きちがい兄貴のような「特殊な人」が、特殊なやり方で、特殊な騒音を出した場合、一般の人には、わからないということになってしまう。どうしてかというと、一般の人の家族は、「特殊な人」ではないからだ。だから、一般の人は、「特殊な家族が鳴らす騒音」というものを、知らないのである。一般の人は、一般の人が鳴らす騒音しか知らない。特殊な家族が、どういう感覚で、どういう態度で、どういう意地で、その騒音を鳴らすか、まったく、知らない。わかってない。
* * *
きちがい兄貴が普通の人だったら、「い・わ・れ・な・く・て・も」自分の鳴らしている騒音の異常さに気がつく。普通の人よりも、ちょっとだけ狂っている人だったら、何千回も言われれば、気がつく。強く言われたら、気がつく。
ところが、きちがいだから、まったく、気がつかないままやり続けることができるのだ。もうひとり、きちがい兄貴がいて、そのきちがい兄貴が、兄貴にとって「効きたくない」音を、きちがい兄貴が鳴らしているのとおなじ音量で鳴らしたら、一〇秒で、きちがい兄貴が、きちがい的に起こって文句を言う。そういうレベルの騒音だ。
きちがい兄貴にしたって、自分が聞きたくない音を、あの音量で鳴らしている他人が横の部屋にいたら、一〇秒で、文句を言いに行くことになるだろう。
みんな、うちきちがい兄貴のきちがい感覚をなめすぎ。こいつは、サイコパスで、自分に催眠術をかけているから、他人が鳴らせば、おこるような音で鳴らしていたって、別に、なんとも感じないのだ。
普通だったら、他人が鳴らしたら(自分が)おこるような音では、鳴らせない。
言われなくても、他人がおこるということがわかるからだ。他人を自分の音で不愉快にさせしまうということが、「自動的に」わかるからだ。
ところが、きちがい兄貴は、きちがい兄貴だから、どれだけ言われたって、きちがい親父のように無視しておしまいなんだよ。言われたら、きちがい的な感覚で、きちがい的な意地で、本人が腹を立ててしまう。おこってしまう。
そりゃ、自分が「やろう」と思っていることや「やろうと思って実際にやっていること」にケチがついたら、目を三角にして、顔をまかっにしておこる。
脂汗(あぶらあせ)をかいて、絶対の意地で「認めないで」おこる。
なにを認めないのかというと、相手が言っていることを認めないのだ。あるいは、相手が言っていることの意味を認めないのだ。