2021年6月3日木曜日

ヘビメタ騒音なんて鳴ってたって、鳴ってなくたって同じようなものだろ」

 ほーんと、どれだけのことが起こったか? そして、どれだけのことが起こらなかったか?

きちがい兄貴がヘビメタを始めたために、たいへんなことになった。

ぼくとはちがう個体は、けっきょくのところ、ヘビメタ騒音がどういう影響を与えるかわかってない。からだと人生にどういう影響を与えるかわかってない。

ぜーんぜん、わかってない。

だから、「ヘビメタ騒音なんて鳴ってたって、鳴ってなくたって同じようなものだろ」 とそいつらは考えてしまう。

いくら説明したって、「鳴っている生活」と「鳴ってない生活」のちがいなんて、わからない。これは、経験を通さないとわからない。ほんとうに、ぼくの人生は、まったくちがったものになっていたと思う。

きちがいヘビメタが鳴っていなければ、こいつらが俺に投げかけるいろいろな侮辱的な意見を、聞かなくてすんだ。そもそも、そいつらは、俺にそういう言葉を投げかけない。俺が、ヘビメタにやられて学歴がない人間になっているから、そいつらは、そういう言葉を俺に投げかける。

俺が、ヘビメタにやられて職歴がない人間になっているから、そいつらは、そういう言葉を俺に投げかける。ヘビメタが鳴ってなければ、全部ちがうと思う。そして、そいつらにとっては、そんなちがいはどうでもいいことだ。なんたって、自分の人生ではないからな。

そして、自分の人生のなかには、きちがい家族による、はげしいきちがい騒音という項目がなかったわけだからな。

きちがい家族によるしつこい騒音が「日頃の生活」にどれだけ影響を与えるか、自分の体を通してわかってない。きちがい家族によるしつこい騒音が「自分の学力に」にどれだけ影響を与えるか、自分の経験を通してわかってない。

ぜんぶ、自分の人生にはなかったことなのだから、それは、小さく見積もれる。

そして、まちがった見積もりを、生涯……正しい見積もりだと思って暮らして、死ぬのだろう。つまり、生きているあいだ、このことに関して、俺とそいつらで、「意見があう」ということがない。

きちがい兄貴の態度というのがまったくわかってないんだよ。ほかの人にはわからない。で、こういうことを言うときにいつも思うことなんだけど、きちがい兄貴の態度はない。そして、きちがい兄貴自身が、ほかの人よりも、自分のことがわかってないのだ。

自分がやっていることがわかってないのだ。きちがい的な意地で、悪いことを押し通すときには、まるで、そんなことは一秒もやってないのとおなじ気分でいられる。一回も、そんなことはやってない気分でいられる。

これ、複雑なんだけど、やはり、無意識と意識ということを考えるしかない。

意識的には、やってないつもりでいるときの態度とおなじなのである。もっと正確に言うと、意識的には、まったくやってないときの態度とおなじだ。

これ、きちがい親父も、じつはそうなんだよ。これ、こういう頭の持ち主が、一家にふたりいるということの意味がわかるか。そして、そういう頭を持っている人は、そういう頭を持っているわけで、たまたま、そうなるということではないのだ。

そういう頭を持っている以上、つねに、基本的にそうなんだよ。

ずっと、気がつかないまま、自分の意地を通してやるということになってしまう。

そして、自分が意地を通してやった悪いことに関しては、「絶対無責任」の境地に立っているのである。「やってないつもり」だから、そうなる。

自分に関係がないことで、相手が文句を言っているという感覚しかない。自分が、きちがい的な内容をやっているときは……そりゃ、やめさせられそうになったら、発狂しておこる。おこっておこって、おこりまくる。おこってやりきるのである。

自分のやりたいことをやりきる。

自分が無意識的にやりたいことを絶対の意地でやりきる。

けど、相手の制止をおしきって、やったということになってないのである。ほんとうは、相手がやめろと言っていることを発狂して認めずに、頑固にやり切った。……これが、与える影響がでかすぎる。こういう態度が与える影響がでかすぎる。

きちがいヘビメタ騒音が俺の学業成績に与えた影響はでかい。けど、そんなことが気になるのは俺だけだ。ほかの人は、鳴ってない場合と鳴っている場合の区別なんて気にしない。そして、現実世界では鳴っていたのだから……中学時代、高校時代をすっぽりつつんで、毎日毎日鳴っていたのだから……鳴っていなかった世界の話は、架空の話になる。

架空の話なんて、関係がない。……そういうことになる。

ほかの人にはない、きちがい兄貴によるきちがいヘビメタというハンディが、あった。

けど、ほかの人には、鳴ってなかった世界の話なんて、関係がないということになってしまうのである。きちがい兄貴が、強引に毎日毎日、絶対の意地で、自分が鳴らせるすべての時間、きちがいヘビメタを、鳴らしたから、そうなっている。

そういう毎日がなかった人にとっては、どうでもいいことなのである。

俺には、どうでもいいことではない。

そういう毎日が続いたということは、でかい影響を与えている。

いまの俺にでかい影響を与えている。

「過去のことだからどうでもいい」ということにはならない。「過去のことだから影響がない」ということにもならない。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。