している専業主婦だっている。専業主婦だって、お金を相続した場合は、外注できる金がある。「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う場合は「主婦はかならず家事労働をしているはずだ」という暗黙の前提がある。この前提は、間違っている。

しかし、「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人にとって、実際に、どこかの主婦がどの程度、家事労働をしているかとどうかということは、関係がないのである。だから、関係がないという意味で、問題にならない。問題だという意識が浮かばない。


それは、ニートと言われる人たちが、ほんとうは、家事労働をしているのかもしれないということが問題にならないように問題にならない。たとえば、二八歳の無職の男性がいるとする。この男性が、家事労働をしているかどうかは問題にならないのである。最初から、二八歳の無職の男性は、「働くべきなのに働いてない人間」なのである。働くべきなのに働いてない人間」と書いたけど、その場合の「働く」とは「外で働く」という意味に限定されている。

多くの常識的な人が、この無職の男性をバカにする。「働くべきだ」とはっぱをかける。たとえ、その男性が家事労働をしていて、母親の介護をしているにしろ、やはり、そういう言葉が投げかけられるのである。

家事労働の程度は、関係がないのである。さらに言えば、家事労働をしているのかどうかさえも関係がない。

ほんとうは隠されているうちなる基準がある。その基準が、二八歳の男性が働いてないのはケシカランことなのか、ケシカランことではないのかを決定している。家事労働とは、関係がない。

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つまり、主婦の場合は家事労働をしていても、家事労働をしてなくても、無職であるということは問題にならない。二〇代、三〇代、四〇代、五〇代の男性の場合は、家事労働をしていても、無職であるということが問題になる。

『働け』と言われる。

こういうことが、最初から決まっている。

『主婦は家事労働をしているから無職でもいい』というのは、後付けの理由で、しかも、ほんとうの理由じゃない。じゃあ、ほんとうの理由というのはなにかというと、『身分』なのである。

ともかく、主婦という身分だと問題はない。ニートという身分だと問題があるのだ。特に男性ニートの場合は、問題があると思われる。それは、身分の問題であって、家事労働をやっているかどうかの問題ではない。身分の問題と書いたけど、身分の問題なのである。

ちなみに、子供は現在では、働かなくてもいい身分になったけど、むかしはちがっていた。なので、こういう『身分感覚』も時代によってうつりかわるものなのである。



2019年7月20日土曜日

だれにとってやってはいけない行為なのか (アドラー心理学の闇)(京都アニメーション事件含む)(主観の問題)(道徳観の問題)


ほんと、つまんない。つまんない。つまんない。
まあ、起きてられるということだけでいいか。
しかし、つまんない。

コンビニに行って手延べ素麺でも買ってくるかな。なんか知んないけど、素麺がマイブーム。はは、マイブームねぇ? 死語か。なんか知んないけど、素麺を食べたいんだよね。どーするかな。

むかしは、もうちょっと楽しかったんだけどね。もうなんか疲れ果てて、楽しくない。いろいろと、興味がなくなっている。興味がうせた。うせたー。

まあ、世の中にはいい人もいるけどな。

それにしても、ヘビメタ騒音以降、くるしい。起きているということ自体がくるしい。寝ているときもくるしいんだけどね。だから、生きていること自体がくるしくなった。ヘビメタ騒音以降、生きていること自体がくるしくなった。で、くるしいなかでなんとかやっているだけで、あんまり希望がない。楽しみがない。

まあ、そういうことを言うと、「なんか、興味があることを見つけて」と助言されるわけだけど、興味が摩耗している。

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ところで、アドラーが言っていることはわりと、高度な道徳観の上に成り立っているんだよ。自分の問題と他人の問題をごちゃ混ぜにしないとということも、きらわれる勇気を持つということも、実は高度な道徳観の上に成り立っている。高度な道徳観を持っている人を前提にして話をしている。けど、そういう前提があるということは、無視してしまっている。

だから、「きれいごと」でしかない。

たとえば、気違い兄貴が、きらわれる勇気を持って、自分がやりたいことをやるとする。そのやりたいことというのが、自分が満足できるデカイ音でヘビメタを鳴らすことだとする。

で、自分が満足できるデカイ音でヘビメタを鳴らすことだけを考えて、ヘビメタを鳴らすと、鳴らされた俺はこまる。気違い兄貴の部屋が真横にあるからだ。気違い兄貴のヘビメタが俺の部屋にガンガン響いてくるからだ。

そこで、たとえば、俺が「うるさいからやめてくれ」と言いに行ったとする。その場合、気違い兄貴が、「うるさいから、やめてくれ」というのは弟の問題であり、自分の問題ではないと判断したら、そのまま気違い的にデカイ音で鳴らし続けるわけだから、問題があるのである。

けど、もちろん、やりたいことをやっている気違い兄貴にとっては、問題はないということになる。

京都アニメーションのビルに放火した人だって、自分の気持ちというのがある。「自分の気持ちだけ」で行動してしまうと人に迷惑がかかる場合がある。人を殺してしまったり、人を自殺に追い込んでしまう場合がある。

しかし、その人にとっては……つまり、行為者にとっては……それはそういう行為ではないのである。行為者にとっては、「迷惑行為ではない」のである。

自分の気持ちがたいせつだからだ。「自分の気持ちしかない」からだ。「いまここ」の自分の気持ちしかない。

京都アニメーション事件の場合、行為者は夢中になって放火するわけだから、夢中になってやるということ自体が(なんの前提もなく)正しいことだとすると、京都アニメーション事件の犯人(行為者)も正しいことをしたということになってしまうのである。

放火した人は「きらわれる勇気を持っている」人なのである。だから、「きらわれる勇気を持っているかどうかということはそういうことではない」と思う人は、ほんとうは『道徳観』を問題にしているのである。絶対に道徳観が問題になる。

しかし、普通アドラー心理学について説明する人は、道徳観の問題には言及しない。そういった場合の道徳観というのは、無前提に設定されているものなのである。

だから、「きらわれる勇気を持った人が犯罪をする場合」に関しては、語られないか、あるいは、「ぜんぜんちがう問題」として無視される。

しかし、何度も言うけど「ぜんぜんちがう問題」ではないのである。それは、主観の問題があるからだ。「自分がやりたいことをやる」「きらわれる勇気を持つ」ということは、すべての場合において正しいことではないのである。

しかし、キレイゴトの世界では、まるですべての場合において正しいように言われる。思われる。アドラーと多くのアドラー心理学信仰者は疑問を持たない。

道徳観は人によって違うので、「なにをしてはいけないか」ということは、人によってちがう。気違い的にデカイ音でヘビメタを鳴らす人のなかでは「気違い的にデカイ音でヘビメタを鳴らすこと」はやってはいけないことではないのである。同様に、放火をする人にとっては「放火」はやってはいけないことではないのである。「放火」全般ではなく、「その人の放火(行為)」だ。

「その人の」「放火(行為)」はその人のなかでは「やってはいけないこと」ではないのである。むしろ、絶対の意地でやらなければならないことなのである。どれだけ他の人が反対しても、勇気を持って、やらなければならないことなのである。

少なくても、本人(行為者)にとっては、悪いことではない。本人が、「これをすると人に迷惑がかかる」ということを理解していなければ……認知・認識していなければ……その人のなかでは「その行為は人に迷惑がかかること」ではないのである。

だから、やる。

他の人が「迷惑だからやめてくれ」と言ってきた場合もやる。他の人が「迷惑だからやめてくれ」と言ってきた場合は、他の人の問題であって自分の問題ではないということが、ほんとうは、深いところで成り立つ可能性がある。

『そういうことをやるな』と他の人から言われたとき、『自分が気にしなくてもいいことについて、他人が気にしろと言ってきた』と考えたらどうなる? その人は「他人にきらわれることを恐れず」に、あるいは「言ってきた他人を無視して」やるということになる。

だから、「他人に迷惑をかけることは別だ」というような、言い方は、相対的な世界では、通用しない。それが、主観的な問題だ。この世は、相対的な世界なのである。

どうしてかというと、人それぞれが自分の頭で「世界」を理解しているからだ。あるいは、人それぞれが自分の頭で「世界」を感覚・認知しているからだ。だから、実際の世界では、主観の問題がある。

++++++++++++

「気にする必要があることか、気にする必要がないことなのか、よく考えて、気にする必要がないと判断したら、やる」ということについて考えてみよう。結論から言ってしまえば、それでは問題は解決しない。どうしてかというと、『よく考える』人が本人だからだ。本人である以上、本人の主観からはのがれられない。

障害者をむだな存在だと考えて、殺してしまおうと思った人がいたとする。ぼくは、障害者はむだな存在だとは考えない。けど、その人はそういうふうに考えてしまったとする。そこで、ぼくが「おまえの考えは間違っている」「殺すべきではない」と言ったとする。けど、その人が、自分のなかでよく考えて、殺すべきであると考えたら、俺の発言は特に意味がないことになってしまうのである。その人のなかでは……。

まるで、『よく考える』ようにうながせば、それでいいというような印象を与えるようなことを言うな! あるいは、よく考えれば、世間的に正しい結論にいたるというような印象を与えるようなことを言うな!

こういうのは、印象の問題なのである。

あたかも気にする必要があることなのか、気にする必要がないことなのか考えれば、「主観の問題」は問題にならないかのようなことを言う。

それは、そういうことを言う人の道徳観が問題なのである。そのひとには、所与の道徳観が成り立っているから、よく考えれば、(他の人も)道徳的に正しい結論にいたるはずだと(それこそ、よく考えもしないで)思い込んでいるのである。

けど、実際の世界には、その人が持っている所与の道徳観が欠落している人もいるのである。だから、そういう人が『勝手なこと』をやるかもしれない。そういう世界に生きているのである。

その場合、『勝手なことをやる人』のなかでは、どれだけ考えても、正しいと思えることなのである。

で、勝手なことをやる人の思いこみと、アドラーが言っていることは似ているところがあるのである。違いは、道徳観と主観(その人にとっての認知・認識)だ。似ているところがあると控えめに言ったけど、本質的にはまったくかわらないことなのである。正確に言えば『区別ができないこと』だ。道徳観の問題と主観の問題を考えなければ、両者は質的に違いがない。だからこそ、この世でいろいろな問題が起こっているのではないか。

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2019年7月18日木曜日

かかわった人の気持ちが、ぐちゃぐちゃになる。



俺がずっと、濡れ衣を着せられてきた。

気違い親父が作り出した「ぬれぎぬ」

気違い兄貴が作り出した「ぬれぎぬ」

だれによって濡れ衣が作り出されたかなんて、本人以外、だれが気にする? 本人以外の人は、濡れ衣を濡れ衣だと思ってない。

無意識的に子供に「ぬれぎぬ」を着せる気違い親父。無意識的に弟に濡れ衣を着せる気違い兄貴。

これ、ほんとうにまったく、つもりがないんだよな。やるほうに、まったく、つもりがない。やったほうは、やったとも思ってない。ぬれぎぬをきせた」なんて思うわけがない。ごく自然に、ごく普通に、きちがい行為をやりきることによって、濡れ衣を着させる。

本人はとまらないよ。気違い的な意地でやりきる。だからやっているのに、「やっているつもりがない」。だからやったのに、「やったつもりがない」。けど、毎日、かわらずに、毎時間毎分毎秒、そういう「モード」で暮らすんだよ。だから、そうじゃない「モード」のときがない。うちにいるときは、常にそういうモードなんだよ。そういうモードができあがっている。そういう感じ方ができあがっている。そういう感覚ができあがっている。本人は、否定できない。

じゃ、こっちがひとこと言えばやめてくれるかというと、それは絶対にない。こっちがわかりやすい説明をすればわかってくれるのかというと、それは絶対にない。理解してしまったら「できなくなる」だろ。気違い兄貴だったら、思いっきりヘビメタを鳴らすことができなくってしまうだろ。俺が兄貴のヘビメタで困っているということと兄貴のヘビメタがものすごくデカイ音だということを「理解してしまったら」できなくなってしまうだろ。できなくなってしまうことは、絶対の意地で認めないんだよ。けど、「絶対の意地」が意識的なことではなくて、無意識的なことなんだよ。だから、意識は、まったく感知してないのである。だから、本人はぎちゃぎちゃな意地を張って頑固に頑固にやっているのに、「まったく知らなかった」というような意識を持つ。「意地なんて張ってない」というような意識を持つ。そういう毎日だ。そういうモードしかない。で、認めることが不都合なことである場合は、絶対の意地で認めない。これもおなじしくみが成り立っているから、意識的には、ほんとうに「やってないつもり」でいるのである。これが頭にくる。これが完全に「はいっている」と、本人はぎちゃぎちゃな意地でやっているけど、ちゃぎちゃな意地でやっていいることを意地でも認めなというようなことになるので、やられた人は腹が立つことになる。かかわった人の気持ちが、ぐちゃぐちゃになる。

   *   *   *
今日、お母さんの夢を見た。もっと見ていたかった。
まあ、お母さんもこまっているだけで助けてくれたわけじゃないけどな。そりゃ、無理なんだよ。気違いが意地を張ってやっていたら、無理なんだよ。殺さなければやめさせることができないんだよ。この、殺さなければやめさせることができないような意地……というのが、他の家族の元に生まれた人にはわからない。やっぱり、うちのなかで、見てないとわからない。他の人たちは健常者に育てられた人たちだから、わからない。まあ、異常者は異常者で、異常さの度合いと、異常さの分野?が違うんだけどな。けど、この開きは、デカイ。

常識的な「親子フレーム」を持っている人は、毒親についてあれやこれやと書いている人のことを、おもしろく思ってない。健常者同士でもあらそいはあるし、言い間違いはある。けど、片方が異常者である場合と、双方が健常者である場合は、違う。話がまったく違う。けど、双方が健常者である場合の人のほうが多いわけだ。主流なわけ。だから、そいつらは「いつまでも親のせいにするな」というような勘違い発言をする。あるいは、「俺だってこれこれこういうことがあった」というような勘違い発言をする。けど、違うから……。親子フレームを持っているということ、親子フレームに準じた発言をしているということ自体が、そのことを雄弁に物語っている。親子フレームに準じた発言をしている人の親は、健常者なのである。健常者の親であっても、それは、あらそいはある。いきちがいはある。けど、それは、異常者・健常者の組み合わせの、あらそいや、異常者・健常者の組み合わせの、いきちがいとは、ちがうものなのである。質がちがう。どうして、こういうことがわからないのか?

対立するしかない


俺はもういやだ。ヘビメタやられてからずっと、誤解されっぱなしだ。ヘビメタ騒音というわかりにくいことで、人から誤解されっぱなしだ。気違い家族によるヘビメタ騒音というのは、気違い家族と一緒に住んでいる人しかわからない。まったくもってわからない。ぜんぜんわからない。しょっぱなから、まちがえる。間違った前提で間違ったことを言いやがる。しかも、その人の常識のなかでは「あたりまえのこと」だから、動かしようがない。対立するしかない。けど、気違い家族にやられている人、あるいは、気違い家族が鳴らしている騒音でやられている人というのは、ものすごく少数だから、わからない。他の人はわからない。まったくわからない。前提が違う。前提がちがうということもわからない。気違い家族の認知がどういう認知なのかまるでわかってない。だから、気違い家族を、普通の人間だと見立てて、ものを言う。けど、それが間違っている。間違っている。間違っている。


えらそうに!! えらそうに!!!


ヘビメタ騒音でくるしいと言っているだろ。他のやつもほんとうに、たてまえを押しつけてきやがって。ヘビメタ騒音がなければ、俺だって簡単にできるよ。ヘビメタ騒音がずっと鳴っていると……どーーしても、できない。限界まで感張っても、どーーしてもできない。できないが、つもっていく。ヘビメタ騒音のつかれとともに、「できない」がつもっていく。他のやつは、ヘビメタ騒音のことがわかってないから、勝手なことを言う。どれだけこまるかわかってない。どれだけの努力が無駄になるかわかってない。努力することさえ、長年のヘビメタ騒音でできなくなる。他のやつは、俺からヘビメタ騒音のことを聞いても、なんて言うのかな……普通の騒音だと思っている。俺がヘビメタ騒音のことを説明しても、気違い兄貴の横に住んでいて、実際にヘビメタ騒音に何時間もさらされる人間じゃないと、わからない。実際のところは、なにもわからない。なにもわかってない状態でものを言っている。要するに、俺は、ヘビメタ騒音にさらされている状態で、無理難題を突きつけられることになる。だれだって、あんだけひどい気違いヘビメタ騒音を押しつけられれば、できなくなってあたりまえなのに、(他のやつは)それがわかってない。わかってないやつは、自分の常識内の「騒音体験」を持ち出してヘビメタ騒音のことを類推する。けど、その類推は間違っている。間違うのはしかたがない。経験してないからな。一日でも経験したら、言うことが違うよ。えらそうに!! ただ自分がそういう目に遭わなかったからと言って、えらそうに!! えらそうに!!! 無理難題を押しつけてくるな!!!

ヘビメタ騒音で連続的に毎日くるしい。


ヘビメタ騒音で連続的に毎日くるしい。
こんな一生、ねぇーな。
こんな一生、ない。

毎日、くるしい。連続している。

大丈夫じゃない


ともかく、ここに住んでいるとぼくがネズフンにやられる可能性があるということ……。対処しなければならないけど、対処がむずかしい。一度消毒をして撤去したほうがいいと思う。

正直言ってくるしいんだよ。これは、ヘビメタ騒音でくるしいんだけど。

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親父の部屋のおしいれがずっと問題だった。親父の部屋の押し入れは、ずっと前から、床が抜けている。奥の方にさがっているのだ。さらに、左右で高さが違う。向かって右側が一五センチぐらい、向かって左側が二三センチぐらいさがっている。だから、手を入れると、手が床下に出てしまう。この床下というのは、完全に外だ。横の長さは一八〇センチはある。二二〇センチぐらいなのかもしれない。けっこう大きなおしいれなのである。で、短い場合で横一八〇センチ、縦一五センチから縦二三センチの「すきま」があるわけで、これは、デカイ。で、親父は最初、「だいじょうぶだ」と言っていたのである。親父がだいぶ昔に、半透明のうすいビニールシートを貼ったから、親父のなかでは大丈夫だということになっていた。半透明のブルーのビニールシートなんだけど、これは、たぶん、袋を切って使ったものだと思う。ともかく、丈夫なブルーシートではない。普通のビニール袋を切って開いたような状態だ。だから、うすい。で、整理ボックスが四個入っていて、そのほかに古い毛布などが入っていて、「おしいれの奥の下」がどうなっているのかまったく見えなかった。ちゃんとやってある」というかいちおう信用してしまったのだけど、信用してしまった俺がバカだった。この、親父か言ったことを信用していたい目に遭うというのが、ぼくの人生の中で何十回も何百回も何千回もあるので、もう、俺はいやなのだ。あいつにかかわるのがいやなのだ。けど、親父があの部屋にいる以上、出して確かめるということができない。そういうスペースがない。これ、もとはどうなのかわからないけど、少なくても、俺が整理ボックスや毛布やすのこや木片を出して調べた時点では、ビニールシートが壁部分の長さで切れていて、「ちゃんと貼ってある」という状態ではなかった。これが、ネズミによって切られたのか、そもそも、貼ってないのかわからない。ぼくが親父の話を聞いたときは、ビニールシートは、かなりの長さがあり、「落ちた床」の手前のほうに、四〇センチぐらいはの伸びているようなものを想像した。で、実際には、床には新聞紙がひいてあった。おしいれの奥・壁側はガムテープでとめてあったけど、床部分はガムテープでとめてあった形跡がないのである。たぶん、木片や整理ボックスでおさえるようにしたのだと思う。けど、それでも長さがたりないんだよな。あれは、ネズミによって切られたのだろうか。これが、新聞紙の上にはものすごいほこりとネズフンが落ちていて、新聞紙も劣化していて、片付けるときに、相当のほこりが出た。これ、マスクをしていたけど、むせた。マスクを二重にしていたのだけど、非常にむせた。それからきったない毛布の上にこれまたネズフンがたくさん落ちていて、むせた。見るだけでむせた。毛布の上のネズフンは、毛布を押し入れから出したあと、俺が割り箸で、全部とったんだぞ。これ、どれだけみじめな行為か。普通の人間じゃないんだよな。絶対に、あんな手抜き工事?で、どうにかしようと思わない。冬なんて、あそこから冷気が入ってきて、ものすごく寒いんだぞ。外で寝ているのとおなじ状態なんだぞ。あそこは、プロでも、特殊すぎて請け負ったかどうかわからないけど、プロにたのんでどうにかするべきだ。特殊すぎるというのは、床下に入って工事をしなければ、ちゃんとはなおらないからだ。床下に入ることができないからちゃんとなおすということはできないと思う。床が落ちてしまっているわけだから、新しい板をはるにしろアンカーがつけられないのである。アンカーというか、ともかく、支えになる部分をつけることができない。支えになる部分をつけるだけのしっかりした基礎部分がない。それから、床下に入って作業できないのであれば、おしいれに入って作業するしかないのだけど、押し入れに入ると、(おしいれの)床板が割れる可能性がある。さらに、押し入れに入ったことで、さらに下にしずむということが考えられる。まあ、奥の柱部分は、しっかりしているので、柱をつかって、おしいれの床全体を支えることができる基礎部分をつくるしかないのだけど、それがむずかしい。(奥に入らないと柱にアクセするすることができない)。しずんだ床全体を持ち上げてこていするということは、不可能だ。
ともかく、もっとちゃんと、ビニールシートをはってあるのかと思ったら、そうじゃなかった。ほんとうにあの新聞紙がどれだけほこりをかぶってきたなかったか。ほこりだけでもきたないけど、ネズフンが一面に落ちている。たぶんだけど、親父としては、木片をおいておけば、それで、ネズミを防げるような効果があると思ったのだろう。けど、この木片というのは、厚さ一センチ、横三〇センチ、縦一〇センチぐらいの木片で、ぜんぜん頼りにならない。たぶん、整理ボックスでビニールの端を押さえておけば大丈夫だと思ったのだろうけど、これも、あんまり効果がないんだよな。最初の時点で、ネズミはたぶんだけど、ビニールシートをひっかくことなく、入れる。隙間がある。木片なんて、ただ、ほうりこんであるだけという感じで、ネズミが造作もなく、押しのけることができるものなのだ。かりに整理ボックスのほうは動かせないとしても、木片と整理ボックスにあいだがある。整理ボックスをぴったり並べたとしても、「隙間」ができる感じがする。ネズミはすごいからな。あんなビニールシートは、つめで切るまでもなく、潜り込んで、突破することができると思う。
ともかく、俺は、ビニールシートの下の部分もちゃんとガムテープでとめてあるのかと思った。けど、見た感じそういう形跡はなかった。「大丈夫だろ。見てごらん」なんて親父が言ってたけど、奥が見れないのだから、意味がないのだ。そういう意味がないことを言う。いろいろな物が詰め込んであって、奥が見えないのだから、意味がないだろ。そのいろいろな物が障害物になってネズミが通れないと思っていたのかよくわからないけど、いろいろな物がネズミ絶好の隠れ場所になって、ネズミ遊園地のようになっていたのだ。どんだけたくさん、整理ボックスの上にネズミの糞が落ちていたか!! ものすごい量のネズフンが落ちていた。俺が、整理ボックスを全部出して、ネズフンを掃除機で吸い取ったんだぞ。割り箸でとるとか、ガムテープでとるという範囲を完全にこえている。あんなのは、掃除機を使わないと無理だ。親父のベットと、おしいれのレールまでのあいだにどれだけたくさんのネズフンが落ちていたと思っているんだよ。ほんとうに、二重、三重、四重、五重に積み重なっている。ざっくざっくとある。スペース的には、三〇センチ×九〇センチぐらいのスペースなんだけど、ものすごい量のネズフンが落ちていた。あれでは、病気になっても不思議じゃない。たぶんだけど、親父はベットとおしいれのあいだのスペースにネズフンが落ちていることを知らない。たぶん、確認してない。自分が普段通るところしか見えないし、見ないし、自分が普段通るところでも、ネズフンを無視して通っている。たぶん、目に入ってない。普通だったら「この黒いものはなんだ」とか気がつくはずなんだけどな。そりゃ、見えているところにはそんなには落ちてない。けど、普通は気がつくはずなんだけどな。普通じゃないんだよな。
ともかく、親父の部屋にあるネズミの糞の処理でこまっている。ネズフンを吸い取った掃除機がそのまま残っている。親父の部屋に入ると、ダニに刺されるので入れない。ダニバルサンを炊くのが、たいへんなんだよ。

ともかく、親父は普通じゃない。普通の人の感覚じゃないんだよな。

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2019年7月17日水曜日

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当時の焦点になっていることとおなじように認めたくないことになる


ともかく、肝心なのは、気違い兄貴がまったく悪いと思ってない転なのである。これは、繰り返しになるとけど、気違い親父が、ハンダゴテ事件の時、まったくなにも悪いことをしてないと思っているのとおなじだ。相手に負担がかかることをしているとは思ってないのである。(親父は、買ってやらないことだけに集中しているので、自分が持たせたハンダゴテで兄貴がどれだけこまった立場に追い込まれても気にしない。そして、気にせずに(何回も)それで押し切ったと言うことについて、まったく悪いと思ってない。気違い兄貴よ! これは、気違い兄貴にわかりやすいように言っているんだぞ。そういう気違い親父の態度に腹を立てただろ。気違い兄貴は、まず自分が「デカイ音で」「非常識な時間の長さ」鳴らしているということを認めない。そりゃ、どれだけデカイ音で鳴らしてたって、本人が「デカイ音じゃない」「たいした音じゃない」と思えば、本人のなかでは、「デカイ音」じゃないし「たいした音じゃない」のである。これは、現実無視だ。親父が、使えないハンダゴテを、使えるハンダゴテだと思ったこととおなじだ。使えないという現実を無視して、使えるハンダゴテにしてしまったのである。親父のなかでは使えるハンダゴテだから、どれだけ兄貴が「使えない」ということをうまく説明しても、気違い親父は受け入れないのである。もし、受け入れてしまったら……自分が新しいハンダゴテを買ってやらなければならなくなるのである。そんなのは、許しがたいことなのである。だから、最初から、答えが決まっているのである。最初から催眠術にかかったように、現実を認めず、「使えない」と言っている兄貴の主張は、無視するということになる。(使えなくたって、使える)のである。親父の頭のなかでは、(買ってやらなければならない状態)が去らないかぎり、現実を無視して「使える」と言い張ることになっているのである。最初から!! 兄貴もおなじで、自分が思ったとおりの音で鳴らしたいという気持ちがある。これが条件として働く。自分が思ったとおりのデカイ音で鳴らしたいという気持ちがある以上、「デカイ音で鳴らしている」という事実は、無視されるのである。「そんなんじゃない」のである。「そんなにデカイ音じゃない」のである。気違い兄貴の頭のなかでは、現実を無視して……自分がやっていることを無視して、「デカイ音じゃない」「デカイ音で鳴らしてない」という現実を無視した「現実」が成り立っているのである。で、これは、兄貴の認知だから、他の人がどれだけ言ったって、変わらないのである。これは、また、ほんとうはデカイ音で鳴らしているということを(意識のレベルで)知っているのに、「デカイ音じゃない」「デカイ音で鳴らしてない」と主張するのとはわけが違う。意識のレベルで知っている場合は、「デカイ音じゃない」「デカイ音で鳴らしてない」と言っているとき、自分が嘘を言っているという意識がどうしてもうまれる。けど、兄貴の場合は、嘘を言っているのに、嘘を言っているという意識がしょうじないのである。意識レベルの前段階で、自分をだましているのである。これはもう、催眠術みたいなもので、自分では「とく」ことができない。だから、ずっとそのまま、現実を無視してやり続けるということになる。いつも、「デカイ音で鳴らしている」と言われたら「デカイ音で鳴らしてない」と思ってやり続けるということになる。デカイ音で鳴らしたいわけだから、そうなる。最初に決まっているのである。最初に「デカイ音で鳴らしたい」と思ったから、「デカイ音である」と言うことは、死にものぐるいになって、発狂して認めないということになっている。そして、そういうことを実行しても、相手に悪いと思わないのである。どうしてなら、「デカイ音で鳴らしているわけじゃない」からだ。親父がハンダゴテのことで、兄貴に迷惑をかけたとは思わないのとおなじだ。そんなの思うわけがないだろ。これは、たんに、発狂して自分の主張を押し通すということとは違う。発狂して自分の主張を押し通したとき、普通の人は、「自分の主張を押し通している」という自覚がある。意識がある。どうしたって、意識がしょうじる。けど、親父は、全力で「自分の主張を押し通している」にもかかわらず、「自分の主張を押し通している」という意識がしょうじないのである。兄貴もおなじだ。「自分の主張を押し通している」という意識がしょうじないのに、「自分の主張を押し通した」という意識が生じるわけがない。なので、いつも、押しつけたことにならないのである。兄貴もおなじだ。いつもいつも、騒音を押しつけているのに、押しつけたという気持ちにならないのである。ほんとうは、時間に関してもまったくゆずらなかったのに、ゆずらずに、ヘビメタ騒音をすべての時間、思いっきり鳴らして押しつけたということを認めない。そんなのは、親父とおなじで、最初からないことなのである。けど、体はそういうふう行動している。また、「やめろ」と言われたら、絶対の意地でやりきる。体は、すべての時間そういうふうに行動している。けど、意識的には、「そんなんじゃない」つもりのままなのである。ともかく、相手がとめるのを押し切って「やった」という気持ちがしょうじないのである。これは、気持ちと書いたけど、認知でも認識でもおなじだ。ほんとうは、全力でやりきっているのに、やったのに、やったということを認めない。それは、自分のことではないのである。自分がやったことじゃないのである。そういう態度がある。だから、そうしたということを「反省する」ということがない。そりゃ、やったことなら、反省できるけど、やってないことをどうやって反省するのか? 本人はやってないと思っているのとおなじ状態なんだぞ。「やめろ」と言われたらその途端にスイッチが入ってしまう。「こうしてくれ」と言われたらその途端にスイッチが入ってしまう。絶対の意地で、自分がやりたいことを押し通す。けど、同時に、いままで説明したようなしくみが成り立っていて、「やったつもり」がしょうじない。

だから?

やったことに関して、反省できないのである。そりゃ、意識的には自分がやったことじゃないわけだから、反省できるわけがない。(やったとしても)どうでもいいことなのである。こういうことをしたという、段になれば、今度は、こういうことをした」ということが、当時の焦点になっていることとおなじように認めたくないことになるのである。当時焦点になっていることというのは、親父のハンダゴテ事件に関しては、親父のハンダゴテが使えるかどうかということであり、兄貴のヘビメタ騒音事件に関しては、兄貴の騒音がうるさいかどうか(物理的にデカイ音で鳴らしているかどうか)なのである。認めたら、その行為ができなくなるのだから、認めない。……やりたいときはそうだ。やったあと、都合が悪くなったら、やったと認めることができないのである。原理的にできない。どうしてなら、今度は「やった」と認めることが焦点になるからだ。ここでも、負けられないのである。気違い的な意地で認めないで、認めない勝ちをする。そりゃ、本人のなかではそうなのだから、まったく反省しない。そういうことを常にやったとしてもやったことになってないのだから、反省をするわけがない。反省してたら、押し切ることがで聞くなってしまうだろ。兄貴だったら、デカイ音で鳴らすことができなくなってしまうだろ。だから、デカイ音で鳴らしたということを認めずに発狂しておしまいなのである。その都度そうなのだから、何万回でも、何十万回でもそうなる。たまたま、不機嫌だから、相手を無視して鳴らした(鳴らしたという意識がある)という状態ではないからね。こういうことを、一緒にするな。
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2019年7月16日火曜日

俺がどういう気持ちで横になっていると思っているんだよ?


喉のイガイガがとれるまで、掃除はしない。
しかし、本当につかれたなぁ。
寝たけどつかれた。

俺がどういう気持ちで横になっていると思っているんだよ?
気違い兄貴!

   *   *   *

つかれた。
本当につかれた。全部つかれた。
ヘビメタ騒音が鳴っている時間だ。
ほんとうにめまいがするほどうるさかったな。あの音のなかで、怒っていた。怒りのピークが音によって持続させられる。あんな状態で起きていたら、そりゃ、眠れなくなる。

睡眠回路も精神回路もあの音六時間四五分で崩壊する。次の日学校に行かなければならない。ヘビメタ騒音の六時間四五分がなければ、「なんでもない」ことが、「しにたくなるほど」いやなことになる。死にたくなる。自殺したくなる。猛烈に腹がったじょうたいで、死にたくなる。

これ、ほんとうに、ぼくは、ヘビメタ騒音のなかで地獄のくるしみを経験した。これ、ほんとうに「かんたんなもんだい」じゃない。「どれだけ鳴っているたってたいことじゃないんだろ」なんてことじゃない。これ、そういうことを言ったやつはデコパッチンbをやってやりたくなる。まあ、そういうことを言ったやつにデコパッチンbをやりたくなるのも、ヘビメタが実際に鳴っていたからなんだぞ。

もし、気違い兄貴が普通に静かにしてくれたら、俺とその人のあいだで、そういう会話が為されることがない。ヘビメタ騒音に関しては、ほんとうに、うちの事情を知らない人は、とてつもなく間違った前提に立って間違ったことを言う。その間違った前提に立って放った、発言が、俺をいらだたせる。失望させる。「伝わらなかった」と思う。

気違い兄貴が、気違い親父のように自動的にやることで、「事情を知らないヨソの人」と俺とのあいだにふっかいふっかい「みぞ」ができあがるのだ。何度も言うけど、それは、親父のハンダゴテ事件とおなじだ。

ハンダゴテ事件に関しては、兄貴にわかるように、兄貴と親父のあいだに起こったことを書いたわけだけど、気違い兄貴に、ハンダゴテ事件のことを説明して、兄貴がやったことは親父がやったことと同じだということを説明しても、ぜんぜんわからないんだよ。

自分が親父にやられて腹がった……というパートはわかるけど、自分(兄貴)が親父とおなじだなんて、認めることができない。

兄貴は、親父に関してはわかるけど、自分に関してはわからない。完全におなじことをしている。ヨソの人はハンダゴテ事件の時も、「常識フレーム」にしたがって、ハンダゴテ事件の真相を「よみちがえた」。真実を真実として認めずに、へんな仮説を立てて納得した。へんな仮説と言ったけど、「常識フレーム」にしたがえば納得できる仮説だ。
ハンダゴテ事件の時、親父がいろいろな根本的なことを認めずに怒り狂ったのだけど、それが「ヨソの人」には根本的にわからない。「そんなひとがいるわけがない」「きっと(兄貴の)説明のしかたが悪かったら(お父さんが)誤解したのだろう」と勝手に思ってしまう。

親父が認めなかったことは最低でもふたつある。ひとつは、親父が持ってきたハンダゴテが授業では使えないハンダゴテだということだ。もうひとつは、それを(兄貴が)持って行って、(兄貴が)恥をかいたということだ。恥をかいた……こまらせたということを認めない。これ、親父が金を出したくない以上、永遠に「使えるハンダゴテ」なんだよ。

現実無視だから。で、もうひとつ認めないことがあった。それは、「自分が押しつけて持って行かせた」ということだ。怒り狂って「つかえるつかえる」と言うだけで、使えないと言うことを認めない。(二回目もそうだった)。あれだけ強引に押しつけておいて「おつけた」という気持ちもまったくないんだよね。

だから、「使えないハンダゴテを押しつけた」と言われると「そんなんじゃない」「おしつけてない!!おしつけてない」と絶叫する。もちろん、本人は、怒り狂って否定するわけで、嘘を言っているつもりがないのである。そのときしのげれば、どれだけ嘘を言ってもかまわない……というのがデフォルトだ。

もっとも、親父は、嘘を言っているつもりがないので、それがデフォルトだとも感じてないのだろう。けど、態度全体としてはそうなる。この「たいどぜんたいとしてはそうなる」というのが、これまた、他の人にはわからないことなんだよな。あれを見た人しかわからない。嘘を言って、「相手を黙らせたら」……そりゃ、相手は「やったやつ」にたいしてうらみを持つということになる。そりゃ、うらみの感情がどうしてもうまれる。だから、怒鳴って怒鳴って、嘘を言って、その場をしのぐという気違い親父の方法は、相手に(必然的に)うらみを買う方法なのだ。

けど、そういうことについて親父は考えない。一切合切考えない。そりゃ、「やってない」つもりのままなのだから、考えられるわけがない。兄貴も、全部おなじだ。しくみがほんとうに親父とおなじなんだよ。ハンダゴテかヘビメタ騒音かの違いしかない。やっていることがおなじ。自分がやっていることで相手がこまっているということは、絶対の意地で認めないのである。認めないだけではなくて、本人が感情的に爆発している。怒りたいのはこっちだ。自分がやっていることを「やめろ」と言われたら、気違い親父のように怒り狂って、しがみついてやり続ける。

で、怒って、その場をやりすごすことができれば、あとはまったく関係がないのである。そもそも、怒ってやり続けたということ自体が「わかってない」。これも、嘘でなく本人は「やってないつもり」になることだ。その場がすぎたら、もう関係がなくて、やってないことになってしまうのである。不都合なことを言われたら、怒り狂って否定して、それでおしまい。

   *   *   *

ともかく、つかれた。俺はつかれた。
いま、午後一一時〇三分。気違い兄貴のヘビメタがまだ鳴っている時間だ。さっき(書き始めたときから)から、ずっと鳴っているわけだからな。一〇時台の音は、たしょう、さげた。たぶん、離れている隣のうちに対する配慮だろう。至近距離で聞かされている俺には対して違いがない音で鳴らされてた。だいたい、気分がのっていれば、一〇時台も音をさげない。たとえ、午後一一時一一分に鳴りやんだとしても、俺は午後一一時一二分もつらい。「やっと鳴りやんだ」と思うけど、めちゃくちゃな気分だ。もし鳴ってなければ八時台にできていた宿題ができてない……。騒音、あびて、つかれはてて、だるい……状態になっている。それから八時台にはできていたはずの宿題をやるときの、だるさと言ったらない。ともかく、くるしい。ヘビメタ騒音がけなければ……その日六時間四五分、あびていなければ、ぜんぜん違うからだの状態なんだよ。ぜんぜん違う気分なんだよ。やってられない。あんなのが毎日続いて、良いわけがないだろ。学生時代、全部、毎日、日曜日も含めてそんなことをやられて良いわけがないだろ。気違い兄貴に言っておく……。気違い兄貴は、親父とおなじだから、自分がやったことがわかってないだけ。自分(兄貴)は親父にやられて怒ってたのに、自分が弟に対しておなじことをしているということに関しては、親父のように!気がつかないわけだからな。「やってないやってない」ってなる。

おれはもう、つかれた。学生時代、全部毎日、とられていいわけがない。気違い兄貴は、自分の音にこだわって、自分が鳴らせる時間はすべて鳴らした。自分が思ったとおりの音で鳴らした。満足できる音で鳴らした。自分が満足できないほど、音をさげてやるということがなかった。逆算すればわかる。自分が満足できない音でヘビメタを鳴らしてたときがあるか? おなじことだけど、ヘッドホンをつけてヘビメタを鳴らしてたときがあるか? 一日中、絶対にヘッドホンをつけないで鳴らしてた。一日中、絶対に自分が満足できる音で鳴らしてた。だから、鳴らしてた。これが、気違い兄貴は、気違い親父とおなじだから、デカイ音で鳴らしてたということを認めるがいやなときは、「鳴らしてない
鳴らしてない」「そんなんじゃないそんなんじゃない」と怒って言う。で、怒って言ったら、本人のなかでは終わっているんだよ。まったく親父とおなじ。全部おなじ。そういうやり方で、実はやってきたんだよ。気違い的な意地でやってきたやつに、「そういうやり方で、実はやってきたんだよ」と説明しなきゃいけないわけだからな。こんなの普通の意識を持っている人間だったら、絶対にあり得ないことだ。だって、普通は、自分が起きているとき、絶対の意地でやったことは「やったこと」として認識しているからな。これ、そういう根本的なところで、気違い的な意味で、自分勝手になっているんだよ。現実を全部無視して、自分の気持ちだけになっている。

兄貴におなじことをやられれば、やはり、俺のように……あるいは、俺以上に兄貴をうらんでいるよ


++++++
つまんない。実は、今日は「外壁」の工事をしてくれる人がくるはずだったんだけど、こなかった。一五日か一六日というアバウトな決め方をしたので、まあ、それもしかたがないか。今日は海の日だったみたいなのだけど、ぜんぜん気がつかなかった。お金を下ろしに銀行に行ったら、銀行が通常営業をしてなかった。ATMで自分の金を引き出すのに一〇八円かかったので、一〇八円無駄にしてしまった。これは、デカイ。絶対にそういうのはいやなのに……。一〇八円もあれば、業務用ストアで野菜五〇〇グラムを買えるんだぞ。ラス・コーラを二本買っておつりをもらえるんだぞ。まったく無駄な一〇八円。これは、デカイ。だから、日曜日にはいなかったのに、月曜日が休日だったとは知らなかった。ぬかった。
まあ、工事の人は、今日は部品をつくるようなことを言っていた。このあいだ寸法を測ったので、その寸法にあわせて板を切ったりしていたみたいだ。明日、組み立てにくる(はずだ)。にしても、いま、雨が降っているんだけどなぁ。なるべく晴れた日にやって欲しいんだよな。内側に湿気がこもるとこまるから。
あとは、コンビニで素麺を買ったよ。この弁当素麺がうまい。うまさの秘訣はわずかに入ってるミョウガだと思う。

にしても、俺はどうなってしまうのだろうか?

俺はどうなってしまうんだ? 他の人にはヘビメタの打撃がわからない。俺が、どれだけ足を引っぱられたのかわからない。ヘビメタのハンディがどれだけデカイかわからない。
↑だいたいこういうことを書いただけで、アクセスが減るということ自体が問題だ。 これもおかしいことだ。おかしい。気違い兄貴がこだわらずにヘッドホンをしてくれたら、俺はこんなことを書いてない。やられた量が大きいから、壊滅的なハンディが生じたと正直に書いているだけなのに、まるで俺が悪いことをしているように感じるやつがいるんだよな。あるいは、こわい性格だと思うやつがいるんだよな。これは、おかしい。そいつは、もし、兄貴におなじことをやられれば、やはり、俺のように……あるいは、俺以上に兄貴をうらんでいるよ。それは、やはり、他人だから、毎日のハンディがわからないだけなのだ。毎日のハンディが、わかい時期、何千日も積み重なったら、人生全体にどれだけの影響を与えるか、わかってないだけなのだ。


つまんない。実は、今日は「外壁」の工事をしてくれる人がくるはずだったんだけど、こなかった。一五日か一六日というアバウトな決め方をしたので、まあ、それもしかたがないか。今日は海の日だったみたいなのだけど、ぜんぜん気がつかなかった。お金を下ろしに銀行に行ったら、銀行が通常営業をしてなかった。ATMで自分の金を引き出すのに一〇八円かかったので、一〇八円無駄にしてしまった。これは、デカイ。絶対にそういうのはいやなのに……。一〇八円もあれば、業務用ストアで冷凍野菜五〇〇グラムを買えるんだぞ。ラスコーらを二本買っておつりをもらえるんだぞ。まったく無駄な一〇八円。これは、デカイ。だから、日曜日にはいなかったのに、月曜日が休日だったとは知らなかった。ぬかった。

まあ、工事の人は、今日は部品をつくるようなことを言っていた。このあいだ寸法を測ったので、その寸法にあわせて板を切ったりしていたみたいだ。明日、組み立てにくる(はずだ)。にしても、いま、雨が降っているんだけどなぁ。なるべく晴れた日にやって欲しいんだよな。内側に湿気がこもるとこまるから。

あとは、コンビニで素麺を買ったよ。この弁当素麺がうまい。うまさの秘訣はわずかに入ってるミョウガだと思う。



にしても、俺はどうなってしまうのだろうか?



俺はどうなってしまうんだ? 他の人にはヘビメタの打撃がわからない。俺が、どれだけ足を引っぱられたのかわからない。ヘビメタのハンディがどれだけデカイかわからない。

↑だいたいこういうことを書いただけで、アクセスが減るということ自体が問題だ。 これもおかしいことだ。おかしい。気違い兄貴がこだわらずにヘッドホンをしてくれたら、俺はこんなことを書いてない。やられた量が大きいから、壊滅的なハンディが生じたと正直に書いているだけなのに、まるで俺が悪いことをしているように感じるやつがいるんだよな。あるいは、こわい性格だと思うやつがいるんだよな。これは、おかしい。そいつは、もし、兄貴におなじことをやられれば、やはり、俺のように……あるいは、俺以上に兄貴をうらんでいるよ。それは、やはり、他人だから、毎日のハンディがわからないだけなのだ。毎日のハンディが、わかい時期、何千日も積み重なったら、人生全体にどれだけの影響を与えるか、わかってないだけなのだ。他人が俺の話を聞いて感じるヘビメタ騒音のハンディと俺が感じているヘビメタ騒音のハンディは違う。大きさが違いすぎる。量が違いすぎる。だれも実際に、ヘビメタ騒音を一二時間鳴らされたあとの時間を経験してない。次の日の朝のしんどさを経験してない。俺は、けなげにもがんばって学校に通っていたんだ。これがわかってない。愚痴言わず、学校に「なるべく」遅刻しないように通っていた。これが、どれだけの努力の上に成り立っている行為か、だれも知らない。やられたことがないからな。俺以外の他人はやられたことがないからな。気違い兄貴による気違いヘビメタ騒音を聞かされなかったからな。

「だから、ヘビメタ騒音でできないと言っているだろ」
「だから、どれだけ兄貴に言ってもやめてくれないと言っているだろ」
つーじないんだよな。

   *   *   *
あいつは親父とおなじで気違いだから「まったくかんけいがないつもり」でいるんだよ。あいつは気違い親父とおなじだから「まったくやらなかった」つもりでいる。ヘビメタをこだわってこだわって、気違い的にデカイ音で鳴らしたときの態度とヘビメタを鳴らさなかったときの態度が、おなじ。鳴らしたって鳴らしてないのとおなじ認知が成り立ってしまうのである。だから「迷惑をかけたつもり」なんていうのはないんだよ。自分がやることとヘビメタがまったく無関係だと思っている。ヘビメタをゆずらずにガンガンデカイ音で鳴らしたことと、ヘビメタをゆずらずにガンガンデカイ音で鳴らしたから弟がこまっているということが、どれだけ言われても、結びつかない。それぞれ別のことなのである。で、不都合なことは認めないので「やってない」と思っている状態になる。親父とおなじなんだよな。親父がどれだけ、言われても、兄貴が(自分)が押しつけたハンダゴテで困っているということがわからないのとおなじなんだよ。どれだけ言われても、認めずに「おしつける」のに、「おしつけた」つもりがない。こういうことがずっと成り立っているだよな。毎日毎日、何十年も何十年もずっと成り立っている。だから、毎日、気違い的な意地でやったことは、まったくやってないこととおなじなんだよ。で、それに関しては、これまた、意地になって、認識しないというようなところがある。「しらぬぞんぜぬ」だ。ともかく、その場を押し切ってしまえば、それでいいのである。「関係がない人」になれる。絶対の意地で押し切ってやったことは、絶対の意地で「やった」と認めないのである。で、「認めなかった」ということも認めないのである。だから、エンドレスだ。永遠に認識しない。把握しない。そういう日常なんだぞ。そういう頭の構造で、のりきっている日常なんだぞ。こんなの、気違いが気違いのなかでは迷惑行為ではない迷惑行為をやりたいと思ったら、そのままやり通してしまうではないか。しかも、「やったつもり」がしょうじない。これ、やめさせるとなったら、殺すしかないんだよ。ほんとうに……。兄貴も親父もおなじ。ヨソの人は、それがまったくわからない。「はなしあえばいい」なんて、言いやがる。これが、どれだけうちの実情を無視したことが、わかってない。兄貴の頭の構造や親父の頭の構造を無視したことかわかってない。で、それについて説明すると、常識的な人は「そんなへんなことはない」「そんなへんなひとはいない」と、俺の説明を受け入れないのである。そうやって、積極的な気違いが、やられている家族を追い込む。やられている家族が、悪く言われて、やっているやつは、(本人がやっていると知らないまま)やり続ける。言われたら発狂して、はね飛ばせば、その瞬間に忘れることができる。「やめろ」と言われたということを、忘れることができる。

2019年7月14日日曜日

やっぱり、ヘビメタでつらい。どうしょうもなく、つらい。

やっぱり、ヘビメタでつらい。どうしょうもなく、つらい。

   *   *   *

俺のこころの中というのが、ヘビメタ騒音にやられたときのままなんだよな。陸続き、地続きで、くるしい。あれから、時間がたってない。実際には三〇年も四〇年もたっているのに、昨日、今日、やられた感じがする。どうしても、気違い兄貴は、やめなかった。自分の意地を通して鳴らした。で、鳴らしたんだけど、気違い的な意地で「鳴らした」と言うことを認めない。これは、気違い親父とおなじやり方だ。気違い的にこだわって鳴らして、気違い的にこだわって否定する。ほんとうに、否定したら、その時点で関係がないひとになってしまうから、関係がない人のままずっと、自分が好きな音でやり続けることができる。ほんとう、俺が大人だったら、すぐに引っ越したのに……。あんなに続くなんてことはない。騒音というと、みんな、カラオケ程度の騒音だと思うかもしれないけどそうじゃない。自分のうちがカラオケ屋で、上の階でカラオケの音を聞いているという状態じゃない。そういう騒音じゃない。だれもわかってくれない。どんだけデカイ音で鳴らしていたか、わかってない。たまたま、目の前がデカイ幼稚園だったから鳴らせただけだ。あのときの音で、気違い兄貴が、鳴らせるわけじゃないのである。気違い兄貴がいま住んでいるところでは、かつて俺の横で鳴らした音では一分だって鳴らせない。そういうデカイ音だ。これが、他の人にはわからないのである。「ヘビメタ騒音」なんてたいした問題じゃないように思える。しかし、実際におなじ音のデカさで、おなじ時間の長さ鳴らされれば……鳴らされて生活してみればわかるよ。いや、一日だけでわかる。どんだけこたえるか。こんな不公平な話しはない。おかしい。どうして俺だけヘビメタ騒音のハンディがあるんだ。気違い家族のハンディがあるんだ。おかしい。公平な競争じゃない。不公平な競争だ。ゆるせない。

2019年7月13日土曜日

あの中で、「できるできる」と思ってやってたって、埒があかないよ



やっぱり、ヘビメタで人生がない。これ、ヘビメタにやられた状態というのが他の人にはわからないのである。だから、間違った前提で間違ったことを言う。ほんとうに生きにくい。生きにくい。
ヘビメタ騒音でほんとうにくるしい。気違い兄貴がちょっとそのときになってヘッドホンをつけてくれたらそれですんだことなんだぞ。こんなの、ない。気違いヘビメタにやられてない人は、ヘビメタ騒音がたいした問題だとは思わない。だから、溝ができる。俺と一般の人とのあいだにものすごい溝ができる。これ、ほんとうに、「なめられる」。軽蔑される。バカにされる。そういうふうになっている。気違いヘビメタでできない、と言っているのに……。ヘビメタ騒音にさらされてないひとが「ヘビメタなんてどれだけ鳴ってたって、できる」と言いやがる。ほんとうに頭にくる。一日や二日の問題じゃないんだぞ。三〇〇〇日、四〇〇〇日、五〇〇〇日の問題なんだぞ。一〇〇〇日ですら……一〇〇〇日つもったときの、体の動かなさといったらない。あれ、ほんとうに、あたりまえのように毎日やりやがって。学校から帰ってきたら、気違いヘビメタが鳴っているというのが毎日続いた。日曜祭日は、朝からだ。朝から鳴ってた。絶対にやめてくれない。ほんとうに勉強したいときがあった。勉強したとき、あの音が鳴っているとほんとうにできないのである。これ、あの中で、「できるできる」と思ってやってたって、埒があかないよ。で、そうやって効率が非常に悪い状態でやっていても、なんて言うのかな? 異常につかれるだけなのである。勉強をしなくても、あの中にいたら、異常につかれる。どっちにしたってつかれるわけだけど、このやるせない状態はない。気違い兄貴のヘビメタ騒音を経験したことがない人に、わかったようなことをいわれる「立場」に追い込まれる。おはれ、それが一番いやだった。生きていて一番いやだった。こんなの、「●んでやる」というような気持ちになるようなことなのである。鳴りやまないのであれば、●んでやる……こういう気持ちになる。ずっとそういう気持ちで暮らしてきた。「のぞみ」があったから、……「のぞみ」にしがみついただけだけど、それが、けっきょく、さらにまずい状態を作り出した。気違いヘビメタが鳴っているかぎり、だめだった。それは、わかっていた。けど、そこで、死ぬわけにはいかないから、ぎりぎりのところで、できることをしてがんばったのだけど、それは、死にいたる道なのである。敗者になる道なのである。
俺はこれでも、オブラートに包んで言っているんだぞ。

2019年7月11日木曜日

やられすぎたので、「わらう能力」をなくした

兄貴の態度は、気違い的な態度だけど、気違い的な態度でズッとやられていると、ほんとうに「普通のことでわらえなくなる」のである。これだって、人間関係に影響を与える。だれかがおもしろいことを言った場合、素直にわらえるというのは、強烈に大切な「能力」のようなものなのである。気分がのっているとか、気分がのってないという言い方があるけど、気違い的な性格の家族にずっと、毎日、やられていると、この大切な能力をなくしてしまう。そういうことだって、普通の人間関係に影響を与える。
ヘビメタ騒音といった場合、「騒音」なのだから、うるさいだけなのだろうと思うかもしれないけど、ほんとうに広範な「障害」なのである。だれもわかってくれない。実際、毎日、あれだけ長い時間、あれだけ長い期間にわたって、ヘビメタを鳴らし続けた家族がいない人には、わからない話だと思う。あの態度で、騒音を鳴らされたことがない人にはわからない。気違い的な家族にあれだけの音で騒音攻撃をされた人間なんて俺しかいない。地球上に俺だけだ。理解されない。
他の人は、ヘビメタ騒音が軽い問題だと思っている。なんてたって「それはお兄さんと相談すればいい」だからな。これ……。これ……。気違い的な家族にやられている人にこういうことを言うということが、どういうことだかわかってない。常識的な人はわかってない。これで、俺が常識的な人に向かって、気違い兄貴がどういうふうに気違いかということを説明しても、その人は、根本のところでそれを否定する。受け入れない。これがどういうことかわかるか?

感覚がズレている気違い家族にやられるということは、ものすごいことなんだぞ。話しなんて一切合切つたわらないからな。そして、やられているほうは、ほんとうに、人権を無視されて、やられ続ける。殺さなければひっくり返すことができない状態を押しつけられる。「殺さなければひっくり返すことができない状態」で我慢して暮らすことは、ものすごく負担があることなのである。気違い的な家族がいない人は、それがまったくわからない。普通の人同士の「もめごと」だと思っている。健常者同士の「問題」だと思っている。普通の行き違いだと思っている。けど、攻撃側が、感覚のズレた人である場合は、話がちがってくる。「感覚のズレた人」と書いたけど、気違いだということだ。ほんとうに、まったくなにも感じないんだからな。そして、自分が血相を変えて、頑固にやったことを無視する。「やってない」なんて言い出す。ほんとうに頭にくる。

2019年7月10日水曜日

基盤がこげたようなにおいを吸ってしまった


行ってきた。寿司はうまかった。
しかし、しかし……。親父のために神社に寄ろうとしたら、さいごのところで、ものすごくくさいトラックに遭遇してしまった。このくささというのは、基板がこげるにおいだ。あの手の化学系のにおいってあるんだよな。今回のは強烈だったな。においの分子が肺に入って大丈夫なのかな? シリンダー?が摩擦ですり減るときのにおいだとすると、シリンダー?が摩擦で削れた粒子が空気中に放出されたことになる。そんなの吸って大丈夫なのか? ともかく、何かしらいやなことがあるんだよな。「神社に寄ろう」なんて思わなければ良かった。そのまま、100円ショップに入っていれば良かったんだ。

俺は、こんなみじめな思いをしたまま死にたくない。
いくつかの夢が叶って……。俺がヘビメタ騒音以降どれだけさみしい思いをして生きてきたと思っているんだよ?

今回は俺が自発的に親父のことでもいのっておこうと思って、神社に寄ったわけだけど、親父にかかわることで、いい思いをしたことがないな。かならず、なんかいやな目に遭うんだよな。
今回のにおいはかなり濃かった。あれ、相当にいやなにおい。においというか、ほんとうにガス。

通勤ができなくなったのは、ヘビメタ騒音が鳴っていたにもかかわらず、通学したから

あのときも、このときも、さみしかったなぁ。

ヘビメタ騒音でさみしかった。

ヘビメタ騒音で人からバカにされ、誤解され……。ひとりでいた方が気が楽になった。ヘビメタ騒音で社会のレールから大きくはずれた。俺は別に社会のレールから、はずれようと思ってはずれたわけじゃないのである。通勤通学という、基本的なところでやられた。通勤通学がどうしても、どれだけがんばってもできなくなった。できない状態になった。それは、気違いヘビメタ騒音が毎日鳴っているという生活が、七年以上続いた結果なのである。これ、ほんとうに、「ヘビメタ騒音が鳴っていても、学校に通えたなら、通勤もできるだろう」と考えてしまうやつがいる。こういうやつが、普通に、悪意なく誤解する。こういうやつは、たとえ、七年間毎日でも、ヘビメタ騒音を経験してない。ヘビメタ騒音生活がどれだけ苦しいものかわかってない。通勤ができなくなったのは、ヘビメタ騒音が鳴っていたにもかかわらず、通学したからなのである。こういうことがわかってない。ばーーか。

2019年7月9日火曜日

「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人たち 問題は家事労働の有無ではない


今世はもうダメ……。ヘビメタ騒音でくるしすぎる。気違い親父、気違い兄貴のハンディで苦しすぎる。ほんとうに気違い兄貴、あれでまったくやったつもりがないんだからな。どれだけこだわりつくしてならしたか。どれだけ長い時間実際に鳴らしていたか? こまるに決まっているだろ。気違い兄貴が鳴らしていた音で、親父が演歌を鳴らしていたら、気違い兄貴は、どう思うんだよ。「うるさい!!!うるさい!!!うるさい!!!うるさい!!!」と思うだろ。自分のヘビメタだからいいんだよな。気違い親父とおなじように、まったく関係がない人のつもりでいられる。この気違い的な意地と、まったく関係がないつもりというのが、つりあっている。これ、ほんとうに、両方とも、普通の人間では考えられないほどに、強い。強烈に意地を張ってやって、強烈にやってないと思っている状態なのである。こんなのない。たしかに、普通はない。けど、うちではある。気違い兄貴がまさしくこんな状態だった。気違い親父がまさしくこんな状態だった。



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三〇年ぐらい前から、お母さんの食事を作っていたのは俺だった。どのくらいの期間、つくってたんだろな? 二五年ぐらいかな。二六年か? 二七年? ともかく、そのくらい長く、毎日、お母さんのご飯をつくっていた。俺は、ヘビメタ騒音で「ひきこもり」「通勤・通学不可能状態」になったわけで、介護離職じゃない。

だから、三五歳の時、特に母親の食事を作っているということは言わなかったけど、三五歳の時も、家事労働をしていた。(読書会のときは、家事労働をしているということは言わなかった。けど、他の付き合いでは、家事労働をしていると言っていた)。

しかし、やはり、男の場合は、家事労働をしていても、無職であるということを責められる存在だ。外で働いて、介護要員を雇えば良いじゃないかという話になる。ちゃんと働いた方がお母さんだって安心するだろ……というような話になる。

ヘビメタを一四年以上、毎日浴びせられることがなかった人たちが、俺のからだの状態を知らずにそういうふうに言う。こんな屈辱あるか? 「ヘビメタ騒音で通勤・通学ができなくなった」と言っているだろ。ヘビメタ騒音のデカさについて言及しただろ。

こいつら、ほんとうに、たまたま、ヘビメタ騒音という毒を盛られずに生きているから、ヘビメタ騒音という毒が毎日毎日積み重なったときの影響がわからない。体に与える影響がわからない。生活に与える影響がわからない。人生に与える影響がわからない。

ヘビメタ騒音にやられると、こういうことになってしまう。気違いヘビメタにこだわってこだわって、鳴らしたやつは、さして悪く言われず、ヘビメタ騒音にやられて働けなくなった俺が悪く言われる。



「主婦は家事労働をしているので、無職でも無職ではない」……というようなことを言う人たちがいる。あるいは、「主婦は家事労働をしているので、無職でも別に問題がない」と言う人たちがいる。しかし、それは、間違っている。たとえ家事労働をしていても、三五歳の男は、悪く言われる。「働け」と言われる。無職でも別に問題がない……とは言われない。こういう「現象」にとてつもなく、無頓着なんだからな。



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「家事労働をしている」と言うことは、いやだった。それだとまるで、お母さんが俺を家に縛り付けているような印象を与えてしまう。俺は、ヘビメタ騒音にやられて、うちにいた。お母さんのご飯は、俺がつくってやらなければならないと思ったから、つくっていただけだ。親父がつくっためしなんて食べられるわけがない。食事サービスにしても、かならずしも、お母さんの嗜好にあうものではなく、また、値段もそれなりに高かった。だいたい、届けられる食事を受け取るのは俺になる。それは、つくるのよりも、ある意味、めんどうなのである。どうしてかというと、睡眠時間がどーーしても、どーーーしても、ズレてしまうからだ。一定の時間に起きることができないということの影響は、ほんとうはデカイ。みんな、気違い兄貴のヘビメタ騒音を経験してないから、一定の時間に起きられるだけだ。俺だってヘビメタ騒音が何年も毎日続く前は、一定の時間に起きられた。もちろん、眠たい朝だってある。つらい朝だってある。けど、それは、「ヘビメタ騒音の朝」とは違うのである。ヘビメタ騒音生活を一年以上経験したことがない人は、この違いが、体感的にわからない。だから、わからない状態で、あれやこれやと言う。「そんなの、過去のことなら関係がない」とか「朝起きれないなんて言うのは甘えだ(俺だってつらいけど起きている)」などと言う。これは、ヘビメタ騒音を経験してない人の言葉だ。ヘビメタ騒音を経験した俺とは、別の世界に済んでいるのである。別の世界の基準を持ち出すな。ヘビメタ騒音生活を一四年間続けてから、言ってくれ。どういうことになるかわかるから。一定の時間に起きることができなくなるから。そして、そういう経験がない人に、「甘えている」などと言われるようになるから。



まあ、ともかく、安くておいしい食事を作ってやれるのは俺だった。ヘビメタ騒音にやられて、睡眠時間がずれていたけど、おかずというのはつくっておけば、一日では、くさらない。俺が相当にだるい体を引きずって、なんとか、料理の腕を上げて、母親の嗜好にあう、うまいめしを食っていたのだ。母親にごはんをつくってあげたのは、母親がごはんをつくってくれてたからだ。恩がある。ぼくが母親にやってやれたことは、母親がぼくにしてくれたことにくらべたら、小さい。「お母さんのご飯はぼくがつくる」と決めて、毎日つくっていた。

 

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ちなみに、親父も俺がつくっていたおかずを食べていた。そりゃ、「おまえは、俺に悪さをしたので、食うな」とは言わない。親父はおまけだ。「おまえは俺がつくった料理を食べるな!!」と言って、いじめるつもりはなかった。そこで・もめるつもりはなかった。あくまでも、おまけだから。



しかし、親父が、居間で俺にしたことというのは、ひどいことばかりだな。あれを悪意なく、自動的に毎日やる。毎日毎回やる。居合わせれば、逆上して責めてくる。しかも、ほんとうにやりきったあとは、やったつもりがないのである。やっているさいちゅうだって、やっているつもりがあるかどうかわからない。それは、気違い兄貴のヘビメタとおなじだ。あんなの、ない。気違い的な意地でやったことを、気違い的な意地で否定する。頭がおかしい。



(注)当時、ご飯を炊いていたのは、親父だ。(なぜか、母親の介護にはわりと積極的だった。つみほろぼしか。まあ、俺の後ろ姿見てやる気になったのだろう。最後のほうは、親父と俺でお母さんの介護競争をしていたようなところもある。じゃあ、「そういうところもあるのだから……」と「かつてのこうい」をゆるしてやるつもりになるかというとそうではないのだ。)

(注)「お母さん」と「母親」で表記が違うけれども、同一人物のことを指している。表記の統一は、「いつもただしい」というわけではないのだ。こういうこともわかってない人がいる。使い分けが必要なときもある。論文ではないのだから、「表記が違うけれども、同一人物のことを指している」ということも書かなくても良いことだ。けど、書いておく。


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2019年7月8日月曜日

あー、ダイヤと写真屋に行ったことを思いだしたよ

あー、早めに寝たいなぁ。


俺はどうしたらいいんだ。
今日は、ちょっと掃除をした……それだけでいいや。
洗濯もした。

買い物は昨日行ったから、いい。
実は、自動販売機でジュースを二本買ってしまった。で、二本ともすぐに飲んでしまった。一本は歩きながら飲んだ。朝だから、誰もいないよ。まあ、人がいてもいいけど。外で飲むドクターペッパーが意外にうまい。歩きながら半分ぐらい飲んで、家に帰ってからもう半分を飲んだ。まじで、ジュースがうまい。これはおかしいな。

コーヒーの誘惑には、勝った!
コーヒーを買いたかったけど、ヨービックという乳酸菌系のジュースを買った。たまには、ヨーグルト系・乳酸菌系もいい。

今日の休みで、ちょっとは体力、回復したかな?
(あー、ダイヤと写真屋に行ったことを思いだしたよ)
(あの道を通ると思い出す)
ほんとう、若葉の頃。
どうしているかな? ダイヤ君。

ほんとう、生まれ変わったらヘビメタ騒音なしの、楽しい青春時代をすごすぞ。体験するぞ。
ヘビメタがどの場面でも、つらすぎる。ひどすぎる。あんなんで、しあわせになれるわけがないだろ。どれだけの飢餓状態が発生するか? 飢餓状態になるか? 希望? あるわけないよ。どれだけ探し求めても、気違いヘビメタにたたられているかぎり、希望が叶う可能性が〇・一%もない。


2019年7月7日日曜日

効率主義的な助言は、無意味。「すべては受けとめ方の問題だ」とは言えない

ほんとうに、水俣病でまっすぐ歩けなくなった人に対して、「まっすぐ歩ける歩ける」と言えば歩けるようになるとか、助言しているようなものだ。「俺だって、酔っぱらったとき、まっすぐ歩けなかった。

けど、次の朝、つらかったけど『まっすぐ歩ける』と言ったらまっすぐ歩けるようになった。気分の持ちようで違う」などと言っているようなものだ。
自分が酒を飲んで、酔っぱらってまっすぐ歩けなくなったのと、魚のなかに水銀が入っていたにもかかわらず、知らずに魚を摂取してしまって、まっすぐ歩けなくなったのは、違う。

けど、彼らは「おなじだ」と言う。

そして、自分はアファメーションしたから、できるようになったと言う。たしかに、気分だけで歩けなくなる人はいる。足は正常なのに、気分で歩けなくなる人がいる。なんかの事故に遭って、もう、足は治っているのだけど、立てない人はいる。そういう人には、アファメーションは有効なときがあるのだろう。あるいは、『思いこみだ』という仮説は正しい。

けど、水俣病で立てなくなった人は、水銀によって脳の神経がおかされているので、立てなくなったわけで、気分で立てないわけじゃない。思いこみで立てないわけじゃない。そういう人に『思いこみだ』と言うのは失礼だろ。

けど、ヘビメタ騒音病だと、他の人は、そういう失礼なことを平気で言う。

もちろん、水俣病だって、水銀によってそうなるということが、実験によって確かめられたから、そうなんだということになっているだけなんだよ。

理由がわからないときは、伝染病だと思われていた。そういう人がいっぱい現れたからね。で、ヘビメタ騒音は……気違い兄貴のヘビメタ騒音は、俺固有だ。

だから、他の人にはわからない。実際に俺の距離で聞いた人間は俺だけだからな。俺とおなじ時間の長さ、俺とおなじ期間の長さ、俺とおなじ音量で、聞かされた人間はこの世にいない。

だから、公害ではなくて、個人的な害になる。

そうなると、ヘビメタ騒音病というのは有機水銀でそうなっている……ということがわかってない場合の水俣病のようなものになる。激しい騒音の繰り返しで、こうなる……。人間なら、ほとんどの人がこうなる……こういうことが、実験で確かめられてないだけだ。わかってないだけなんだよ。

ヘビメタ騒音に対する耐性は人によって多少違うと思う。そりゃ、好きなやつだっているのだから。

けど、じゃあ、そのヘビメタが好きな人が嫌いな音があるとする。

その、ヘビメタが好きな人が嫌いな音を、ヘビメタ騒音とおなじ長さ、おなじ期間の長さ、おなじ音量で聞かされたら、やはり、その人は、俺とおなじようにおかしくなると思う。睡眠回路がぶっ壊れると思う。意欲などがなくなると思う。他の人にひどいことを言われて、傷つくと思う。音の種類に関しては、違いがある。『受けとめ方』に違いがある。

じゃ、その『受けとめ方』が絶対的なものかというと、違うと思う。その人にとって、苦手な音や、嫌いな音が違うだけで、苦手な音や嫌いな音を、一日に何時間も何時間も、大音量で聞かされ続けたら、やはり、俺と同じような体の変化を経験すると思う。

こういうことを無視して、『すべては受けとめ方の問題だ』……どれだけ、ヘビメタを聞かされても傷つかない人がいる……不愉快にならない人がいる……だから、『そういうふうに良く受けとめることができなかったやつの責任なんだ』というのは、間違っていると思う。人間は、自己暗示やアファメーションで、『受けとめ方を変えることができる』のにそういうことを、しなかったやつが、けっきょくは悪い……というような理論を展開するやつがいる。

これは、おかしい。こういうやつは、自分でいいことを言っているつもりになっているかもしれないけど、俺を侮辱している。侮辱なんだよ。

まあ、侮辱に関しても『受けとめ方の問題だ』と言うのだろうけど。もし、ほんとうに、そいつらが言っていることが正しいなら、『騒音』というような言葉がうまれなかったと思う。騒音というのは、自分にとって苦手な音で、自分が制御できない音なんだよ。

たしかに、人によって苦手な音は違う。しかし、ある程度デカイ音でガンガン鳴ってたら、やはり、『騒音だ』と感じることが多い。そして、それは、ある程度でかい音で鳴らしているやつが悪いのであって、聞かされているやつが悪いわけではない。ある程度デカイ音というのは、だいたい、八五デシベル以上の音だ。

すでに嫌いな人が、むりやり好きになろうとしてもむだだ。どうしてなら、すでに、『騒音だと感じているから』だ。『騒音』だと感じている以上は、苦手な音なんだよ。「うるさい」と思っているんだよ。『受けとめ方』の全体は、それまでのその人の経験や学習を通して形成される。

あるいは、もともと持って生まれた感覚器の感度や、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や体質で決まる。文脈がある。そして、体がある。

生物としての体がある。

効率主義的な考え方によって、文脈に関係なく、これらの傾向や体質を書きかえることができるかというとそうではないのだ。効率主義的な考え方というのは、『こう思う方が得だから、こう思おう』というような考え方が他の考え方を凌駕しているような考え方だ。

ようは、ほんとうはうるさく感じているのだけど、うるさく感じるのは非効率なので、うるさく感じないようにしようと思えばいいという考え方だ。意識的な意思によって、もともと持って生まれた感覚器の感度や、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や、その人のそれまでの経験や学習に基づいた感じ方を、好き勝手に書きかえることができると考えるような人たちが持っている考え方だ。

こういう人たちは意識的な意思によってすべてをねじ伏せることができると思っている。しかし、こういう人たちだって、本人が嫌いな音を八五デシベルで、一日に平均八時間、一四年間にわたって毎日聞かされ続ければ、俺と同じような症状が出ると思う。離脱できなかったのは、俺が一一歳の時、ヘビメタ騒音がはじまったからだ。俺は当時子供だった。勝手にひとりで引っ越すわけにはいかなかった。

人間の体、を無視してはいけない。生物としての体というのは、意識に重要な影響を与える。なにを騒音と感じるかは人によって違うけど、騒音によって発生する体の不調は、だいたいだれでもおなじだ。人類の場合、だいたいおなじような体の不調をうったえることになる。

この、効率主義的な考えを持っている人は、他人事なら、『感じ方の問題だ』と冷たくいうことができるけど、実際に自分の身に生じた問題である場合だと、『効率主義的な判断をして』それにしたがうということが、ない。

自分のことであるならば、やはり、『うるさい』とか『邪魔だ』と思って腹を立てるのである。腹を立てるのは不効率なことだと知っていても、腹が立つのである。

で、意思にしたがわせようとして、努力すると、さまざまな障害が(体に)あらわれるのである。ストレッサーにさらされ場合の体の反応は、だいたい人類で一致している。(なにがストレッサーになるかは、人によって違う)。

だいたい、効率主義的な考え方を持っている人は、もともと持って生まれた好き嫌いの傾向や、その人のそれまでの経験や学習に基づいた感じ方が、効率主義的な考え方に合致している人なのである。他の人はそうじゃない。文脈を無視するな。生物としての体を無視するな。他人にえらそうなことを言うな。自分のなかで、自分が効率的だと思うことをすればいいだろ。

2019年7月6日土曜日

自分の音にこだわらずに、ヘッドホンをして聞いてくれたらこんなことになってない

基本、ヘビメタ騒音でほんとうにダメなんだよ。気違い兄貴は、気違いだから、気違い的な感覚で自己正当化する。ほんとうは、気違い的にデカい音で鳴らしているのに、本人は、普通の音で鳴らしているつもりなのだ。で、この感覚器の違いが、あるいは、感覚器に近いところでの違いが、他の人にはわからない。

気違い兄貴に、おばあちゃんやおじいちゃんや、警察の圧力をかければ、静かにしてくれたのかというと、そうではないと思う。

気違い兄貴は、気違いなので、〇・一デシベルでもさげてやれば、『しずかにしてやった』と思うわけだ。これは、冗談とか悪意でやっているわけではなくて、ほんとうに『しずかにしてやった』と思うわけで、ほとんどまったくかわらない音で鳴らし続ける。

警官やおばあちゃん、おじいちゃんに、『毎日』うちにいてもらうことは無理だ。

で、気違い兄貴が、ほんとうに「いじわるで」ほとんど音をさげてないのに、音をさげたことにして鳴らしているというわけではないというのが、問題だ。本人は、いじわるをしているつもりがないのである。ほんとうに「さげてやった」つもりなのだ。これも、本来、自分の耳が悪くなるような大音響で鳴らしているのに、普通の音だと思っているところと似ている。

ほんとうに、自分の気持ちしかない。相手はどうなってもかまわないのだ。自分がデカイ音で鳴らしたいなら、どれだけデカイ音で鳴らしていても、フォークギターぐらいの普通の音で鳴らしていると……認知・認識してしまう。

こういうズレが、他の人にはわからない。気違い兄貴の認知・認識のズレや、ほんとうはいじわるをするつもりでなければできないようなことを、いじわるをするつもりがまったくないままやってしまうという性格の悪さが、他の人にはわからない。ただ単に、性格の悪さと書いたけど、これも、認知・認識のズレを基盤に成り立っている性格の悪さだ。


たぶんだけど、上記(右記)の性格の悪さと認知・認識のズレのデカさから言って、おばあちゃんやおじいちゃんや、警察の圧力をかけても、その人たちがいなくなれば、本来の認知・認識と本来の性格の悪さで、いつも通りのデカイ音で鳴らしたと思う。

気違い兄貴が、もう、最大限……ありえないほどゆずってやった音が、ものすごくデカイ大人のだから話にならない。気違い兄貴がゆずって、ゆずって、ゆずって、「もうこれでいいな」と思った音が、気違い的にデカイ音なのだ。

で、その場合、気違い的にデカイ音だということを認めない。

基本的に言って、気違い兄貴は、スピーカで鳴らすことは絶対にあきらめない。そして、ゆずってゆずってゆずってやるにしろ、自分が満足できる音で鳴らすということもあきらめないのである。

なので、けっきょく、スピーカーで、ものすごくデカイ音で鳴らすということになる。

気違い兄貴がゆずってゆずって、最大限、本人のなかではあり得ないほどゆずってやっても、ゆずってないときと音のデカさがほとんどまったくといっていいほど、かわらないというのが問題だ。

気違い兄貴が普段鳴らしている音と、気違い兄貴が「ありえないほど」ゆずってやったときの音のデカさが、ほとんどおなじ。聞き分けることができないほど、かわりばえががしないのである。

けど、気違い兄貴は、気違い感覚で、ほんとうに!!!!「ものすごく」「ありえないほど」ゆずってやったつもりになっている。ゆずってやったつもりで、気違い的にデカイ音で鳴らすのだ。

で、本人が一四時間鳴らせるなら、絶対の意地で一四時間鳴らして、その時間が一三時間になるということが、絶対にない。本人が一三時間鳴らせるなら、絶対の意地で一三時間鳴らして、その時間が一二時間になるということが、絶対にない。

本人が六時間鳴らせるなら、絶対の意地で六時間鳴らして、その時間が五時間五九分になる、絶対にない。だから、常に、フルの音か降るに近い音で鳴らしているということになる。

フルに近い音も、普通の感覚で言えば、ものすごくデカイ音なので、けっきょく、いつもものすごくデカイ音で鳴らしているということになる。気違い兄貴が、気違い兄貴のなかで、最大限ゆずってやっても、けっきょくは、線路の横よりもずっとデカイ音でヘビメタを鳴らすということになる。

で、それは、こっちが入学試験を受けに行く日でも、入学試験を受けに行く前日でも、かわりがない。入学試験から帰ってくれば、気違い兄貴がヘビメタを鳴らしていて、午後一一時一一分まで絶対にゆずらない。

ちゃんと静かにしてくれるというとがない。気違い兄貴が気違い的な意地で自分の音にこだわらずに、ヘッドホンをして聞いてくれたらこんなことになってない。

2019年7月5日金曜日

鳴っているときだけ、「うるさい」と思う騒音と、気違い兄貴のヘビメタ騒音を一緒にしないでくれ。



気違い兄貴と気違い親父にやられて、人生がない。
他の人は気違い兄貴と気違い親父の「あたまのくせ」を知らない。
認知のズレを知らない。世間の人は間違った前提で考えて俺を悪く言いやがる。常識で考えて、俺を悪く言う。「それ、違うのに」。ほんとうに違うのに。
ほんとうに気違い兄貴のヘビメタ騒音で俺は他のやつから見下されてきた。通常の生活を維持できたら、できたいろいろなことができなくなった。ヘビメタ騒音でできない履歴が積み上がった。他の人は、ヘビメタ騒音なんて見えない。どれだけ生活に影響があるかわからない。俺の状態、俺の能力にどれだけの影響を与えているかわからない。けっきょく、俺は、ヘビメタ騒音で足を引っぱられた状態で生きていくしかなかった。これが屈辱なのである。もちろん、他の人にとっては、それは、どうでもいいことだ。けど、俺にとっては、重要なことだ。
いま、となりの人がフルートを吹いているのだけど、そういう騒音じゃないからな。ヘビメタ騒音はそういう騒音じゃない。ほんとうに兄貴のヘビメタ騒音は俺の『すへての時間』を破壊した。ヘビメタ騒音が鳴ってなければ、簡単にできた基礎的なことができなくなる。できなくなった。それは、いろいろな活動の基本だ。いろいろな活動の基本がだめになったら、いろいろな活動もだめになる。たとえば、睡眠はいろいろな活動の基本だ。体力や精神力もそうだ。あれをやられて普通の状態を維持するということができない。常に、やられた睡眠力、やられた体力、やられた精神力で勝負しなければならない。これが地獄なのだ。鳴っているときだけ、「うるさい」と思う騒音と、気違い兄貴のヘビメタ騒音を一緒にしないでくれ。

   *   *   *


ものすごい音で鳴らしているわけだけど……気違い親父とおなじで、最初から、まったくゆずるつもりなんてないんだよ。これっぽっちも、ほんとうにゆずるということを考えない。ゆずるなら、自分が思いついた方法でゆずるだけなのである。「ゆずるだけ」と書いたけど、気違い兄貴が思いつく「静かにしてやる」「ゆずってやる」というのは、親父とおなじで、「相手にとってまったく意味がない」ことなのである。それをしたからといって、まったく意味がないのである。思いっきりなぐって、「いまは、ちょっと力をぬいた」と言っているようなもので、本人の気持ちだけなのである。客観的には、頑固にやっている状態が成り立ってしまう。ほんとうはまったくゆずってないのだけど、本人は、本人がやってやりたいことをやってやったら、それで「ゆずってやった ゆずってやった」「なんだ!なんだ!」と言う気持ちになってしまう。「それじゃゆずったことにならない」ということを言われたら、顔をまっかにして、発狂的な意地で、ガンガンやってしまうのだ。だからやっているのに、本人は、「まったくやってないつもり」でいられるのである。本人が発狂した時点で、関係が切れている。だから、ほんとうに「やったってやってなくたって」関係がないという気持ちで、やり続けてしまうのである。これが、親父とそっくりなんだよな。あんな、ムキダシの態度で、やり続けて、「やってない」と本気で思っている。相手が言っていることを無視して、やり続けたのに違いがないのである。そのまま、自分がやりたいことを、ゆずらずにやった。これは、どういうことかというと、……たとえば、ほんとうに「会話ぐらいの音」に音を落とすということは、絶対にしないのである。本人がやりたい気持ちの音というのがあって、その音にこだわりつくして、まったくゆずらないでやる。時間だって、一〇分間やったら、三〇分はゆずってやるなんてことはないのである。すべてのその調子で押し通してやりきる。だから、やっているのに、ずっとずっと、自分の気持ちのままやったのに、「自分がやったことじゃない」という気持ちと認知があるのである。だから、今度は「やった」と言われたら、これまた、親父のように怒り狂って、認めない。「やってない やってない」と本気で叫ぶ。その場合、ほんとうに(そのときは)やってないつもりなのである。発狂した途端に、関係がないひとになってしまう。だから、どれだけ言っても、通じない。思ったとおりの音で鳴らしたいときは、相手が「静かにしろ」と言ってきたということが不愉快なことなんだよ。だから、不愉快なことは絶対の意地で認めない。そして、鳴らし終わったあとは、「相手が言ったことを無視して鳴らし続けた」ということを「認めること」が不愉快なことなんだよ。だから、おなじ強度で、否定する。本人が否定したら現実は関係がないのである。だから、いつも「やってないつもり」でやりきる。頭がおかしい。


2019年7月4日木曜日

俺はずっと、ネズミ・ネズフンと格闘しているんだぞ


マスクをしてもむせる。

善玉ほこりが悪玉ほこりになってしまうのだ。

あとは、ネズミの糞からエアロゾルの形態で、菌が出ている。空中に浮遊するようになっているのだ。なので、ネズミの糞を片付けるのはけっこう勇気が必要なのだ。マスクは、よっぽどすごいマスクじゃないときかないと考えたほうがいい。



なかなかめんどうなんだよ。ネズフンの処理。

親父は、おれにこういうことをさせて、自分は病院で寝ているんだからな。

で、親父が棚を作るのが好きだから、いろいろなところに棚がある。で、その棚にのせたものの上に四〇年、五〇年、それ以上のほこりがかぶっている。ネズフンということを考えなかった場合でも、それらのほこりを掃除機で吸い取るのはいやなことだけど、……ネズフンが付け加わると、掃除機で吸い取るのは、たいへんやばいことなのだ。



親父が、魚の切り身でネズミを呼び込んで以来、俺はずっと、ネズミとネズフンと格闘しているんだぞ。親父は、気にしない。親父は、『ネズミなんて入ってきたらつかまえればいい』と思っている。ネズフンのことなんて一切合切考えないんだよ。俺がほんとうに、親父がやったことで、どんだけひどい目に遭っていると思っているんだ。頭がおかしいから、言うことを聞かない。俺が、『プロにたのんだほうがいい』と言ったのに『俺がつかまえるからいい』とか言って聞かなかった。



全部、反対なんだよね。全部、反対。全部、反対のことをする。

『ネズミの糞がついた食器はどうせ使えないのだから、捨てたほうがいい』と俺が言ったら、親父は『捨てるな』と言いやがった。すべてがそうなんだよ。これ、反対語を返すというところがある。客用の普段使わない食器なのだけど、そんなの、使うわけにいかないだろ……。ほんとうにそういうところで、常識がない。



親父の部屋の押し入れ部分と、親父の畳ベッドのあいだに、どれだけネズミの糞がつもっていたと思っているんだよ。それを片付けたのは俺なんだぞ。けど、そのときは、掃除機で吸い込んで、掃除機を捨てようと思っていた。けど、掃除機をそのまま捨てるとなると、清掃作業員の人がかわいそうだから、まず、本体を除菌して、厚めの袋に詰めてから捨てようと思っている。けど、袋に『殺菌はしたけど、掃除機のなかにネズミの糞が入っているから注意』というような但し書きをつけるのがいやなんだよ。狭い世間だからな。ネズミに侵入されたことは、あんまりお隣近所に知らせたくない。(人数が少ないので、もし、いつもの集積所に捨てるとなると、だれが捨てたかだいたいわかる)。



その掃除機には、ものすごい量のネズミの糞が入っている。で、それを捨てられない。親父の部屋に入ると、体中がかゆくなるからだ。親父の部屋に入るには、一度ダニバルサンをたいてからじゃないと無理だ。ちなみに、もと兄貴の部屋もそうなっている。五月の暑い日に、ネズミの糞掃除をしていて、体中がかゆくなった。特に、左右の腕のまわりと、股間付近と足首付近がやられた。親父の部屋でやられた日と兄貴の部屋でやられた日がある。



俺はそれから、自分の服を冷凍したり、五〇度ぐらいのお湯につけたりとたいへんな思いをしているのだ。これ、普通に洗濯しただけだと、ぼくの感じで言うと、やばい。普通に洗剤で洗濯しても、ダニが死なずに残っている場合がある。



食器棚の下にどれだけのネズフンが落ちていたか。冷蔵庫の下どれだけのネズフンが落ちていたか。冷蔵庫の下なんて、せいぜい五~七ミリぐらいしかあいてない感じがするけど、落ちてた。



で、





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サルモネラ症

38〜40度の発熱/急性胃腸炎/嘔吐/下痢/腹痛/全身のだるさ、など

ネズミは糞と一緒にサルモネラ菌を排出します。

4〜5日で回復。しかし、小さなお子さん、ご年配の方、免疫力の低い方は、症状が重くなることがあります。



レプトスピラ症

せき/鼻づまり/発熱/悪寒/頭痛/筋痛/腹痛/出血/黄疸、など

都会のドブネズミが多く持っていて、水から感染することも。

軽い場合は風邪のような症状ですが、重い場合は、出血や肝臓・腎臓の機能障害が起こります。

その他、おそろしいので書きません。



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http://pro.saraya.com/fukushi/column/dr-yokoyama/backnumber/044.html

レプトスピラ症(Leptospirosis)は、別名ワイル病や秋疫(あきやみ)、七日熱などと称され、レプトスピラ(Leptospira)によって引き起こされる動物由来の感染症です。レプトスピラは、スピロヘータ目レプトスピラ科に属するらせん状のグラム陰性細菌(Leptospira interrogansなど)です。この病原体(レプトスピラ)は、ネズミや犬を主な宿主として、前記動物の腎臓に保菌され、尿中に排出(排菌)されます。この尿に汚染された水(淡水など)や土壌、食品などを介して、人が経皮的(あるいは経口的)に感染します。



その発症症状ですが、皮膚や口から感染した後、数日間から2週間程度の潜伏期を経て、上記38~40℃の発熱や筋肉痛、頭痛、腹痛などの症状が出ます。風邪や感冒と思い込んで、医師による診断と治療が遅れると、症状が進行して、黄だんや出血、腎障害などの重い症状が出て、まれに生命を失うおそれがあります。

あーー。これが俺の世の中か。


ぜんぜん良くない。すっきりしない。もう、こりゃ、だめだ。ヘビメタ騒音以降、なにをやっても、気持ちが晴れることがない。人にたのんでやってもらったとしても、あんまりいいことが起きない。

もう、これは、だめだ。

だめなんだが、死にたくはない。
あーー。これが俺の世の中か。

2019年7月3日水曜日

線路のすぐ横の『安い宿屋』で勉強したことがあるけど、勉強が、できた

俺が小六の時、高一の気違い兄貴を殺さなかったから、俺の人生がない。小六の時、殺すことができたら、俺はもっとましな人生を歩めた。自分の才能を世の中にいかすことができた。それが、これだ。


普通の家なら、あんなのは、一日に一分だって鳴らせない音だ。そういう音のデカさだ。それが、気違い親父が作った家だから、気違い兄貴が意地を通して鳴らし続けた。普通の家なら、一日だって、一〇分間だって、鳴らしてはいけないようなデカイ音で、ずっと毎日、何時間も何時間も鳴らしていた。

一日に、あの音のデカさで、ヘビメタ騒音が七時間から一四時間鳴っているときのしんどさは他の人にはわからない。俺は、それで生活をしていた。生活をしていれば、学校に行く、職場に行った場合、時間の制限が出てくる。鳴っているときのしんどさは、他の人にはわからないけど、鳴っていないときのしんどさも他の人にはまったくわからないだろう。

鳴っている時間もしんどいけど、鳴り終わったあと眠れない時間もしんどいし、よく眠れないまま、次の日、活動している時間も、ごっつーーーーーー、苦しい。ものすごく、苦しい。鳴っている時間、じゃない時間が、しんどいなんてことは、ヘビメタ騒音生活を毎日毎日、何年間も何年間もおくった人じゃないとわからない。

全部が、ヘビメタ騒音でしんどくなる。一日二四時間、全部が、ヘビメタ騒音でくるしくてくるしくてしかたがない状態になる。他の人にはわからない。

他の人は、『カラオケ屋の子供だっている』『線路のすぐ横に建っている家だってある』というようなことをいう、気違い兄貴のヘビメタ騒音は、カラオケ屋の騒音や線路の騒音とはくらべものにならないから……。くらべものにならないのに、くらべる。

だいたい気違い兄貴は、自分の趣味でヘビメタを鳴らしているわけで、どうしても、業務上必要な行為をするために騒音が出てしまうというのとは違う。

「うち」のヘビメタ騒音は、カラオケ屋の騒音よりもデカイし、線路の横の騒音よりもデカイ。ぼくは知っている。そんなんじゃない。

で、ともかく、ヘビメタというのは、つまっているんだよ。音の密度が高い。カラオケ屋の普通の曲とは違う。線路だって、感覚があるだろ。どれだけ密度が高いダイヤを組んでいたって、感覚がある。

俺は、ほんとうに、線路のすぐ横の『安い宿屋』で勉強したことがあるけど、勉強が、できた。ヘビメタ騒音が鳴っていると、勉強がまったくできない。二時間ヘビメタが鳴っていたら、二時間、どうやっても、どれだけ勉強をしたくても、勉強ができない。

そして、二時間分、つかれる。ヘビメタでへんなふうにつかれる。それが、一日に七時間、一四時間、続いたらどうなる? つぶれる。

理想論はとかくとしてつぶれる。

実際にあの音のデカさの、ヘビメタ騒音にさらされていない人が、『理想論』で考えることと、『現実』は違う。そのヘビメタ騒音にさらされてない人だって、実際に俺とおなじようにヘビメタ騒音にさらされて、一ヶ月(当時の俺の部屋で生活すれば)……どういうことだかわかるよ


『理想論』のなかでは、勉強する時間があるはずだということになる。どれだけ鳴っているといったって、耳栓をしたり、いろいろな工夫をすれば、勉強はできる……と思っているんだよ。

それがちがうということがわかる。

それは、特にヘビメタに拒否反応がある人ではなくても、そうなる。あの音の密度と「けばけばしさ」を、至近距離で、大音響で経験してみろ。『勉強ができる』なんていうのは、理想論だということがわかる。「どれだけ、うるさくったって勉強ぐらいできる』というのが、空想の空想の理想論だということがわかる。

おなじように『鬱にならない』ということは、理想論だし、『しんどくならない』『つかれない』ということも、理想論だ。

ヘビメタ騒音の感覚と体のしんどさの感覚がおなじだ。


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親父が、気違いの意地を通していた……これが、気違い的に肝心なことだ。他の人は、これがわからない。だから、他の人の基準で、ズレたことを言う。他の人の基準は、常識にそったものだから、気違い親父の気違いの意地がわからない。気違い親父の気違い的な基準?がわからない。『どれだけ(お兄さんが)意地になって鳴らしてたとしても、ズッとやられ続けるのはおかしい。俺だったら、絶対にどこかで静かにさせてみせる』といった人がいる。この人は、親父の意地がわからない。だから、気違い兄貴の意地もわからない。

しんどいなぁ。 頭が重い。


しんどいなぁ。
頭が重い。
人の人生なんてはかないなぁ。それは別にして、俺はしんどい。
この朝の、雰囲気。やっぱり、ヘビメタ騒音の雰囲気なんだよな。ヘビメタ騒音の、朝の、雰囲気。たまらない。憂鬱だ。まるまるしたい。

なにか用事がある日は、特にしんどいな。
頭が、実際に、重い。やはり、横になりたい。
横になるかな? まだ、時間はあるし……。

昨日は、またネズフンエリアを発見してしまったので、へこんだ。ほんとうに、ネズミでしんどい、親父関係エリアは、ネズフンが落ちている。ネズミが入る前は、ネズフンのことなんてまったく知らなかったのに……。こんなにも有害なものだとは思ってもみなかった。で、もう、片付け続けて、はきそうだよ。また、ぶら下がり健康器のところに……、また、棚に……。

2019年7月1日月曜日

ヘビメタ騒音で常に心細かった。

これから行くわけだけど、ほんとうに、ヘビメタ騒音で常に心細かった。
ほんとうに、ヘビメタ騒音で憂鬱で憂鬱でしかたがなかった。常に地震のない状態でテストを受けに行かなければならなかった。テストを受けるために外に出るわけではないときも、つらかった。猛烈につらかった。
で、これ、どれだけ言っても、他の人にはまったくわからないことなのだろう。


ヘビメタ騒音が長すぎる。
一日のなかでも、
人生の中でも……。


この、心細さ。
このしんどさ。
楽しいとか、そういうことではなくて、普通の気持ちを維持できない。普通の気持ちというのは、鳴ってない時期の気持ちだ。鳴ってない時期だって、悪いことやつらいことはある。けど、それとはちがうんだ。
これも、『それとはちがうんだ』といっても、ヘビメタ騒音を長期間経験したことがない人は、どう違うのかまったくわからない。


毎日の連続で、気分や『人格』がかわる。性格がかわる。
毎日の積み重ねがない人が、ヘビメタ騒音の影響を無効化するようなことをいっても、ぼくにはとどかない。そういう前提でものをいうのやつらのことが、まるまるまるだ。これも、破綻なんだよな。これも乖離だ。こういうのは、人づきあいに影響を与える。どこまでも、どこまでもヘビメタ騒音の蓄積がたたる。

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実際に、毎日、気違いヘビメタがガンガン鳴っている状態というのを経験しないと、それがどれだけ日常に影響を与えるか、わからない。他の人はわからない。そりゃ、こっちが説明したってわからない。説明されて理解することと、実際の体験は違うから。

で、『ヘビメタ騒音なんて関係がない』といったやつらを「でこぱっちん」したい。『過去なんて関係がない』といったやつらを「でこぱっちん」してやりたい。関係がないわけないだろ。

本当に毎日って言うのがつらいんだよな。ぼくは、人並みには、ポジティブ思考をしてきた。ヘビメタ騒音のなかでがんばってきた。けど、違うんだよ。ヘビメタが即座に鳴りやまなかったら、やはり、ポジティブ思考云々ではどうにもならない状態だった。これ、違うんだよ。

理由もないのになんとなく憂鬱というのとは、違う。明らかに違う。ヘビメタ騒音が一時間横で鳴っていたら、一時間、横で鳴っていたなりの影響がどうしてもある。どうしてもだ。一〇時間鳴っていたら、一〇時間鳴っていたなりの影響がどうしても、体にでる。考え方、にでる。どうしてもだ。人間である以上、そういうのをさけることはできない。言い聞かせやアファメーションではどうにもならない。こたえてしまっているのだから、どれだけ「かんけいがない」「こたえてない」と言ったって、むだなんだよ。どれだけ苦しいかわかってないやつが、絵空事をいっているだけ。けど、実際に毎日ヘビメタ騒音を何年間も何年間も経験してないやつは、自分が絵空事を言っているとは思わない。そういうところに問題がある。

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どうやらほんとうに行かなければならなくなったので、誤字脱字は気にしないで、投稿しておく。あとで、なおす。

当時から、ヘビメタ騒音のひどさについて、まわりの人とぼくのあいだに


起きたー~起きたけどつまらない。
なんとか、起きた。今日は午前八時から行動する必要があるので、いまから起きておく。いま、午前
2019年07月01日02時02分07秒
二時か。あーーあ。ほんとうにつらいんだよな。これは、他の人にはわからないことだ。ぼくの特殊事情で苦しいだけだから。ぼくの人生の中でヘビメタ騒音が生じたから苦しいだけだから。他の人には、ぼくとおなじレベルのヘビメタ騒音がないわけだから、わかるわけがない。
で、また、ヘビメタ騒音のことを書くと、きらわれるんだよ。けど、ぼくの生活を書こうとすると、やはり、書かないわけにはいかないところが出てくる。
昨日の昼間、昔読んだことがある人のブログを読んでいた。元気そうでなによりだ。

俺? 俺は食費的には生きていけるけど、追い詰められているなぁ。精神的に追い詰められている。俺は、ヘビメタ騒音で、「いま」からだがしんどい。「いま」の問題なんだよ。「かこ」の問題じゃない。「かこ」の出来事は「いま」現在の体調に影響を与えるはずがないという間違った信念をどうにかしてくれないかな。そういうことを信じている人たちは……。ともかく、当時から、ヘビメタ騒音のひどさについて、まわりの人とぼくのあいだに、深い深いクレパスがある。認知の差がある。まわりの人というのは、ぼく以外のヘビメタ騒音とは直接関係がない人のことだ。まあ、ヘビメタ騒音とは関係がない他人と、ぼくとのあいだには、ヘビメタ騒音のひどさを巡って、意見の対立がある。意識の差がある。この差が、あらわれてしまうんだ。そして、他の人は、普通に!ぼくのことをバカにする。下に見る。あまりにも普通すぎて、『バカにしている』とか『下に見ている』というつもりさえないよ。けど、バカにして、下に見ている。そうでなければ、そういう発言はない。で、また、そういう人に限って、『人の意見なんて関係がない』なんてことを言い出すんだよな。これは、わらえる。
わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。