2021年6月20日日曜日

(1)自分の身体タイプ (2)相手呼応タイプ (3)あきらめタイプ

本人の意識的な意志でどうにでもなることと、本人の意識的な意志では、どうにもならないことを、混在させることによって、あたかも、すべてのことが「意識的な意志でどうにでもなることだ」と錯覚させているのである。


たとえば、落ちた消しゴムをとろうとする「意志」があるとする。そして、落ちた消しゴムをとろうとして、とった。これは、意識的な意志でどうにでもなることだ。これは、比較的簡単なことで、自分の身体を動かせば、現実化できる。これを(1)自分の身体タイプとしておこう。

つぎに、たとえば、だれだれと恋愛するとか、どこどこの会社に入るとか、相手がある場合がある。この場合は、本人の選択にあわせて、相手が呼応してくれないと、現実化しない。これを(2)相手呼応タイプとしておこう。

つぎに、たとえば、Aさんに告白して、Aさんとつきあおうと思ったけど、告白せず、Aさんとつきあうということがなかったということがある。これは、選択しようとしたけど、選択するまえにあきらめたタイプだ。とりあえず、これを(3)あきらめタイプとしておこう。

セミナー会場で精神世界系の講師が言及するのは、(1)自分の身体タイプと(3)あきらめタイプだ。(1)自分の身体タイプの場合は、選択したのだから、現実化する。自分の身体が動く場合は、ほとんどすべて現実化する。なので、例として、こういうことがあるということを説明する。

そして、そのあとに、だから、選択すると現実化するということを言う。

(3)あきらめタイプは、選択するまえにあきらめてしまったのだから、現実化しないというとになる。あきらめずに、選択すれば現実化したはずなのである。なので、「これからは、あきらめないで、選択しましょう」「選択すれば、かならず現実化します」ということを話す。

(2)に関しては、語られない。じつは、セミナー講師のなかでも、(2)は無視されている。ときどき、意識にのぼるけど、すぐに、意識から消去される。

「強く思って選択しなかったから、そうなった」と考えるようにしているのである……彼らは。

けど、それなら、最初から「強く思って選択しないと、それは、現実化しない」ということを言うかというと、そんなことは、言わない……彼らは。

最初は、単に選択しただけで、現実化すると言っているのである。

最初から、「単に選択しただけだと現実化しないこともある」なんてことは、言わない……彼らは。

最初から「強く思って選択しないと、現実化しないこともある」なんてことは、言わない……彼らは。

「選択すれば現実化するのである」。どれだけ、弱い気持ちで選択しても、選択したなら、それは、かならず、現実化するのである……ほんとうは、こういうことを言っている。

最初はこういうことを言っている。

けど、現実化しなかったという報告を受けると、「強く思って選択しなかったから、ダメだったんだ」「強く思って選択しなかったから、現実化しなかったんだ」ということを言う。「選択しても、現実化する場合もあるし、選択しても現実化しない場合もある」ということは、「ダメだった」という報告を受けた直後だけ、考えとして浮かぶ……。セミナー講師の頭には……。

それは、ほんの一瞬だ。その話が済んだら、すぐに「選択すれば現実化する」ということになってしまう。この場合の「選択すれば現実化する」というのは、ただ単に、選択しただけで、現実化するということだ。強く思ったかどうかなんて関係がない。

こういうところに、からくりがある。トリックがある。



(注)
「意思」と「意志」はちがうのだけど、「意識的な意志」という言葉を使うことにしたので、「意識的な意志」で通すことにする。「意思」はそういう意図があること(頭のなかに思い浮かんでいること)だ。そして、「意志」は何事かのことをなそうとして志すことだ。
 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。