2026年3月2日月曜日

●ある程度、現実に、浸食された万能感■言霊※2026/03/02 6:51

 手短に言うと、幼児的万能感というのは、つねに、現実から浸食を受けているのである。浸食されているのである。だから、幼児期における幼児的万能感も、完ぺきではないのだ。ようするに、幼児期における幼児的万能感も、傷がある万能感なのである。万能感を押し通したいのだけど、現実が、そうは、させてくれないのである。ほんとうは、万能感が勝ったほうが気持ちがよいのである。「言った通りになった」と思えるほうが、気持ちがいいのである。「思った通りになった」と思えるほうが、気持ちがいいのである。しかし、しかし、現実というやつが、それを、ゆるさない。そういう場面がある。そのとき、現実を受け入れて万能感を放棄しなければならなくなるのだけど、現実を受け入れつつも、万能感を放棄しない場合がある。それが、矛盾を感じないこころを育て上げることだ。万能感は、放棄せず、「細かい現実」「圧倒的な現実」には、首を縦に振るのである。もっともこれは、万能感が万能感としてあるのであれば、屈辱だ。けど、屈辱も無視してしまうのである。「こういうものだ」と、万能感を一時的に押し殺して、現実を受け入れるのである。しかし、万能感は、死んだわけではなくて、残っているのである。だから、現実から干渉されない部分では、万能感が羽ばたくのである。万能感に支配された状態になる。「万能感があって当たり前の状態」になるのだ。しかし、また、現実がやってくるのである。その場合は、万能感は、カメが頭を隠すようにして、姿を隠してしまうのである。万能感は喪失されたわけではなくて、一時的に、頭のなかにない状態になる。そして、現実社会のなかで、現実的に生きていくとなると、この時間が長くなるのである。現実は万能感を打ち砕くのである。ただし、「いつかこうなる」ということに関しては、「いつかこうなればよい」のだから、万能感を打ち砕かれずにすむのである。なので、緩衝地帯になる。現実の出来事に対処しているあいだも、「いつかこうなる」という部分は否定されないので、「いつかこうなる」という部分は、そのまま、万能感が残ることになる。しかし、この万能感は、妥協策として生まれた万能感なので、すでに、ある程度、現実に、浸食された万能感なのである。 

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。