ヘビメタ騒音の一日というのは、どれだけほかの人に説明してわからないと思う。
被害がすごいのだ。
鳴っているあいだの被害もすごいけど、鳴り終わったあとの被害もすごい。
けど、ほかの人には、経験がないから、鳴り終わったあとの被害というものを無視してしまう。しかも、鳴り終わったあとの被害というのは、不可避的なのだ。
これも、わからないだろう。ほかの人は、「不可避的だ」ということも、無視してしまう。
人間の体(からだ)を考えると、鳴り終わったあとも、すぐに楽になるわけではないのだ。
そりゃ、ちょっとした騒音なら、鳴り終わったあと、すぐに楽になる。影響を考えなくてもいい状態になる。
しかし、きちがい家族による「行きすぎた騒音」だと、鳴り終わったあと、すぐに楽になるわけではないのだ。
そして、次の日の騒音が鳴り始めてしまうので、けっきょく、一日中、影響を受けているということになる。
そして、きちがい兄貴のきちがい思考(思いっきり鳴らしたいという欲望と、思いっきり鳴らしてもいいという思考)によって、それ(きちがい兄貴が思いっきり鳴らすこと)が、続いたら、ヘビメタ騒音が毎日鳴っている状態というのも続いてしまう。
一日目と一〇日目は、ちがう。一日目と一〇〇日目もちがう。一日目と一〇〇〇日目もちがう。
ぜんぜん、ちがうのに、実際に一〇〇〇日間、きちがい家族が鳴らす騒音にさらされ続けたことがない人は「そんなのは関係がない」と考えてしまう。「鳴り終わったら関係がない」と考えてしまう。
* * *
ところで、「掃除をすれば、しあわせになる」ということについて、話をした。きちがいヘビメタ騒音に何千日もさらされると、とてつもなく、掃除をしにくい状態になってしまうのだ。
家にいるときは、きちがいヘビメタが鳴っているという状態だ。
普通の人が眠る時間帯というのは、鳴っていないけど、普通の人が起きている時間帯は、きちがい兄貴が家にいれば、ヘビメタが鳴っている状態になる。きちがい兄貴が風呂に入っている時間除くとする。
ともかく、ヘビメタ騒音が、ガンガン鳴っている中で、掃除をしても、「掃除をしたあと、しあわせな気分になるか」というと、ならないのだ。ならない。
そりゃ、ものすごい音圧で、ガンガン、自分がこの世で一番きらいな音が、至近距離で鳴っているのだから、落ち着かない気持ちになる。きちがい兄貴の態度に腹が立っているので、きちがい兄貴が鳴らしている騒音が、ガンガン聞こえる状態だと、ものすごく腹が立つ。
音が切れ目なく、続くので、怒りも切れ目なく続く。じつは、掃除だけではなくて、風呂ですら、たいへんなことになる。ヘビメタ騒音生活というのは、そういう生活なのである。
ヘビメタが鳴っているから、くるしいのである。ヘビメタが鳴っているから、主観的に不幸なのである。「掃除をすれば、しあわせになる」というのは、二つの意味があって、掃除をしたあと、実際にさっぱりして、しあわせな感じがするという意味で、しあわせになるということと、掃除をすると運があがるからしあわせになるという意味がある。
これも、掃除をすると、さっぱりして(主観的に)しあわせな感じがするということ、掃除をすると運があがってしあわせな生活ができるということが、ごっちゃになっているのだ。
言っている人のなかで、ごっちゃになっている。
だから、区別をしないで、語るということになる。掃除をすると(自分は)しあわせを感じる(ことがある)ということが、掃除をすると、運があがって(恒常的に)しあわせな暮らしができるということの、根拠になっている場合がある。
実際に、自分は、掃除をしたあとしあわせを感じるので、(他人も含めて人間というものは)掃除をすると運があがって幸せな生活ができると考えてしまうのだ。
けど、言っていることがちがうんだよね。
問題なのは、ヘビメタ騒音で掃除ができなくなったのに、掃除をしないから不幸なのだと考えてしまうことだ。
だから、掃除をすればしあわせになるのである。エイリが、ヘビメタ騒音の連続によって、掃除ができなくなったとする。その場合、掃除ができなくなった理由は、ヘビメタ騒音なのだ。ヘビメタ騒音が(リターン可能期間内に)鳴り終わらないと、掃除ができない状態が続いてしまう。
ヘビメタ騒音で不幸になり、ヘビメタ騒音で掃除をすることもできなくなったのだ。ところが、掃除をしていないエイリを、「掃除をすれば幸せになる」と考える人が見た場合、「掃除をしていないから、エイリは不幸なのだ」と考えてしまう。理由がちがうのだ。
ヘビメタ騒音が鳴っているから、不幸になり、掃除ができない状態になったのだ。不幸になった理由は、ヘビメタ騒音だ。掃除ができなくなった理由もヘビメタ騒音だ。
ところが、妄想的な人たちが、一番の理由である「ヘビメタ騒音」を無視してしまう。そして、ヘビメタ騒音の結果、しょうじた「掃除ができない状態」を「不幸になった理由」にしてしまうのだ。
完全に、原因を勘違いしている。
この人たちが、勘違いをして、妄想的なことを言って、ぼくに、へんな助言をして、ぼくを、くるしめるのである。
しかし、この人たちが、「理由はヘビメタ騒音だ」ということを認めることが少ないのである。
どうしてかというと、この人たちの頭のなかには、精神世界的な理論が成り立っているからだ。
これは、妄想なんだけど、本人は、「ちゃんとした理由だ」と感じるのである。