2021年3月28日日曜日

家族による騒音で……生活自体が「おかされる」

起きた。起きたあと、お湯を飲んで、しばらく瞑想をしていた。といっても、いろいろと考えていた。まあ、瞑想じゃないか。瞑想じゃない。いろいろないやなシーンがうかんできた。ほんとうに、ちょっとしたことなんだけど「人間っていやだなぁ」と思わせることばかりうかんできた。複数個ある。全部、微妙なんだけど、俺がいやな思いをした。小さなことなんだけど、積み重なると、メンタルに影響をあたえる。

わるい人間というのがいるんだよな。

わるい人間がいる。

全部、めんどくさい。とくに、ヘビメタ騒音がはじまってから、いろいろなことを切羽詰まった状態でやっていたから、くるしい。くるしいと、「ほかのこと」がめんどうなことになる。「やりたくない」ことになる。

ヘビメタ騒音がはじまってから、普通の人が悪い人間の側に立つということになるから、やっかいだ。きちがい的な「家族」にやられた人じゃないとわからないと思う。きちがい的な家族が、つねに騒音を鳴らす状態でくらした人じゃないとわからないと思う。こういう状態だと、ヘビメタ騒音について言ったにしろ、言わなかったにしろ、「普通の人」が敵になる。わるい人間の側に立つようになる。長期騒音で……生活自体が「おかされる」。これが、わかってない。みんな、わかってない。どうしたって、おちていくしかないのだ。どれだけ、あがいても。


だいたい、ほかの人は『きちがい兄貴のこだわり方』がわからない。説明したってわからないんだよ。きちがい兄貴の態度は、おやじの態度とおなじように、普通に考えれば矛盾があるのだけど、普通の人には、これもわからない。この矛盾を説明すると、認知的不調和がしょうじるから、人によっては?不愉快な気持になる。

ちなみに、おやじもあにきも、自身の矛盾にはまったく気がついてない。これ、あれだけ、めちゃくちゃなことをやって、矛盾に気がつかないんだよ。ほんとうに、発狂してやって、「発狂してやったこと」を発狂して認めないということになる。

これが、ときどきそうなるということではなくて、基本的には、いつもそういう状態でいる。ノーマルな状態がそういう状態だ。システムのなかに「やったってやってない」が含まれている状態なんだよ。そして、本人だけは、そのことに「無頓着」なんだよ。マインドセットという言葉がある。これは、日本語で言えば「こころのかまえ」というような意味だ。これは、複合体だ。ひとつじゃない。システムとして成り立っている。けど、その、マインドセットよりも、さらに根源的なマインドセット?と言うべきものがあると思う。ようするに、メタ・マインドセットみたいなものがある。きちがい兄貴ときちがいおやじは、メタ・マインドセットの部分で、矛盾を感じないようになっている。だから、本人にどれだけ言っても無駄なのである。どれだけ、何回、ものすごい勢いでぶつかってもだなのである。一切合切つたわらない。そうなると、「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「そんなのは、お父さんに言えばいい」と思っている「あかの他人」とはぶつかることになる。ここでも、ぶつかることになる。家で、きちがいが、絶対の意地で自分勝手なことをするから、そのきちがいとぶつかっているのに、さらに、「あかの他人」とぶつからなければならなくなる。そういうふうに考える人「言えばいいのに、言わないからダメなんだ」と考える人に、きちがいおやじやきちがい兄貴の状態を説明しても、納得しない。これは、納得しないんだよ。そりゃあっちにしてみれば、そういう説明自体が、不愉快なことだから……怒ったりする。まあ、不愉快になるとか、不愉快になって怒るというような反応がある。これに関しては、もうすでに、だいぶまえに、説明したので省略する。

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わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。