2021年3月23日火曜日

ヘビメタ騒音で人生がない。これは、俺以外の人にはわからない


ヘビメタ騒音で人生がない。これは、俺以外の人にはわからない。けっきょく、ダイヤのようになってしまうのだから、理解もくそもない。ほんとうに、やられないとどういう影響があるのかわからない。どういう影響が残り続けるのかわからない。俺だってヘビメタ騒音のなかで「まけないように」やってきた。「気にしないように」してきた。「やられてしまったものは、あきらめて、希望をもって生きよう」と思って努力していた時期があった。ぜんぜんちがうんだよな。ダイヤも含めて、佐藤とかそういう人たちが思っているヘビメタ騒音の影響と、ヘビメタ騒音の影響がちがいすぎる。毎日14年間続いたと言っても、その話を聞いた人のなかでは、ほんの一瞬のことだ。そりゃ、実際には、きちがいヘビメタを聞いた時間はゼロだし、そういうことがあったんだなと思った時間は短い。「それでも」と言いたくなるだろう。他人事だから。実際に経験してないから。
 

「思い直してがんばる」ということを、俺がどれだけやってきたか、俺の話を聞いた人は、わからない。 鳴っているなかで、そう思って暮らしてきた……。それが、どれだけ毎日つらいことか、至近距離でやられてない人にはわからない。わからないものはわからない。どうしたって、自分の「なまはんかな」騒音経験から、きちがい兄貴の騒音を推し量ってしまう。俺だって、でかい幼稚園の隣に住んでいるわけだし、普通の騒音の規模はわかっている。そういう騒音じゃないんだよね。たとえば、すぐ横の敷地で、幼稚園の園舎を建て替える工事をしているとする。当然、うるさい。けど、ちがうんだよね。ちがうものはちがう。

で、それは、俺の「気分の問題」じゃないから。きちがいヘビメタは、工事の音とは、質的にちがう。たとえ、7メートルの空間でも、ぜんぜんちがう。ぜんぜん、ちがうということがわからない。ほかの人にはわからない。

ほかの人にしてみれば、「どうしてそんなにこだわっているか?」と思うようなことだ。これは、俺には絶望だ。これ、小学六年生のときから、そうなんだよ。鳴り始めた、小学六年生のときからそうだ。 


ほんとうに、ちがいすぎる。ほかの人にわからない。だいたい、ほかの人はきちがいおやじのことが、わからない。そして、きちがいおやじのコピーであるきちがい兄貴のこともわからない。これ、感覚の差なんだよな。さらに、実際にヘビメタ騒音を至近距離で、あれだけ長い時間、あれだけ長い期間、あれだけでかい音で鳴らされことがないので、「毎日ずっと、何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も何時間も鳴らされ続ける」ということが、体の感覚としてわからない。からだの感覚としてわからないなら、俺の言っていることはわからない。その人たちにとってみれば、俺が「やる気になれば」簡単に解決できるような問題なのである。なり終わったあとなら、なおさら、そのように考えるだろう。けど、ちがう。ちがうけど、他者には、わからない。わかるわけがない。けど、一応、俺が説明をすれば、「ヘビメタ騒音のことはわかった」ということになってしまう。けど、ちがう。わかってない。ぜんぜんわかってない。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。