楽しくなくても、楽しいと言えば、脳が、矛盾にたえれなくなって、楽しいと思える理由を探し出す……というようなことを言っている人がいる。けど、これはまちがっていると思う。楽しくないのに、楽しいと言う理由というのは、脳が知っていることだ。どうしてなら、「楽しくない」ということに対処するために、わざわざ、言ったことだからだ。なにも、矛盾してないのである。楽しく、なるために、楽しいと言ってみた……。脳は、もちろん、それを知っている。矛盾を感じない。楽しいと言ったから、楽しいと思える理由を(自動的に)さがすので、楽しいと思える理由を見つけて、楽しく思えるということなのだけど、そもそも、どういう理由で、楽しいと言ったかということを、脳が知ってしまっているのだから、無意味だ。矛盾なんて感じない。それから、ヘビメタ騒音というような具体的な理由がある場合は、ただなんとなく、不愉快だというような状態ではないのだ。具体的な理由がある場合は、「ただなんとなく、つまらない」という状態とはちがう。しかし、「楽しくない」という言葉に、両者の意味が含まれているのである。だから、具体的な理由がない場合と具体的な理由がある場合の区別をしてない。かりに、具体的な理由がない場合は、「楽しいと言えば脳が、矛盾にたえれなくなって、楽しいと感じる」というような理論が正しいとしても、具体的な理由がある場合は、「楽しいと言えば脳が、矛盾にたえれなくなって、楽しいと感じる」というような理由はまちがっていると言えるのではないか。それから、具体的な理由がない場合も「楽しいと言えば脳が、矛盾にたえれなくなって、楽しいと感じる」というような理論が正しいとは限らない。これは、感じ方の問題になってしまうけど……そして、感じ方は自己申告制なので、自分は楽しく感じたという人が一定の割合、出てくるとは思うけど……具体的な理由がない場合でも、そんなには、楽しく感じてないのではないかと(わたしは)思う。楽しさの程度を考えるなら、ほんとうに、楽しい理由があって、楽しいと感じる場合とは、ちがうのではないかと思う。ようするに、ほんとうに楽しい理由がある場合のほうが、楽しさの程度が高いのではないかと思えるのである。そして、ほんとうは、楽しいと感じてないのだけど、楽しいと感じるために、楽しいと言ってみた場合の、楽しさの程度というは、相当に低いのではないかと思えるのである。言いたいことを言ってしまうなら、ほんとうに楽しいと思える理由があるときの楽しさと、楽しく感じるために無理やり楽しいと言ってみたときの楽しさを、同等の楽しさであるように、仮定してし言ってしまうことには、問題がある。あたかも、楽しく感じるために、意図的に、楽しいと言ったときの「楽しさ」は、文脈のなかで感じている楽しさとは、まったくちがった楽しさである可能性があるのに、それをおなじ「楽しさ」という言葉で語ってしまうのは、問題がある。
さらっと、「矛盾をなくすために、楽しさを探し出す」というようなことを言っているけど、これは、楽しいという言葉にだまされている脳という前提がある。だまされていない場合は、もちろん、探し出さない。現実的な体験のなかで楽しさを感じている場合というのは、いちいち、どうして自分は楽しいと感じているのだろうかということは、考えないのが普通なのではないか? だって、楽しいわけだから。楽しいと感じているときは、自然なやりとりの過程がある場合なのである。主に人とのやりとりの中で、楽しいと感じるわけだけど、自然のなかで楽しいと感じるときも、ゲームをしていて楽しいと感じるときも、楽しいと感じるだけの、時系列的な体験がある。自然に楽しいと感じるような時系列的な体験がないのに、「楽しいと感じるべきだ」と思って「楽しい」と言いはじめるわけだから、「楽しい」と言ういう前に、自然に楽しいと感じるような時系列的な体験はない。ないから「楽しい」と言ってみようと思ったわけである。これは、直前の体験がまったくちがうことを意味している。はたして、脳は、そういうちがいを、感じることはないのだろうか? 自分にだまされて、自分の脳が「これは楽しい」と感じてしまうのだろうか? 意図的に言ったのに、自分の脳が誤解をするなんてことはあるのだろうか?
現在、なんとかweb系の仕事で食べています。このブログで扱う問題は「この世とはなにか」「人生とはなにか」「人間とはなにか」「強迫神経症の原因と解決法」「うつ病の原因と寄り添う方法」「家族の問題」などについてです。
2024年6月27日木曜日
脳は、もちろん、それを知っている。矛盾を感じない。
毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/
ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。
自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。
●ヘビメタ騒音というのは
ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。
あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。
俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る
日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!
「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!
各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。
ぼくはまけない
「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。
サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。
認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。
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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。
死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。
過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。
用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。