2021年6月12日土曜日

「できると言えばどんなことだってできる」「垂直飛びで三〇メートルジャンプできますか」(書き直し)

できるとかできないというのは、他人との比較なのだ。

たとえば、垂直飛びで三〇メートルジャンプできる人はいない。いないので、「できると言えばできる」と言っている人も、じつは、垂直飛びで三〇メートルジャンプできるとは思ってない。

思ってないのだけど、「人間ができないことは、できると言っても、できない」というようなことは、捨象されている。「人間ができないこと」と書いたけど厳密に言えば「人間ができないと(その人が思っていること)」だ。

「できると言えばできる」という言い方をするとき、その人は、例外をもうけてない。

「できると言えば、どんなことだってできる」のだ。そういう意味で言っている。だから、こういう人たちは、言うたびに、じつは、同じ言葉にちがう意味を込めて使っている。

これが、言ってみれば「意味のバッファ」になっていて、自分では矛盾に気がつかないようになっている。「そういう意味で言ったんじゃない」と言うことができるからだ。

+++会話例・開始

信者「できると言えばどんなことだってできる」

俺「垂直飛びで三〇メートルジャンプできますか」

信者「そんなことは言ってない。人間ができることは、できると言えばできるようになると言っているのだ」

++++会話例・終了

たとえば、こういう会話のあとでも、信者はなんとなく、「できると言えばどんなことだってできる」というようなファンタージを信じているところがある。「例外」があるのかないのかということについて境界線があいまいなのである。ファンタジーの世界のことを話しているのか、現実世界のことについて話しているのかについて、境界線があいまいなのである。「例外があるのかないのか」については考えないことにしている。すぐに「できると言えば、どんなことだってできる」という考えが復活してしまう。

この場合は、「例外」なんてないのである。

そういう、理論的な飛躍がある。

竹槍で、飛行機を落とすことだって、できると言えばできるのだ。

まあ、「できると言えばできる」と言うことに関しては、本人が本人に対して言う場合は、なんの問題もないので、追及はしないけど、「できると言えばどんなことだってできる」と他人に言う場合は、ちょっといろいろと、相手の状態を気にするべきだ。

「できると言えばできる」「できると言えばどんなことだってできる」と言う人が、その言葉を言われる人のなにを理解しているのか?

なにも理解してないのである。

はげまして、いい気持ちになっているのは、「できると言えばできる」「できると言えばどんなことだってできる」という言葉をはなったほうだ。言われたほうは、いい気持にならない場合があるということを理解しておいたほうがいい。

できない人にとってみれば、そのことが三〇メートル、ジャンプするぐらいにできないことなのである。人によって、できることとできないことの内容がちがう。「できると言えばどんなことだってできる」という発言は、そういう「内容」のちがいを無視した発言なのだ。

何度も言うけど、「できると言えばできる」「できると言えばどんなことだってできる」と言って、自分を鼓舞するのはまったく問題がない。問題なのは、他人におしつける場合だ。

努力論とむすびつくと、「努力しないからできない」「努力がたりないからできない」と思って、ずっと、「 できると言えばどんなことだってできる」という言葉を相手におしつけることになる。その場合、相手が「努力をしてもできないタイプ」だと問題が発生する。

もちろん、言われたほうがきつくなって、その場を去るとかその仕事をやめるとかということになる。だから、言ったほうは、そのまま残って、相手を追いつめたことにすら気がつかない。「根性のないやつは去れ」といった気持ちになるのだろう。むなくそわるい気持ちになるのだ。

その相手が去ったあとではなくて、その相手がいるときの話だけど、自分が言ったとおりのことをしなかった人に対して、怒りの感情がわくことがあるのだ。そりゃ、相手は努力をしなかった!わけだし、できるようにならなかったわけだから、頭にくる。相手ができないので、自分がいろいろとやらなければならないということが続けば、普通の人間は、ものすごく頭にくる。相手に対して、憎しみの感情がうまれる。むなくそわるい気分になる。

「努力をしなかった!」と書いたけど、努力はしたかもしれない。努力をしてもできるようにならなかっただけかもしれない。しかし、その言葉を言っているほうにしてみれば、「できるようにならなかったのだから、努力をしてない」「努力をしなかった」ということになるのである。

 障害者論のところで書いたけど、どれだけ努力をしてもできない場合がある。そういうことを認めなければならない。そして、道具を使えば補えるところであれば、道具を使って補うということを考えなければならない。工夫をすればできるのであれば、工夫をすることを考えなければならない。そういう配慮をしないで「できると言えばどんなことだってできる」と繰り返し、繰り返し、言うことは、相手を、むだに追いこむことになるのである。むだ。むだであるばかりか有害。どっちも、むなくそわるい気分になる。どっちも、いい気分でいられる言葉を選ぶべきだ。どっちも、いい気分でいられるような方法を選ぶべきだ。

 

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この時間も鳴ってた。どれだけ言っても、やめてくれなかった。きちがい兄貴が、きちがい親父の形相で、きちがい的な無視をして鳴らす。

この時間も鳴ってた。

 

2021年06月12日(土) 04:00

 

騒音サイコパス 13 

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。