2021年6月13日日曜日

セミナー会場から出れば、ディズニーランドから出たように、魔法がとけてしまう。

精神世界のセミナーは、ほとんどが、アトラクションやショーみたいなものだ。これは、ディズニーランドのアトラクションと同じなのである。

だから、セミナー会場を出てしまうと、効力を失う。

けど、はめ込まれている人たちは、ショーでも見ないとやってられない状態なのである。ショーはショーでも、「方法を教わる」ということだから、自分が主人公になれるショーなのだ。

もちろん、セミナーの主人公は、セミナー講師や主催者だ。

けど、方法を教わって、現実世界に戻れば、自分が主人公なのである。だから、あたかも、その方法が有効であるような気分でいられるのである。次の日、会社に行くまでは……。仕事場に行くまでは……。

しかし、会社や仕事場では、自分の地位や自分のやるべきことが決まっている。なので、ショーで教わった方法を試みることが、そもそもできないという状態になっている。ショーで教わった方法についてよく考えてみよう。

ショーで教わった方法というのは、全部が全部、幼児的万能感に根ざしたものだ。

だから、幼児期に、自分が採用していた方法なのである。

しかし、「潜在意識」とか「宇宙意識」とか「波動」とか「引き寄せ」とか「関心」とかという、衣をまとっているので、それが昔自分が採用して放棄した方法だとは気がつかないのだ。

まず、この人達……ショーの人たち……セミナーの人たちは、すべての現実は自分が選んできたものだという理屈を押しつける。これは、ものの見方だ。ここでやっていることは、「はめ込まれた状態などはない」ということを押しつけて、一時的に、縛りがない状態にするということだ。

縛りというのも、自分が勝手に選んで、縛っているだけだという言い方になる。

この場合の縛りというのは、会社に行ったり、会社で期待された行為をして働くということだ。あるいは、夫であるなら、夫としての役割、妻であるなら妻としての役割を、一時的に忘れるということだ。

本当は、そういうものがないと、人間は普通に暮らすことができないのだけど、セミナー会場では、一時的に、そういう縛りから自由になるのである。

過去の否定、過去の無視、過去の過小評価も同じ理屈で必要になる。「はめ込まれている状況」なんてないんだよということを、印象づけようとしているのである。

ようするに、自分が選び方をかえれば、現実がかわるという理屈を説明するために、まず、すべては自分の選択だということと、はめ込まれた状態などというものはないということを、説明するのである。

 これは、催眠術みたいなものだ。ほんとうは、自分が選んだことではないことも、自分で選んだということにしてしまう。どの地域に生まれかということや、どういう親のもとに生まれるかということは、自分が選んだことではない。

これも、前世を出せば、どういう親のもとに生まれるかも自分が選んだことになるということになるのだけど、前世はあるのかということが問題になる。前世という前提を信じないと、自分で選んだという結論も信じられないということになる。

けど、そういうところに行く人は、前世というような考え方が好きなので、抵抗なく信じるのだろう。

実際には、本人が選択したことではないことまで、本人が選択したことにされてしまうのだ。まず、ここに、嘘がある。その嘘は、強烈な効果を持つ。はめ込まれた状態のなかで、本人の選択が限られたものになっているということは認めない。そういうことは、絶対の意地で無視するのである。

はっきり言ってしまうと、自分にとって都合が悪いことは無視するということも、幼児的万能感の根幹をなす性質だ。自分にとって都合が悪いこというのは、自分にとって都合が悪い現実を含んでいる。

「現実」という言葉の持つ意味が、セミナー会場と、会社では、一八〇度かわってしまうのである。

基本的には、セミナーで教わる方法というのは、自分が幼児期に採用した方法だから目新しい方法ではない。しかし、それを、目新しい方法に見せかけるために、いろいろな用語を持ち出すだけだ。

ようするに、もともと、自分が知っていた方法しか、教わらないので、その方法では、「世界」はかわらない。自分が放棄した方法なのである。

どうして放棄したかというと、その方法が役に立たなかったからだ。

はめ込まれた状態のなかで、役に立たなかった。

一時的に、幼児的な思考に戻されて、なんでもできるような気分になっているだけなのである。セミナー会場から出れば、ディズニーランドから出たように、魔法がとけてしまう。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。