2019年2月27日水曜日

一日中、頭がモヤモヤする


ボロボロにつかれた。
頭がモヤモヤする。
一日中、頭がモヤモヤする。モヤモヤした頭で、いちおう作業はしたけど、むなしい気持ちはぬぐえない。

ヘビメタ騒音で人生がない。だれもわかってない。ヘビメタ騒音の影響がどれだけのものか、わかってない。
俺がぎりぎりのところで努力してなんとか生きてきたのに、まだたりないというのか? ヘビメタ騒音をやられたことがないやつらが、好き勝手なことを言いやがって。ヘビメタ騒音を一日も経験したことがないやつらが、想像でものを言うな! どれだけくるしいか。ゆるせない。

ヘビメタ騒音が与える影響の範囲は、他の人が考えるよりはるかにでかい。けど、それがわかっているのは、実際にやられたぼくだけで、他の人は逆立ちをしてもわからない。自分のことじゃないから。自分の人生の中で生じたことじゃないから。自分人生なのかで、毎日毎日、あしかけ一五年間にわたって発生したことじゃないから。本当に、簡単に言いやがって!! 本当にどれだけ。どれだけ。どれだけ……。

もう、いやだ。

2019年2月25日月曜日

結果として、その女の人を傷つけてしまったような展開になってしまったわけだけど、その女の人の気持ちは、ものすごくわかる



むかし、集合住宅?に住んでいる女の人がいて、その女の人が、上の階のこどもの絶叫と足音がうるさいということで悩んでいた。その人の主張はあっている。相当に心を痛めていたと思う。その女の人は犬を飼っていたけど、静かな犬はいる。なので「おたがいさま」理論は成り立たないと思う。ようするに、一方的にやられているわけで、おたがいさまではない。
騒音なんて、「おたがいさま」という理論を展開するやつがいるけど、そいつらは、一方が強烈な音を鳴らしている場合のことを考えてない。

ちょうど、タイミングというのがあって、お互い様理論を展開するやつが、近くの幼稚園をうったえた人を気違いだと言っていたんだよ。だから、そいつからすると、俺がヘビメタ騒音にこだわっている気違いなわけ。「お互い様だから」。けど、ヘビメタ騒音は、お互い様ではない。あとは、ぼくの立場としては、子供の絶叫や幼稚園の騒音と、ヘビメタ騒音を一緒にするなという、気持ちがある。なので、そういうことを書いたのだけど、もし、その女の人がぼくのその考えを書いた文章を読んだとき、エイリさんは自分のことを「そう思っていたのか」と思ったかもしれない。で、言っておくと、ぼくはその女の人の味方で、その女の人のいっていることは正しいと思う。けど、幼稚園の騒音とヘビメタ騒音を一緒にすることはできないと思っているので、そういうことを書いた。別に、その女の人のことを批判しているわけじゃないのである。俺が批判していたのは、幼稚園を騒音のことでうったえた人を、気違いよばわりしたやつだ。
ともかく、結果として、その女の人を傷つけてしまったような展開になってしまったわけだけど、その女の人の気持ちは、ものすごくわかる。ヘビメタ騒音とは次元が違うけど、その女の人が上の階の子供の絶叫と足音でくるしめられていたのはたしかだ。この場合も、「おたがいさま」とは言えないと思う。ともかく、俺はその女の人の内面がよくわかるしどれだけくるしい思いをして暮らしていたかわかる。

2019年2月24日日曜日

これ、違う。違うんだ。これ、違うんだ。


本当に俺がやばい。
これ、違う。違うんだ。これ、違うんだ。
本当に、他の人には絶対にわからないことなんだよな。ヘビメタ騒音をあんなに毎日やられて、人間関係なんて維持できるはずがない。やらすぎ。期間が長すぎる。おれ、しゅうりょーう。本当に、他の人から、ずっと誤解、されてきたな。ずっと、誤解をされてきた。

本の人には絶対にわからないんだよな。おなじことをやられた人じゃないと、まったく想像ができないことなんだよな。たいしたことじゃないように思えるわけだから……。常識的な判断がすべて、俺を追い詰める。気違いにやられたということがわかってない。常識的な思考でアドバイスをくれる人は、俺を追い詰めている。それは、親友だろうがだれだろうがわかりがない。

三〇年、おせぇーーよ。


フレンズを視たり、部屋を片付けたりしていた。フレンズを聞きながら部屋を片付けるとはかどるかと思ったけど、そうでもなかった。むかしは、そういうふうにしてたんだよ。なんか、あれをかけっぱなしにして、掃除というか整理整頓をするのが好きだった。まあ、とりあえず、片付けたからいいや。
これだけ片付けているのに、全然すすんでいる気がしない。あとは、なんて言うのかな? ヘビメタ騒音でコナゴナになった人間関係をどうにかしたいとは思っている。
けど、俺の場合ももう、なんて言うのかな? 手遅れ? って感じがする。
三〇年、おせぇーーよ。

2019年2月23日土曜日

親父や兄貴のやり方はそういう「コード」を含んでいる


今日もひとつずつ、片付けた。数個 片付けた。しかし、いつになったら、片付くんだ? なんだかなぁ……。けど、ちょっとずつやるしかない。俺は楽しい貧乏生活をしているわけじゃない。俺、固有の問題がある。書けないけど、人生がむなしい。つねに苦労の連続だった。いまも、くるしい。累積した苦労が、だいぶ重たくなっている。気違いヘビメタ騒音が本当にいろいろなところに、影を落としている。影響を与えている。これは、実際にやられた人じゃないとわからない。影響の範囲がわからない。影響のデカさがわからない。影響の範囲は、時間とともに大きくなる。たしかに、俺はいろいろなところで選択をミスったのだろう。けど、気違いヘビメタが鳴っている状態と、気違いヘビメタが鳴っている状態が八年間積み重なった状態で一八歳になったということがものすごい影響を与えている。あのとき、入学試験にこだわらず、通信制の大学に行っていたらどうなのか? 通信制の大学でも、ちゃんと卒業して、通学生の大学院に入った人もいる。その人は、いま教授をやっている。入学試験とその分野(その人の専門分野)の能力はかならずしも!関係があるわけじゃない。けど、気違い兄貴が絶対に一分もゆずらない状態で、鳴らしていた場合、ぼくにそういう選択肢があったかというと、ない。ヘビメタが鳴っているうちにいるかぎり、無理だ。しかし、ぼくは、一八歳の時点で、バイトをする力(ちから)をなくしていた。それは、一八歳の時にバイトをしてよくわかった。どうやっても、無理なのだ。きちがいヘビメタ騒音が鳴っているなかから、バイトに行くことや、土曜日曜と、ずっと気違い兄貴が起きている時間ヘビメタが鳴っている状態だと、次の月曜日や火曜日に影響を与えた。当時、ぼくは、土曜と日曜と、バイトに入っていたのだけど、バイトに行く前、ずっとヘビメタ騒音にさらされるということに耐えられなかった。たとえば、ぼくだけ引っ越して、そこでバイトをするということも考えたけど、そのあとの状態……三年後やなぎ荘に出たときの実際の状態を考えると……それをやっても、無理だったと思う。もう、その頃には、ひどい睡眠障害を抱えていた。意志の力ではどうにもならないような状態だった。相当に無理をして、バイトをしたけど、けっきょくは、そんなに長く続かなかった。一一歳から一八歳までの八年間、ヘビメタ騒音が毎日つもった時点で、ぼくは、通学することも通勤することもできないからだになっていた。あのときのバイトは本当にいのちを縮めたと思う。最大限の努力をして、「むりだ」ということがわかった。これは、ほかのひとにはわからないと思う。実際に八年間、俺とおなじ生活をした人じゃないとわからない。土曜日曜もずっと鳴っているということの意味がわからない。土曜日曜は、鳴っている時間が長くなってしまうということの、本当の意味がわからない。からだに与える意味がわからない。けっきょく、人は、想像していうだけで、本当には経験してない。ヘビメタ騒音を経験してない。八年間毎日のヘビメタ騒音がどれだけのものかわからない。だから、普通の状態を想定して「努力すればできる」「なきごとをいうな」というようなことを言うわけだ。けど、そういうことを言う人たちは、ヘビメタ騒音を八年間、経験してない。毎日のヘビメタ騒音がどういうふうにつもっていくか、知らない。自分のからだを通してわかっているわけじゃない。想像して言っているだけだ。


大学入試なんてものがどうしてそんなにたいへんなものになってしまうかって?
中学と高校と、六年間ずっと毎日、午後一一時一一分までヘビメタがものすごい音で鳴ってたからだよ。こんなの、俺だけだ。世界で俺だけだ。こんなのは、きたない。おかしい。けど、事実そうだった。他の人は、気違いヘビメタに、中学と高校と六年間のあいだずっとたたられてない。俺だけがたたられた。ゆるせない。学生時代、全部取られた。まあ、小学六年生の九月まではたたられてないけど、それ以降ずっとたたられた。絶対に、一分もやめてくれなかった。一日中ヘッドホンをして静かにして、やっと、プラス・マイナスゼロなんだぞ。それでやっと、「普通の状態」なんだぞ。他の人とおなじ普通の状態なんだぞ。気違い兄貴は、一日に一分も静かにしてないのに、「静かにしてにしてやった」「ゆすってやった」と思っている。親父とおなじ思考だからそうなる。気違い兄貴は、親父とおなじ感覚の持ち主だからそうなる。どんだけ、くやしいか。そういうやり方が、どれだけくやしいか。一日やられただけでも、ハンダゴテの日のように腹が立って腹が立ってしかたがない状態になってしまうんだよ! それは、そういうやり方だからだ。相手の感覚が、気違い的なもので、すべてを無視したものだからだ。普通なら絶対にわかることを認めずにやりきって、やりきったと言うことを認めない。自分の関与をまったく認めない……そういうやり方だから、腹が立つんだよ。気違い兄貴が、親父に腹を立てたとき、親父はそういうやり方をしているんだよ。「憤懣やるかたない気持ち」になってしまう。親父や兄貴のやり方はそういう「コード」を含んでいる。コードって言ったけど、性質でもいい。


なんで俺だけこんなハンディをせおって受験せーねーばーならぬのだ?

2019年2月22日金曜日

意志と無意識の関係 「うえ」が「した」を支配することができない


「やるぞやるぞやるぞ」と言うことで、やる気が出るかどうかという問題。
これは、言ってやる気が出るとき、言ってもやる気が出ないときがある。言うことでやる気を出せると考えている人は、体調を含んだ無意識のことを無視している。

とりあえず、「うえ」と「した」で表現する。「うえ」が思考だ。意図的な思考だ。

「した」は無意識だ。

けど、これは、単なる無意識じゃなくて、ぐっすり眠ったかどうかと、連続的な作業が続いてつかれていないかどうかというような「体調」も含んでいるとする。この頭がさっぱりしているとか、さっぱりしてないとか、からだが重いとかからだが軽いということは、実際には、影響を与える。意志と行動に影響を与える。

しかし、体調というのは、基本的に無視される傾向がある。意識だけが問題にされる傾向がある。意識というのはこの場合は、意図的な思考だ。

「やるぞやるぞやるぞ」と言うことで、無意識的な部分が引っぱられるという理論を展開する人がいる。ようするに、彼らによれば「うえ」と「した」は連動しているので、「うえ」が「した」に「はっぱをかける」ことで、「した」もその気になるということだ。

けど、それはちがう。つねに「した」のほうが優位なのである。

たしかに連動はしているけど、それは、「した」から「うえ」に対する連動で、「うえ」から「した」に対する連動じゃない。だから、「やるぞやるぞやるぞ」と何回も言っているわりには、まったくやる気がしないということがしょうじる。

「した」の方が優位で、「うえ」が思ったようには「した」は動かない。

「うえ」が「した」を支配することができない。したがえることができない。「うえ」が「した」を無視して「やろうやろう」とすると、あるいは、むりをして「やっている」と、「した」のほうが、ストップをかける。「した」には「した」の事情があるからだ。

それでは、どうして、「やるぞやるぞやるぞ」と言うとやる気が出てきたような感じになることがあるかというと、それは、「した」がそれなりに働いているからだ。通常運転をしているからだ。「した」がダウンしている場合は、どれだけ「やるぞやるぞやるぞ」と言ってもやる気が出ない。「した」がダウンしているときは、だめだ。

また、「した」が実は「やりたがっていない」場合も、だめだ。「うえ」の命令を、あたかも「した」がきくように感じられるときは、……実際はそうじゃないのだけど……実際は、「した」が(「うえ」の)いうことを聞いているわけではないのだけど……もともと、「した」が「うえ」と同じ方向を目指しているときに、生じる現象だ。

「した」が通常運転をしていて「うえ」と同じ方向を目指しているときは、あたかも、「した」が「うえ」のいうことを「きく」ように見えてしまうのである。そういう人たちにとっては、これは、都合がいい考え方のなので、そういう人たちには、そういうふうに見えてしまう。

本当は、いつも、「した」方が優位なのだ。「した」が「うえ」が命令したことと同じ方向を目指しているときは、あたかも、「うえ」が「した」を屈服させたように思えるのである。これを、過大評価して、「うえ」が「した」を支配することができると考えている人たちは、間違いをおかしている。

何十年も前の小さなやりとりが、ぱっと思い浮かぶことが頻繁にある


むなしいむなしい、とどれだけ書いてもむだか。
たしかに、むだだ。むだむだ。
俺には技術があるんだけど、うまくマネタイズできない。
本当、どうなるんだろうな。俺は、保証人がいないので入院もできないような感じだ。保証人というか緊急連絡先。俺はこの先、ひとりで生きていくんだろうか? 何十年も前の小さなやりとりが、ぱっと思い浮かぶことが頻繁にある。四〇年前とか、四二年前とか。はははっ。あーーあ。歳を取ったなぁ。信じられない。女の子を泣かしてしまったことがある。もちろん、意地悪をしたんじゃない。俺は、そういうことは大嫌いだからしない。あのとき、信じていればよかったのか。小六の時に、小二の時のその子の発言を、気にしていて、信じてやれなかった。

俺が七〇歳になったら、どういう……。俺は本当はわりと明るい人間なんだよ。ヘビメタ騒音以降は、想像もつかないかもしれないけど……。ヘビメタ騒音ですべての感情がパンクした。全部、ぺしゃんこだよ。

2019年2月21日木曜日

基本きついなぁ。結婚しておけばよかったな


基本きついなぁ。結婚しておけばよかったな。このさみしさは、ない。まあ、俺はヘビメタ騒音で働けない状態だったから、お金は稼げないけどね。ヘビメタ騒音なしで普通に勉強して、普通に進学して普通に恋愛して普通に結婚したかった。これ、きついわぁ。きつい。

このさき、どうするんだ? 俺は??
どうするんだよ??


いまの時間も気違い兄貴が夢中になって気違いヘビメタを、ものすごい音で鳴らして、どれだけ言っても静かにしてくれなかった。いま、九時一九分か。午後九時一九分がどれだけ、うるさかったか? けたたましい音で鳴っていたか? そんなの、毎日やられていいわけがないだろ。気違い兄貴、おまえがまるまるまるまる。

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2019年2月20日水曜日

やっぱり、俺の人生がない。 これは、きつい。

やっぱり、俺の人生がない。
これは、きつい。

ヘビメタばっかりの人生だったな。
ヘビメタで恥をかいてばかりの人生だったな。
これ、他の人には、わからない。

うちでだけ異常な人がいる場合、うちでだけ異常な人がそとの人から悪く言われることはなくて、うちでだけ異常な人にやられている人が悪く言われるんだよな。親父も兄貴も、そとっつらがよくて、うちっつらが悪い。よそのひとには一秒だってやらないことを、うちの人には、一日に二四時間やっても、まるでなにも感じないんだよ。あたりまえだと思っている。だから、「やめろ」と言われると腹を立てる。腹を立ててやりまくる。けど、「やったつもり」がないんだよ。それは、一日に二四時間やってもそうなんだよ。一日に一五時間起きていて、一五時間やったとしても、まるで、「つもりがない」んだよ。やっているさいちゅうでさえ、どれだけ言われても「悪気がしょうじない」。「あたりまえだ」と思っているから。あたりまえの権利だと思っているから、別にどれだけ言われても悪いとは思わない。逆に、「言われたら」腹を立てる。そりゃ、自分がやりたいことを、自分がやりたいかたちでやりたいわけだから、それが邪魔されるとなったら、発狂して腹を立てる。けど、それが済んでしまえば、「腹を立てた」ということも、腹を立てて認めない。それは、「腹を立てた」ということが、その時の兄貴や親父にとって、不都合なことだからだ。気違い兄貴の場合、鳴らしているときに「やめろ」言われたら、不都合なことなんだよ。だから、怒って鳴らし切る。けど、「鳴らし切った」「どれだけ言ってもやめてくれなかった」ということを、言われると、それはその時の気違い兄貴にとって、不都合なことだからおなじように腹を立てて否定する。否定しているわけだから……。デカイ音で鳴らしているときだって、デカイ音で鳴らしているということを、否定して腹を立てて、デカイ音を鳴らし続けるということになってしまう。こういう反応は、気違い兄貴に特有で、つねにそうなるんだよ。ときどき、そういう反応をするというのではなくて、つねに、そういう反応をかえしてくる。自分が鳴らしたい音で鳴らしている時に、「そういうデカイ音で慣らすな」ということを言われると腹を立てる。もちろん、無視して、頑固に鳴らすわけで、ゆずらない。けど、「言われたのに」……「ゆずってやらなかった」という気持ちもないんだよ。だから、それの繰り返しになる。気違い兄貴は、気違い親父とおなじでやりたいとなったらやりたいわけで、本人が自動的にやっていることを、やめさせられるとなったら、発狂して怒る。手がつけられない状態なんだよ。殺して静かにさせないと、絶対に、静かにならない。気違い兄貴が「ゆずってやった」としても、それは、もとの音と聞き分けることができないほどうるさい音なんだよ。自分のやりたい音でやりたいということに、気違い的なこだわりがあるのだから、絶対にそういう線*1では、ゆずらない。要するに、効果的に、ちゃんと違いがわかるように、静かにしてくれない。最大限譲歩して、こういう状態だ。たいていの場合は、譲歩をまったくしないまま、鳴らし続ける。気違い兄貴のなかでは、「この音でならしていい」ということになっているで、気違い親父がこだわりの方法にこだわるように、こだわってそうする。で、そういうときの態度全般が、よそのひとにはわからない。だから、やられた人が困る。ずっと困り続ける。まるまるしたくなる。

気違い兄貴や、気違い親父が発達障害なのに、まるで、俺がコミ障であるように言われる。どうしてかというと、他の人には、気違い兄貴や気違い親父の意地がわからないからだ。「そんなの言えばいい」と考える人は、「エイリさんがちゃんと言わないからだ面だ」と考える。そういうふうに考えるやつは、エイリさんがコミ障で、「いいたいことをちゃんと言えない人だからそうなるんだ」と思っている。そういう前提がある。

こういうことは、他のことにも成り立っている。


*1普通に効果があるレベルではという意味。たとえば、ヘビメタをフォークギターぐらいの音まで落として鳴らすということは絶対にない。普通のレベルまで落としてくれなかったら、意味がない。

2019年2月19日火曜日

自分の騒音がいやだから弟がアパートを借りているという認識すらなかった状態


うーん。やっぱりつらい。どっちにころぶにしろつらい。ヘビメタ騒音でつらい。「もうつかれた」という気持ちになって横になっているとき、ヘビメタ騒音にやられて「もうつかれた」という気持ちになって横になっていたことを思い出す。どれもこれもひえひえだ。こころが冷えている。特に受験シーズンはやばい。相当にやばい。で、やなぎ荘(アパート)で横になっていたときだって……。やなぎ荘に出ていたとき、家に帰ればヘビメタ騒音が鳴っていた。気違いヘビメタ騒音をさけるために、わざわざ、家の近くにアパートを借りて住んでいるわけだから。けど、飯代と風呂代を節約するために、夜は、家に帰ることがほとんどだった。これも、時期で違うんだけど。当時、風呂を昼間にたてるということはできなかった。やはり、当時は家の人が夜に風呂に入っていたわけだからそれにあわせて、夜に入るしかなかった。で、銭湯代を浮かせていた。ご飯は、いちおう、家からおにぎりを持って帰ったりしてたんだけど、冷蔵庫がなくて、いろいろやばいことになったので、ストアで買うことにしたんだけど、けっきょく、節約のためにほとんど買わなかった。当時は、なんか、一日に一食だけ食べていたような気がする。これも、時期によって違うんだよ。やなぎ荘一年目と五年目だとちょっと違う。で、何回も言うけど、気違い兄貴のヘビメタをさけるために家を出ていた。気違い兄貴は、気違いだから、まったく記憶にないと思う。気違い兄貴は、当時、自分の騒音がいやだから弟がアパートを借りているという認識すらなかった状態だ。これが、何回もめてもそうなんだよね。これは、浪人しているときの大学入試のとき、大晦日正月のあいだ普段通りに鳴らし切って、絶対に一日に一分も静かにしてくれなかったことと対応している。正月のあとだって、入学試験のその日までずっと、普段通りに鳴らしていた。普段通りというのは、気違い兄貴が家に帰ってきた瞬間から、午後一一時一一分ぐらいまでだ。風呂と飯の時間をあわせた二〇分は鳴ってない。そのあいだに宿題をやろうと思っていたんだけど、宿題をやっていると(まだ続きがあるのに)気違い兄貴が風呂から出てき、ガンガン鳴らし始める。だから、ぼくはいまでも、「ヘビメタ騒音が鳴るんじゃないか」というような不安がある。静かなときも、がーーと鳴り出すんじゃないかというような恐怖というか、怒りというか、いやな感じというか、やはり、不安がある。やり始めたら、こっちがどれだけ怒鳴り込んでも一分も、一秒もやめてくれない。それが気違い兄貴だ。それが気違い兄貴のやり方だ。そして、気違い兄貴は気違いだから「やったつもりがないまま」なんだよな。どれだけ「やめろ」と言われても、「言われたつもりがないまま」なんだよ。言われたときだけ、親父のように怒って怒って、それでおしまい。あとは、自分が好きなように、好きな音のでかさで鳴らしているのに「つもりがない」状態になってしまう。これは、親父もおなじだ。親父か夢中になって迷惑行為をやっているときの状態とおなじだ。全部おなじなんだよ。兄貴がやったことは……。兄貴がやったことは親父がやったこととおなじ。態度や感覚認識がおなじ。全部おなじ。気違い兄貴だって、ハンダゴテのことであれだけ腹を立てていたのに、ヘビメタノやり方が、ハンダゴテのやり方とおなじなんだよ。ちょーーど、本当におなじ状態。気違い的な迷惑行為をむちゅーになってやっているときの態度と感覚認知が、おなじ。親父と兄貴でまったくおなじ。


このままだと、ぼくがまるまるぬ。
こんな人生でいいはずがない。
ここでひとりで暮らしていると「うっ」っていう瞬間があるんだよね。
俺だけがやられた。

俺だけが、毎日毎日、人知れずやられた。
俺だけが、毎日毎日、他の人がわからないようなことをやられた。
他の人は、「うるさかったんだな」というのはわかるけど、どれだけうるさかったのかわからない。
時間数だって、聞けば、「そういう長い時間やられたんだな」ということはわかるけど、実際に経験してないからそれが、どういう影響をおよぼすのかまったくわかってない。だから、過去のことは過去のことだ」などと言う。けど、違うんだよ。こうやって俺が、こだわっているように見えるのは、やはりおかしい。他の人間からすれば、俺がこだわりたくてこだわっているように見える。これがおかしい。やられてないからわかってないだけなのに……。やられてないから影響の深さと時系列的なゆがみの大きさがわかってないだけなのに。

   *   *   *

まあ、三〇代の孤独とは違うな。いつかくると思っていたけど、ついにきたか。

どうにかするべきなんだが……。本当につまらない人生になってしまったな。

   *   *   *

うちのトイレがさ……。玄関の真ん前にあるんだよ。こういう構造。これでどれだけ不都合な思いをしたか……。膀胱がいたんだ……。(親父が勝手にガス会社をかえていたんだけど、いろいろあっていろいろだ……予想もできない訪問者が突然あらわれる)(話しが長くなるなら、最初にそう言え……。)

なんか残尿感がある。……むかし貸していた名残なんだよね。下の部屋と上の部屋ふたつを貸していた。二階にかんしては、まあ、ひとつを六畳+三畳と考える。しかし、そういうアパートみたいなつくりだから、気違い兄貴が気にせずに鳴らし続けたというのもあるんだよな。親父なんて、しらんぷりだよ。注意をしなったのに、「注意をしなかった」というと「注意をした注意をした」と言う。で、怒って言うわけだからな。おなじなんだよ。全部が。親父が兄貴を注意したのは、二回だけなんだよ。もう、これ書いたからいいや。

ヘビメタ騒音「で」しあわせなんてないよ。かけらもないよ。ずっとくるしみの毎日だ。不安の毎日だ。そして、やられなかったやつから、「自己責任」だとか、「くるしいと思うからくるしいんだ」「くるしいと言うからくるしくなる」というようことを言われる立場におちいる。これがどれだけのことかわかるか? 気違い兄貴。おまえが、気違い的な意地で、親父みたいな意地で、親父みたいな感覚で、ずっと、ヘビメタを「気が済むまで」鳴らし続けたから、(こっちが)こうなっているんだぞ。これも、「人のせいにするな」「すべては自分の責任だ」とか、頭がおかしいやつがいうわけだけど、そういうやつらは、自分の意見がちょっと批判されただけで、怒っていかさま妨害行為をするようなやつらだ。「すべてが自分の責任」なら怒る必要なんてないし、スパム行為をする必要もない。ちゃんと、議論のルールに則った批判なのだから、ちゃんと、批判しかえすならしかえすで、議論のルールにのっとって批判しかえせばいい。それを、怒ってスパム行為だろ。ぜんぜん「自分の責任」だと考えてないじゃないか。「すべては自分の責任」なら俺に批判されたことも、自分の責任なんだよ。

生活保護で老人ホーム(介護付き)に入っている人がいるけど、ある意味最強


眠るつもりで寝床に入ったんだけど、腹がへって起きてきた。これはやばい。いま、冷凍シュウマイを解凍して食べたところだ。今後のことを考えるとわりと、つらい気持ちになる。八〇歳の時、俺はいくら持っているのだろう。

生活保護で老人ホーム(介護付き)に入っている人がいるけど、ある意味最強だな。医療費は上限知らずだし、老人だからもう、就業指導はないだろう。これは貧乏人にとっては最強の状態だ。しかし、俺が八〇歳になったときいまのような生活保護(制度)が成り立っているかどうかわからない。まあ、生活保護は受けたくはないけど、八〇歳になっときいくら持っているのかわからないからな。それにしても、あの子とつきあっておけばよかったとか、いまごろ考えたって……。あのとき、ヘビメタ騒音が鳴ってなかったら、本当にすべてが違っていたんだけどな。

ヘビメタ騒音なしでやりなおしたい。



ヘビメタ騒音で内面がボロボロでどうしてもつきあえなかった。もうその当時で八年間ヘビメタが毎日続いていた状態だからなぁ~~。

俺がまるまるまる。

もう、俺がまるまるまる。

俺は、緊急連絡先がないし、保証人もいないので、老人ホームも入院もむりだ。




さみしいなぁ。ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音ヘビメタ騒音。ヘビメタ騒音がなければ……。ヘビメタ騒音がなければ……。ヘビメタ騒音がなければ……。こんなことになってない。

毎日、午後一一時一一分ぐらいまでやられて、本当にまるまるしたいほど、くるしかった。毎日がそれだ。本当にくるしかった。なんの希望もない。気違いヘビメタが鳴りやむことが必要だった。まっさきに。



2019年2月18日月曜日

これが、パソコンだっていろいろとあってできなかったんだよ


まあ、それでも本当に、「むかしの方がましだった」と思うことがある。パソコンをいじっていて楽しいという感じはむかしの方があった。そのむかしの「楽しさ」だって、ヘビメタ騒音でよごれた楽しさだ。半分ぐらい、やる気がなくなった楽しさだ。本当にちゃんと、ヘビメタ騒音なしですごして、それで、自分が興味を持ったことをやっている場合とは違う。ぜんぜん違う。半分ぐらいと書いたけど、それは、やられたあとの半分で、もともとの半分じゃない。もともとは、一〇〇倍ぐらい楽しかった……はずだ。これが、パソコンだっていろいろとあってできなかったんだよ。どれだけ俺の足を引っぱっているか? ヘビメタ騒音なしで、気違い兄貴が静かにしていたら、対ヘビメタ騒音のためのステレオを買う必要がなく、その金をパソコンにまわすことができたんだ。そうすれば、かなり早い時期から、かなり早い時代からプログラマーとして働けた。ヘビメタ騒音のなかで手に入らないパソコンのことを考えすぎた。

2019年2月17日日曜日

だれだってあれだけやられればこうなるんだよ


いくつかの作業を完了した。
が、しかし、まだまだ続くのだ。
ど根性ガエルと金八先生を借りたので、見るつもりだ。
しかし、時間がたつのが早い。
あとは、なんていうのかな? ヘビメタ騒音でボロボロだ。これを書くと本当に人がいなくなるんだけど、しかたがない。

また、レスタミンを飲んで寝よう。
やっぱり、時間がずれている。たとえば、四〇時間ぐらい眠れずに起きたあと、時間のズレがとまればよいのだけど、そうではないんだよな。もとのリズムが強い。もとのリズムが一時間一〇分ずつずれるリズムだからこまる。これも、ヘビメタ騒音でそうなったのに、他の人はわかってくれない。だれだってあれだけやられればこうなるんだよ。

2019年2月16日土曜日

言って静かになるなら、苦労してない


やっぱり、きびしいな。これから先どうするか?
これ、本当に……。本当にヘビメタ騒音で人生がない。ヘビメタ騒音という特殊事情があんまり理解されないんだよな。くるしい。俺が深刻な睡眠障害とポストトラウマティックストレスディスオーダー(心的外傷後ストレス障害)でくるしんでいるというのは、あんまり理解されない。「そんなの、言えば静かにしてくれるのだから、言えばいいだろ」みたいな反応をするやつもいっぱいいる。言って静かになるなら、苦労してない。睡眠障害にも心的外傷後ストレス障害にもなってない。気違い兄貴の性格について言っても「俺なら静かにさせることができた」とそういう人は思うわけで、静かにさせることができなかったエイリさんが悪いということになる。自己責任!自己責任!!

もう、いいよ。もう、いい。こいつら本当に、気違い兄貴のことがわかってない。気違い兄貴を静かにできるなら、すべての総合失調症患者の妄想を修正することができるので、そいつが医者になって全国をまわればいい。気違い兄貴はそういうレベルだ。何度も言うけど、兄貴は無意識に問題があるタイプだと思う。けど、妄想的な現実認知がある。あんだけでかい音で鳴らしているのに「こんなのたいした音じゃない。フォークギターや三味線とおなじレベルの音だ」と思っているのだから、妄想的な現実認知だ。

   *   *   *

つまんない。いま、午後一一時四七分。気違いヘビメタが終わって約三六分か。三六分じゃどうにもならない。頭が、モヤモヤしている状態だ。この状態が、人生の中でずっと続くとは……。あーー。

本当につまんない。どうしても、ヘビメタ騒音なしで人生をやりなおしたい。他の人にとってはヘビメタ騒音なんてどうでもいいことであるわけだからな。だから、そういう感覚で、「むかしのことは忘れましょう」などと、けっこう、くだらないことを言う。これがどれだけ俺の身になって考えてない発言か、わからないのかね?

もう、いいよ。こんなやつら。


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意地の張り合いになったら、どうなる?

正直言って、いろいろと限界なんだよ。これもう、ずっと、ヘビメタ騒音が鳴り始めたときから、限界だった。くるしかった。もう、俺の人生は、ヘビメタ騒音だけでおしまいだ。どれだけ、ヘビメタ騒音が鳴っている中でがんばってもだめだった。どれだけ、ヘビメタ騒音を一五年間浴びたあとがんばってもだめだった。陸続きでずっとくるしい。リクツヅキ。リクツヅキ。
夜になると、ヘビメタ騒音で眠れなかったときの状態が復活してしまう。もっとも、それは、昼型のときだ。もう、四〇時間以上起きているときが頻繁にあって、睡眠相はめちゃくちゃ。ある一定の時間に起きなければならないということになると、もう、眠れなくなる。ずっと眠れないまま朝になってしまう。そして、「行かなければならない」から、行くけど……もう、ふらふらで頭が働かない。そういうときに、わりとめんどうなことを訊かれたりする。あーめんどう。俺が空想したことが現実になってない。そもそも、ヘビメタがなければ普通に楽しめたことだ。空想しなくても、現実世界のなかで現実化できたことだ。そういう「ゆめ」だ。あー、それなのに……。この、現実のみじめな状態はなんだ? 姿と書きたかったけど、それだと、やばい気持ちになるので、状態と書いたけど、姿だ。この、現実のみじめな姿はなんだ?

これも俺の選択だというのか? ヘビメタ騒音は、俺の選択じゃない。ヘビメタ騒音は気違いが気違い的な意地でやったことだ。殺さなければ、とめることができない。だいたい、気違い的な意地でやっているほうは、たいしたことをやっているつもりがないのだから。そして、「やめろ」という意味のことを言われると真っ赤になって怒ってやるわけだから……。これ、親父とおなじなんだよ。どれだけ困るか。本人は、シランプリ。やってないつもり。ちょっとでもゆずってやったら、全部ゆずってやったと恩着せがましい態度でやりきる。「やったってやってない」のである。「ちょっとでもゆずってやったら」と書いたけど、本当はまったくゆずってない。けど、気違い感覚だと、ゆずってやったということになる。
まあ、こう書くと、「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを言う人が出てくる。で、気違いヘビメタを、気違い兄貴が、気違い的な態度で鳴らさなければ……あしかけ一五年間も毎日毎日……午後一一時一一分ぐらいまで鳴らさなければ……そんなことにはなってないのである。つまり、もし鳴ってなかったら……気違い兄貴が気違い兄貴ではなく、こだわりの音でこだわりつくして鳴らさなかったら……毎日、鳴らす時間はヘッドホンをしてくれたら……「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを、言われなくてすんだ。「それでも、自分で選んだことなんだ」というようなことを言う人は、けっきょく、正常な家族に囲まれて生きてきた人なのである。異常な家族に囲まれて生きてきた人は、絶対にそんなことは言わない。絶対に、他人に対してそんなことはいわない。要するに、正常な家族に囲まれて生きてきた「あまちゃん」だから、そういうキレイゴトを他の人に押しつけることができるわけ。実際の気違い家の状態なんてわかるわけがない。どんな意地でやっているかわかるはずがない。一分でも静かにさせようとしたら……本当に静かにさせようとしたら……殺さなければならない。殺す以外ない……そういう意地で鳴らしている。これがわからない。常識的な人にはわからない。気違い的な家族に囲まれて生きてきた人じゃないとわからない。どんだけの意地が投入されているか? 殺人相当の意地が投入されているんだよ。気違い兄貴は、殺人相当の意地ででヘビメタを鳴らしてきたんだよ。殺されなければ絶対にやめないという意地でやってきたんだよ。意地の張り合いになったら、どうなる? 気違いが、全身全霊の意地をこめてやっていたらどうなる? 殺さなきゃやめさせることができない……。これがあたりまえ。これが、気違い家の常識。あたりまえのこと。こんなの、わかるわけがないだろ。普通の人に囲まれて生きてきたやつがわかるわけがないだろ。そいつらは本当は守られている。本当は守られている。それがわかってないだけ。


2019年2月15日金曜日

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けど、そうじゃないんだ!! 


自分の用と他の人関係の用がある。
あーあ。つかれたなぁ。ヘビメタ騒音のことをどれだけ言っても他の人にはあんまりつたわらないしなぁ。いまだに、ひどい睡眠障害があって、日時を決められると、手短に言って眠れなくなるから、しんどい。起きたまま、動かなければならなくなる。前の日から眠れずに起きたまま、次の日の行動をしなければならなくなる。当然、そうなると不注意ミスなどが多発する恐れがある。眠れないまま次の日の行動をしているわけで、きつい。全体的にきつい。不注意ミスが発生すると、それの尻ぬぐいを、やっぱり、寝てないからだでやらなければならなくなるし、あたかも、全体的な能力がだめな人であるように思われるわけだ。あるいは、注意欠陥系の発達障害者だと思われるわけだ。俺は、睡眠関係で、表面上そう見えるだけで、睡眠がうまくいっていれば、ミスはしない。で、どうして、眠れないからだになったかというと、ヘビメタ騒音なのだ。あれの数千日の繰り返しでそうなった。だれでも、そうなる。つねに!!!ピンチなんだから。数千日、連続してピンチなんだから。数千日、連続して、日時を決められているわけだけど、ヘビメタ騒音で、日時を決められると、行動ができないという問題がある。要するに、ヘビメタ騒音で、眠れない状態のまま朝になるというようなことが続くと、緊張状態が発生するのである。その緊張状態というのは、「眠れないのではないか」とか「眠れないまま行って、失敗してしまうのではないか」というような不安がもたらす緊張状態だ。ヘビメタ騒音がなければ、決まった時間に毎日学校に行くということは、たいしてたいへんなことではない。そりゃ、眠たい朝もあるけれど、その「にちじょうせいかつじょう」の眠たい朝と、ヘビメタ騒音に数千日たたられて、すでに、負債がつもっているときの眠れない朝は、違う!! 質がまったくちがうんだよ。程度がまったく違うんだよ。けど、数千日、ヘビメタ騒音に午後一一時一一分まで「たたられてない」人はその違いがわからない。自分の!普通の「にちじょうせいかつじょう」の眠たい朝とヘビメタ騒音がつもった場合の眠れない朝がおなじものだと思ってしまう。同じような程度のものだと思ってしまう。けど、違う。違うけど、ヘビメタ騒音が数千日つもってない人は、基本的には、絶対にそれがわからない。経験しないとわからないことだから……自分のからだの感じとしてわからないことだから……経験してない以上、わからない。想像したって、わからない「眠たい朝」なのだ。前の日緊張状態ですごしたため、一睡もできないような次の日の朝なのだ。これは、本当に意見した人じゃないとわからない。ヘビメタ騒音の影響がおさまるのは、だいたい午前四時ぐらいなので、午前四時ぐらいに眠れなかったら、そのまま次の日も眠れずに学校に行ったわけだし、眠れた場合でも、ヘビメタ騒音がはじまる前のようには、眠ってないんだよ。これが、わからない。騒音が午後一一時一一分〇秒に鳴り終われば、午後一一時一一分一秒には鳴ってないわけで、騒音が鳴ってないのに、眠れないというのはおかしい……と考えるやつがいる。けど、そうじゃないんだ!! 

2019年2月13日水曜日

そして、精神もからだもこわれた。


やっぱり、ヘビメタ騒音で人生がない。どうしてもくるしい。どうしても……。どうして、くるしい。どうしてもヘビメタ騒音でくるしい。いま、午後五時一七分。気違いヘビメタが鳴っていた時間だ。どれだけ言っても、やめてくれなかった。どれだけ言ってもヘッドホンをしてくれなかった。一秒ずつ、ずっと、ヘビメタ騒音で時間を取られる。一ピコ秒ずつ、ずっとずっと、連続的に継続的に時間を取られる。どうしても、とられる。鳴らされていて、自由だということはない。鳴らされていて、鳴らされていないようにすごすということはできない。鳴らされていながらも、鳴らされていないような気持ちでいろいろなことをやっても、騒音に追い立てられている状態で、くるしい。

なんて言うのかな? ヘビメタ騒音連続しているんだよね。ピークとピークのあいだに、数十、数百のピークがあるという感じで、普通の状態ではいれない。ヘビメタ騒音が鳴っている中で、美術の宿題をやったことがあるけど、くるしかったな。彫刻刀を動かすあいだに、数千のヘビメタ騒音の邪魔が入る。数千のピークの音を持つヘビメタ騒音の邪魔が入る。その邪魔が、本当に邪魔で、腹が立って腹が立ってしかたがない。で、腹が立つというのも、ピークがいくつもいくつもつながっているような状態で腹が立っているわけで、くるしい。

だれに言ってもわからないけど、あの空間のなかでヘビメタ騒音を無視するということはできなかった。おれは、ヘビメタを浴び続けた。そして、精神もからだもこわれた。

いまでも、くるしい。

2019年2月12日火曜日

「ならない」って何回こたえたと思っているんだよ?

前略
この気分はなんだ? ヘビメタ騒音で人生がない。本当にヘビメタ騒音で人生がない。いまさら謝罪されても、ヘビメタ騒音で人生がない。
本当に、自分が通っていた小学校の前やうしろの道を通ると、死にたい気分に駆られるなぁ。それから、俺は、たとえ、二日後でも、時間を指定されたら、だめだ。この気分! これ、また眠れなくなっちゃうよ。で、眠れないまま、行くのか? ヘビメタ騒音期間中に受けにいった入試のように。入学試験のように。いまでも、入学試験場の看板を見ると、胸がきゅんとなる。悪い意味できゅんとなる。きゅーーーっとなる。くるしくなる。ヘビメタ騒音にたたられながら入学試験を受けていた、自分の姿が思い浮かぶ。その時の気分がそのまま復活してしまう。「ヘビメタ騒音?なにそれ?」と言うような人たちには絶対にわからない気分だ。わからないほうがいいと思うけど。ともかく、俺は自分がサボってこうなったわけじゃない。ヘビメタ騒音のなかで最大限の努力をした。しかし、「ヘビメタ騒音?なにそれ?」と言うような人たちは、俺がサボってこうなったと思うのだ。……すべてがすべて、こういう人生だった。もちろん、「すべてがすべて」というのは、正確にはイ・ラショナルシンキングの産物だ。しかし、「すべてがすべて」と言ってしまいたくなるほど、いろいろなことが発生したのである。ヘビメタ騒音に毎日、午後一一時一一分頃までずっとたたられている生活のなかで、いろいろなことが発生した。そして、一五年間たって、それが終わったあとも、ぼくの人生は、ヘビメタ騒音でまるくずれなのである。すべての時間、辛抱なのである。すべての時間、無理をしているのである。本当はもう、ヘビメタ騒音で崩壊しそうな気持ちかを抱えて、表面的には目の前の問題を解決しようとしてきたのである。本当は破裂しそうな気持ちを抱えながら、表面的にはなんでもないようなふりをして、がんばってきたのである。その結果が、長年の無職(当時)なのである。人に誇れない経歴なのである。(いまも普通の仕事はできない。普通の人間付き合いができない)(睡眠障害とPTSDのため)はっきり言えば、だれといても、ヘビメタ騒音のことで憂鬱で憂鬱で()気分だ。表面上取り繕ってあわせているだけだ。中身は、だれといてもヘビメタ騒音でズタボロ。)

すべてがくるしい。どれだけがんばってもヘビメタでダメだった。本当に一日の気分全体に影響を及ぼす、悪い騒音で、つねにくたくただった。死にそうだった。つねに、こころが破けた状態なのである。恋愛もクソもない。友情だって壊れてしまった。これ、そんなのは(ヘビメタ騒音とは関係がない)と思う人がいるかもしれないけど、やられればわかる。事実そうなのである。そうならざるを得ないのである。どれだけもがいても、どれだけがんばっても、そうならざるを得ない。これが、ぼくと同じような経験をした人じゃないとわからない。ぼくと同じような経験をした人は……兄貴の(ヘビメタ騒音にかける)異常さから言って……この世にひとりだけだから……ぼくの言っていることが本当にわかる人がいないということになる。(ぼく以外にいないということになる)。
事情をよく知っている友達にすら「どうにかならない?」って言われるんだからな。「ならない」って何回こたえたと思っているんだよ? 何回?? 何回?? 何年間も毎日、何回こたえたと思っているんだよ? 「ならない」って言っているだろ。

後略

2019年2月11日月曜日

常識人は勘違いをして、間違った前提に立って間違ったことを言うことになる

つかれた。ヘビメタでつかれた。どうして俺だけこんなハンディがあるんだ。こんなにもバカらしく、こんなにも大きなハンディがあるんだ?

他の人は、俺の話を聴いても「それほど大きなハンディ」には思えないだろう。けど、本当にずっとやられてみろ。一日に六時間四五分やられて見ろ。一日に六時間四五分でも、ものすごいことだ。

これ、本当に、他の時間まで、どうすることもできない影響を受ける。毒をうたれて、気にしないようにすると毒の効果がないとか、そういうレベルの話しだ。気にしないようにすればいいというのは、そういうレベルの話しだ。

けど、そういうレベルの話をしているとは、思わないだろ。

そういう意見・感想を言う人は、毒と騒音は違うのだから、毒のように影響を受ける必要はないと考えているわけだろ。

けど、違うんだよ。毒のように影響を受ける。それは、毎日毎日、積み重なるから、毒としての効果が発揮されてしまうのである。

この毒は、他の人には言いがたい毒だ。他の人はこの毒がどういう毒なのか、けいけんてきにわかってないから、実は!勝手なことを言う。ものすごく少なく見積もる。ものすごく少なく、毒の効果を見積もる。

そして、俺をバカにする。

さらに、気違いヘビメタを鳴らしている張本人の特性!……人格!性格!無意識!!がわからないから、俺がヘンな人にみえるのである。

これは、兄貴が使えないハンダゴテを持っていたときとおなじだ。使えないハンダゴテだということは、兄貴はわかっていた。

けど、気違い親父がわからなかった。で、これは、兄貴の説明のよしあしとは関係がないのである。この説明するの「ほう」の説明のしかたとは関係がなく、最初から「理解しない」ことに決まっているのである。

で、兄貴もそういうところがあった。親父とおなじように、ヘビメタに関しては、一切合切最初から理解しないのである。どれだけデカイ音で鳴らしても、デカイ音で鳴らしているということを理解しない。どれだけ俺が困ると言っても、俺が困るということを、絶対の意地で理解しない。

理解しないのであれば、「やったってやってない」ということが成り立ってしまう。これだって、ここを長く読んでいる人はわかるけど、普通の人が俺の話を一回だけ聴いて理解できることではない。常識的なバイアスがかかっている人には理解できない。

「そんなのは、言えばいいのにいわないからだめなんだ」「俺だったらちゃんと説明できる(ちゃんと説明してくれればやめてくれるはずだ)」「エイリさんがちゃんと説明しなかったから、お兄さんがわからなかったんだ」と思ってしまう。ぜんぜん違うのにね。バカだね。けど、そういうバカな人が、一般的な人で、常識的な人なのだ。だから!困る。

俺がヘビメタ騒音にこだわっているように思えるかもしれないけど、あしかけ一五年間、新距離で毎日、午後一一時までヘビメタが鳴っている状態を経験すれば、かならずしも、俺がこだわっているわけではないということがわかる。

はっきり言えば、俺とおなじことをされれば、常識的な人だって、ヘビメタ騒音(という出来事)にこだわるようになる。ヘビメタ騒音という過去の出来事に、こだわるようになる。

その場合、こだわりたくてこだわっているというわけではないのである。

むしろ、気違い兄貴がヘビメタにこだわってこだわってこだわってこだわって、自分が思ったとおりのデカイ音で鳴らすということにこだわってこだわってこだわって、鳴らした。こだわっているのは……あるいは、こだわっていたのは気違い兄貴の方なのである。

で、そのこだわり方が、常識人にはわからない。だから、常識人は勘違いをして、間違った前提に立って間違ったことを言うことになる。それは、ぼくに関する間違ったこと、あるいは、間違った思いこみなのであるから、ぼくとは無関係ということではない。

これも、「気にしなければいい」ということになるのだけど、「気にしなければいい」ですむことかね? すまないんじゃないかな。どうしてこういうことがわからないんだ?? 自分の身の上にしょうじたらということを考えることができないし、自分の身の上にしょうじたらということを考えても、「自分がいえば兄貴はしずかにしてくれるはずだ」というようなあまい前提に立ってものごとを考えてしまうのである。おまえが言ったって、静かにしてくれないよ。おまえが「家」の人間ならな。おまえが「うち」の人間で、気違い兄貴の「兄弟」ならな。

ぼくはヘビメタ騒音の日々を繰り返している。どこに行っても、気違いヘビメタ騒音の雰囲気がする。

2019年2月10日日曜日

うーーわーー、この雰囲気

まじひくわーー



うーーわーー、この雰囲気

うーーわーーー。



今日も雑用をこなした。

あーーあ。けど、気分が重い。

本当にひとり暮らしをしている四〇代、五〇代、六〇代、七〇代の独身男性ってどういう気持ちで乗りきっているんだろう。まあ、俺はヘビメタ騒音でいろいろあって他人と切れているから、特別なんだろうけど。



生きていて、不安にならないのかね?

「だから、全部ではない」「だから、イ・ラショナルだ」


しかし、今日、一日どうするか?
まず、ツメを切った。


なんだかんだ言って俺の人生がない。
やっぱり、これはきつい。どうして、一一歳の時、ヘビメタ騒音がはじまってしまったんだ。ヘビメタ騒音がはじまって依頼、ずっとくるしい。どうして、くるしい。どれだけ、かまわないように暮らしていても、どれだけかまわないように見せていても、やっぱりつらい。どうしてもつらい。全部がつらい。はいはい。「全部」というのは、イ・ラショナルシンキングですね。けど、長年やられまくってつもりまくると「全部」と言っていいほど「全部が全部」くるしくなる。どうして、そういうことを無視するんだ。じゃあ、「全部」とは言わずに「全部と行っていいほど」くるしくなると言おう。どんだけのことがわかるんだよ? 実際に一一歳から俺とおなじぶんだけヘビメタ騒音を経験してない人にどれだけのことがわかるんだよ? その人が無視している部分の方が大きい。「そんなんじゃない」のである。ひとことで言えば「そんなんじゃない」のである。「全部」ではないからイ・ラショナルシンキングだという言い方ははっきり言って、頭にくる。たとえば、一五年間毎日、気違いヘビメタ騒音を聞かされたとする。けど、実際には、一五年間のうち一日だけ、ヘビメタ騒音を聞かされなかった日があるとする。「だから、全部ではない」「だから、イ・ラショナルだ」というのは、肝心なことを否定している。それなら、一五年マイナス一日、毎日ヘビメタ騒音やられたと言い直すけど、言い直したとしても、言っていることはかわらない。ぼくが言いたいことはかわらない。全部ではないにしろ、ぼくが言いたいことは、かわらないのである。「全部ではない」ということをぼくが認めた場合、それで、ぼくの気持ちが少しでも楽になるかというとそうではないのである。「全部ではない」ということが正しいにしろ!「全部ではないのだから、(こっちが)言っていることは一切合切信憑性がない」とか、「全部ではないのだから、(こっちが)言っていることはたいして意味がない」とか「全部ではないのだから、(こっちが)間違った前提に立った間違った結論を述べている」とは言えないのである。言っていることがわかるかな? むしろ、全部ではないという前提を壊しただけで、相手が言っていることを無視するとか、相手が言っていることが(相手にとって)意味がないことだというふうにとらえてしまうということのほうが、問題がある……と言えば……ある。

これ、本当やられた人じゃないとわからない。どれだけつもるか。どれだけ、ズタボロ状態を強制されるか、どれだけ、他の人からバカにされるか。どれだけ、他の人からわかったようなことを言われるか……。つまり、どれだけ他の人から、わかったような説教されなければならなくなるか? ヘビメタ騒音がなければ、こんーーなことは、(ひとに)言われないですんだというのが、たくさんある。で、そういうことの一つ一つの経験は、「できない状態」であれば、マイナスの経験でしかないのである。プラスになったりしない。プラスの経験になったりしない。けど、それも、気違い的なキレイゴトにこだわるなら「プラスの経験にできないのはその人の問題だ」ということになってしまうのである。「その人の問題」というのを、「その人の受けとめ方の問題」とか「受けとめ方の問題」と言い換えれば、認知療法になじみのある人はわかるだろう。否定するかもしれないけど、これがどれだけ、現実を無視したキレイゴトの上に成り立っているのかわからないのか? そういうことだから、認知がゆがんでないにもかかわらず、くるしんでいる人をくるしめるんだよ。たとえば、ただちょっとおされただけなのに、強くなぐられたと思ってしまう人にはたしかに認知のゆがみがある。しかし、強くなぐられた人が強くなぐられたと認知した場合、そこには認知のゆがみはない……と考えるべきなのである。強くなぐられた人が、受けとめ方の問題で、なぐられたって痛くないとか、強くなぐられたように感じたけど、実はたいして強くなぐられてないと(あとから認知をむりやりかえるなら)それは、そっちのほうが問題なのである。わかるかな? それは、それで現実を受け入れてないということになってしまうのである。
強くなぐられたのに「弱くななぐられただけだ」と思い込むのは、やはり、思いこみが終了した時点で、認知がゆがんでいると言えるのである。逆に!認知がゆがんでしまう。キレイゴトよりの認知修正(のこころみ)は、現実を正しく認知している人の気持ちを傷つつける。認知療法の影響を受けた人は他人にも、キレイゴトよりの認知修正をおしつけてくる。しかし、本当にわりと正確に現実を認知している場合がある。ようするに、現実とその人の現実認知にそれほど開きがない場合がある。そういう場合は、認知療法的な説得というのは、意味がないと言うよりも、その人を傷つける。その人というのは、説得される方の人だ。

現実を正しく認知しているのかどうかということを考えるには、主観と客観の問題を考えなければならなくなる。それに関しては、いままでずっと、このサイトで書いてきた。

2019年2月8日金曜日

根本のところでこわれちゃったんだな。

やっぱり、暗い。ヘビメタ騒音で人生がない。うまいものを食っても、空虚なだけだ。あらゆるものを楽しめない。どうしても、鬱だ。俺の方がまるまるしちゃうよ。俺の方が。

本当にあれ以降、どれだけがんばっても、どれだけあがいても、ボロボロに暗いんだよ。ボロボロに暗い気持ちをおさえて、明るく振る舞っていた中高時代……。もう、あのときにこころがこわれた。根本のところでこわれちゃったんだな。

いかさま言霊主義、いかさま認知療法じゃどうにもならない。違うから……。根本が違うんだよ……根本が。だいたい、言霊主義的な助言をする人や、認知療法的な助言をする人は、ヘビメタ騒音毎日ずっと経験してない。毎日って言ったら毎日なんだよ。土日は休みとかそういうことはない。土日に増えてしまう。これがきつい。今朝も書いたんだけどさ。公開してないけど……。

ともかく、きついなぁ。これ、どこからどうはじめてよいのかわからない。本当にヘビメタ騒音「で」人間関係が切れた。これ、本当にヘビメタ騒音「で」なんだよね。これの意味がわからない。他の人はこれの意味が根本のところでわからない。俺が言っているだけに聞こえるのだろう。だいたい、他人事は他人事だから。そりゃ、俺だって他の人の根深い問題、根深い障害にいつも理解を示すとは限らない。

それにしても、自然に病気になった……のではなくて、ヘビメタ騒音が原因で病気になったのである。広い意味で病気ね。睡眠障害や心的外傷後ストレス障害、鬱病を含む。鬱病は狭い意味では「病気」じゃない。あれは、気分障害だ。

認知療法は、特に危機介入の必要性がない内因性の鬱病患者にだけ効果的な療法


俺はどうしたらいいんだ? 「あーー、もうつかれた」と深くため息をつくのでした。「あーー、もうつかれた」と深くため息をつくのでした。

限界なんだよな。限界。けど、どうしていいかわからない。

どうしても、ヘビメタ騒音でくるしい。

この雰囲気はなんだ? この雰囲気!

気違い兄貴は、あんなことをやって、普通に結婚して生きているんだからな。こんなのあるか?

まあ、兄貴の嫁さんが普通の人で助かっているわけだけど……。あれで、兄貴の嫁さんが気違いだったら、困るぞ。

あーあ。けど、わかってないところがあるなぁ。あの人も。

ともかく、つかれたな。

不安なんだよなぁ。

こんな人生はない。

不安だ。ヘビメタ騒音で不安だ。

今後のことが、まったくわからない。

このまま、俺もここで歳をとって死ぬのか?

しかも、ヘビメタ騒音以降まったく楽しいことがないまま、楽しい気持ちになれないまま死ぬのか? どうしても、ヘビメタ騒音以降、楽しめない。どーしても、楽しめない。認知療法やスピリチュアリズムは本当に、きれいごと。そーーんなことじゃないから、困っているんだろ。そうじゃないから、困っている。どうも認知療法が対象にしているのは、内因性の鬱病患者だけであるように感じる。けど、認知療法家が書いた一般啓蒙書が、「すべてにおいてそうだ」ということを他の人に吹き込んでいるような気がする。認知療法は、特に危機介入の必要性がない内因性の鬱病患者にだけ効果的な療法だと思う。実際、双極性感情障害である(いわゆる)躁鬱病には、効かない。へんなふうに影響を与えてしまう。ともかく、認知療法家が言うようなことを真実だと思って、すべての患者やすべての出来事に適応してしまう人が増えるのは、迷惑だ! 迷惑だ。認知療法家のカウンセリングを受けたもと鬱病患者が、「これは、すべての現象に応用できるすごい考え方だ」とか「認知療法的な考え方は、すべてにおいて正しい」と思って、他の鬱病患者にへんな説教をはじめると迷惑なんだよ。その人にとってはよかったことなのだろうけど、他の人は違う理由で鬱病になったり悩んでいたりするのだから、違う。けど、これが、もと鬱病患者だけの責任かというとそうじゃないんだよな。もと鬱病患者は認知療法家の理論を「誤解」しているわけではないのだから。ここらへん、きついよな。



ともかく、俺の場合、ヘビメタ騒音が長すぎる。ヘビメタ騒音期間が長すぎる。ヘビメタ騒音が毎日一週間だけ続いたことであるならば、俺だってこんなに影響を受けてない。一ヶ月でも、三ヶ月でも、影響を受けてない。そういう場合は、認知療法のようなプラグマティズみたいなポジティブな考え方がよい影響を与えるのかもしれない。しかし、一一歳から二五歳までの一五年間は長すぎる。影響を与えないわけ、ないだろ。こういう期間の長さを無視して(人体に影響を与える期間の長さを無視して)……全部一緒だと考えてしまうのが、認知療法のようなプラグマティズみたいなポジティブな考え方だ。





ちなみに

プラグマティズみたいなポジティブな考え方は、自分は負け犬になるのは絶対にいやだというものすごい気持ちがあるんだよ。これが、強迫神経症的な不安をもたらす絶対の感覚で、どんなことをしても負け犬になってはいけないという強迫的な観念にとりつかれている。「どんなきたない手を使っても、勝たなければしかたがない。社会的な弱者が言っていることは、すべて負け犬の当吠えだ。自分は絶対にそんなものになってはいけない(勝ち続けなければならない)」という価値感が彼らには成り立っている。どんなきたない手を使っても……というのは、普段はオブラートにくるまれて直接言及されることはないけど、戦いになったら、普通にそうするのが彼らだ。(もちろん、どんなきたない手を使っても勝てればいいいということは言わないけど……。こころのなかは、既にそうなっているんだよ。だから、そうする。そういう価値観に基づいて実際に行動をする。

やる気の問題というのがあって、やる気がないんだよ


つかれた。午後八時ぐらいから眠ったのはたしか。さっき起きた。午前一時ぐらいか。五時間ぐらい眠ったのか。けど、たりないなぁ。なんか喉がかわいて起きた。つかれた。
やる気の問題というのがあって、やる気がないんだよ。
これからまた、横になる。
だるいのがとれればいいけど……。だるい。
不安な気持ちで横になるというのはまずい。
まずいのだが……。もう、ちょっと限界。
だれもわかってくれないなぁ。

2019年2月7日木曜日

やっぱり、つかれた。


あー、本当につかれた。からだが重い。
ちょっと横になるわぁ~~あああ。
本当につかれた。

俺、つかれた。
やっぱり、つかれた。あのあと、肉を焼いて食べたり、トマトを切って食べたりした。まあ、いつもよりバランスがとれた食事だと思う。
けど、つかれた。それから、これからの見通しが……。どうしても、暗い気分なんだよ。ヘビメタ騒音以降、ずっと暗い気分だ。この不安はない。本当に鳴ってるあいだも、鳴り終わったあともくるしかった。午後一一時一一分までドカスカ鳴っていたあと、眠れずに朝になって、動いているのがつらかった。眠れずに朝になって、しかたがなく、入学試験会場にモヤモヤした頭で向かったのが、昨日のようだ。「なんとか高校試験会場」「なんとか大学試験会場」みたいな看板を見ると、やばい。

どうしてもつらいんだよな。本当に浦島太郎。まだ、静かなとき「鳴るんじゃないか」という不安がパッと浮かぶ。とてもくるしい。生きていること自体が地獄。騒音のおり。夜コンビニに向かって歩いているとき、ぼくがどういう気分で歩いていると思っているんだ? 気違い兄貴!! おまえの騒音にやられて死にそうな気分で歩いているんだよ。不安がいっぱい。これからの人生について不安がいっぱい。不安の根元が気違い兄貴のヘビメタ騒音なんだよ。ヘビメタ騒音の連続なんだよ。毎日、どれだけ言っても、へんな顔をしてエレキギターを弾き続ける気違い兄貴……あんなやつにやられて、まったくうまくいかない……うまくいかない生活。将来のことが気になる……。日常の失敗が積み重なる。どれだけ言っても、気違い親父のように鬼になって、鳴らしてたな。あれ、ゆずっているつもりだったの? たいしてデカイ音で慣らしているつもりがなかったの? そういうことだから、困るんだろ!! どれだけ言っても、親父のように無視して、親父のようにわからない。本人はまったくわからないから、やったってやってないのとおなじなんだよ。主観的には。兄貴も親父も。けど、兄貴の方がひどかったな。兄貴の方が、何兆倍、何京倍もでかい影響を与えた。あいつは、親父だけなんだからな。俺は親父と兄貴だ。特に、兄貴の騒音はこたえた。まるまるたいほど困った。どうにもならない。当時もどうにもならなかったけど、いまもどうにもならない。普通に働けないからだで、恥をかくのは俺なんだぞ。

ヘビメタ騒音「で」人づきあいがとげとげしいものになった。どうしてそうなるかというと、日本では働けるように見えるのに、働いてないやつは、犯罪者とおなじだからだ。どんだけ人に誤解されてつらい思いをしてきたか。しかも、近づきたくないこわい犯罪者じゃなくて、説得したくなる弱くてダメな犯罪者なのである。

その認知療法家は、間違った思いこみにとらわれている


なんか、午前五時ぐらいは、きりもやがかかっていて、雨が降りそうな雰囲気だったんだけど、午前七時になったら、晴れてきた。
部屋が明るい。明るい部屋は、気違いヘビメタの朝の雰囲気なんだよ。しぬ~~。

カーテンを閉めて、横になろうかな。カーテンを閉めても、遮光カーテンじゃないから、当然明るい。(遮光カーテンと言っても、遮光の度合いがあるから、遮光カーテンなら、真っ暗になるということを言っているのではない。)

まあ、カーテンを閉めても、部屋は、夜よりもずっと明るいということを言いたいわけ。で、まあ、昼間の!カーテンを閉めた部屋の雰囲気が独特なんだよね。

まあ、こーからだが重くて、動くのがしんどい。ヘビメタ騒音にやられて、寝て起きたときの状態だ。これがずっと、続いているんだよな。裂け目なく、陸続きで。

だから、「過去のことじゃない」と言っているのけど、他の人には過去のことのように思えるんだろうな。これは、毒のところでも説明したけど、過去、毒を摂取したということが、現在に影響を与えることがある。

そういう場合は、過去のことは過去のことだから、現在の自分のからだに影響を与えないということは成り立たない。それ自体が過去のことであろうが……つまり、過去の出来事であったとしても、影響が「現在」におよぶ場合がある。

どうして、過去のことだと、影響が「過去」に限られると考えてしまうのか? もちろん、そういう「出来事」はある。そういう過去の出来事はある。

しかし、「すべて」ではない。

過去の出来事なら、影響の範囲が過去の一定の時間内に限定されるというのは、間違った思いこみだ。ある認知療法家が、過去のことは現在に影響を与えないと考えるのであれば、もちろん、その認知療法家は、間違った思いこみをしているということになる。

すべてではないというのがわかってない。いきすぎた一般化だ。すべての過去の出来事は、現在影響を与えないというわけではないのだ。過去の出来事を考える場合、現在に影響を与える過去の出来事と、現在に影響を与えない過去の出来事の二種類を考えるべきだ。

(注)「間違った思いこみ」と書いたけど、これは、すなわち、彼らの用語で(イ・ラショナル・ビリーフ)だ。

「昔のことは忘れて……」と言うけれど、いまのことなんだよね


公開しないかたちでいろいろと書いておこう。しかし、つかれた。もう、ぼくはいい。しかし、つかれた。つかれた。鏡を見たら、目の下が三角にくぼんでいるやつがいた。これはもう、若い女と恋愛する可能性はないな。あー。ぼくの人生……。あー、小さいときは親父にやられて、ちょっと大きくなったら、気違いヘビメタ騒音兄貴にやられて、いいことがない。ともかく、つかれた。つかれたなぁ。なんか、自分でも眠ったのかどうかわからない。考え事をしたまま起きていたのかな? 布団の中で……。ともかく、暗いな~~。人生、暗い。ヘビメタ騒音で「楽しい」という感情がなくなった。これだけでも、本当にでかいことなんだぞ。他人は、自己防衛で、「昔のことは忘れて……」と言うけれど、いまのことなんだよね。

2019年2月6日水曜日

睡眠、トライ、してみる。

睡眠、トライ、してみる。

たぶん、眠れない。



どれだけカネがあったって、どれだけ旅行に行ったって、ぼくのこころは暗い。これ、なんて言うのかな? そりゃ、楽しい旅行記の方が読む気になるよな。ヘビメタ騒音のせいで、あらゆる点で、「手負い」になる。


けど、事実そうだ。不可避的にそうだ


いろいろ、考えすぎて、だいぶおかしい状態になっている。考えすぎ。不確定因子が多すぎる。ひとつを固定して、いくつかのパターンについて考えたけど、それだけでも、頭がパンクする。しかし、どっちにしろ、なんて言うのかな? 俺はくるしい。ヘビメタ騒音以降、ずっと、俺の生活はくるしい。俺のこころは、へしおれてしまうほどくるしい。それなのに、気違い兄貴は、まったくなにもしてないつもりだからな。どんだけ……。
中略。……。くそ。公開できないな。

ともかく、ぼくの生活は……。ともかく、ぼくのこころがくるしい。ヘビメタ騒音以降、ヘビメタ騒音とヘビメタ騒音波及問題でくるしい。ヘビメタ騒音波及問題は、一般の人が、俺の話を聞いて考えるよりもずっとひろい。ひろくて、深い。俺の感じ方をどうしても、奥の方から規定してしまう。それは、走り続けると、息が上がるというようなことと等しい。ずっとずっと、走っているのに、息が上がらないなんてことはない。四三時間も起きていれば、どうしても、体の反応が鈍くなる。やる気がなくなる。重いからだをむりやり動かすということになる。けど、動けるけどね……。いちおう普通に動いていても、四三時間起きているときに走れば、いつもよりも、タイムが遅くなるはずだ。ヘビメタ騒音を浴びせられるというのは、不眠や走るというようなことよりも、ずっと大きく、不可避的に人体に影響を与える。それは、まのがれない。やられているのに、平気だなんてことはない。やられれば、つかれる。うるさい音で「発狂した」状態になる。ストレスに対抗するために、からだが、気張った状態になる。何時間も激しい音を鳴らされたあとは、その激しい音がやんだにもかかわらず、眠れなくなる……。

あとの時間もくるしい。ヘビメタを八時間浴びせられた、残りの一六時間もくるしい。ヘビメタを一四時間浴びせられたら、残りの一〇時間も泣きたくなるぐらいにくるしい。けど、他の人はそんなことはまったくわからない。言ったって、理解しない。本当にやられている人じゃないとわからない。「ちょっとしたこと」だと思ってしまう。ヘビメタ騒音が鳴ってない残りの時間がどれだけ破滅的で破綻した時間かわからない。けど、事実そうだ。不可避的にそうだ。

こんなのはおかしい。どうして俺だけこんなことになるんだ? どうして俺だけ気違い兄貴のハンディがあるんだ。ハンディのもとになっている張本人はまったくやっているつもりがないんだからな!! やっている最中も!! だから!!! 困るんだよ!!!! 困るんだよ!!!

緊急入院した人の、第一連絡先になる。俺は非二四時間睡眠覚醒症候群でとてもくるしい。「そんなのは、関係がない」と言われるが、無理なものは無理なんだよ。俺以外に第一連絡先になれる人間がいない。

「あたりまえの状態」が毎日毎日、何年間も何年間もなかった



しかし、気違い兄貴もくさっているよな。「ちょっと、うるさくしすきだか」だと??? 「ちょっと」……ふざけるな!!!! ふざけんな!!! ふざけんな!!!
本当に気違い兄貴の趣味のせいでおれの人生がない。はずかしい人生になってしまっただろ。ヘビメタを聞くのが趣味だとしても、気違いヘビメタを爆音で聞くことはないだろ。スピーカーで鳴らすことにこだわらずに、一日中、ヘッドホンをして聞けばいいだろ。それを、気違い兄貴がこだわってこだわってこだわって、一日中スピーカーで鳴らしたから俺の人生がないんだぞ。返せ!!!返せ!!!返せ!!!返せ!!! 俺じゃない人間は、ここのところがわからないんだよな。気違い兄貴のこだわりがわからない。気違い兄貴が実際にやったことが、いまいち、わからない。そして、気違い兄貴が実際にやったことが、人間個体に与える影響のデカさが、まったくわからない。俺が、そんなに気にしなくてもいいことを、気にしているように思う。あの生活が……そんなものであるはずがないだろ。どんだけズタボロか。どれだけ積み重なったか?
一日中ヘッドホンをして鳴らして、やっと、プラスもマイナスもない状態なんだよ。あたりまえの状態なんだよ。他の人の状態なんだよ。俺以外の人のあたりまえの状態なんだよ。その「あたりまえの状態」が毎日毎日、何年間も何年間もなかった。これが与える影響がどれだけデカイか、「なかった」人にはわからない。

2019年2月4日月曜日

そう信じたい

みかたをしてくれる人だってきっといる。そう信じたい。

2019年2月3日日曜日

ぼくはもう、しりましぇーーん

ぼくはもう、しりましぇーーん
どうにでもなーーれ
しらないよぉーーーだ

ぼくはもう、しりましぇーーんぼくはもう、しりましぇーーん

理想、現実、こえていけ~~

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。