2021年7月7日水曜日

ニュートラルな状態のとき、ややネガティブだと感じることが起きたときだけ

 感じ方の問題だから、意識的な意志で書き換えられること……というのは、少ない。小さい範囲のことでしかない。

しかし、よく考えない人たちが、すべて書き換えられると、あほなことを言っている。「すべて書き換えられる」と言っている人たちは、自分の実生活のなかで、じつは、書き換えられないことを体験しているのだけど、それに気がつかない。

ニュートラルな状態のとき、ややネガティブだと感じることが起きたときだけ、自分が「書き換えられるような」全能感を感じるのだ。しかし、それは、事前に選ばれている。

ほんとうに「書き換えなければならないこと」は、そのまま、感じたままになってしまう。つまり、自分が形成してきた感じ方の通りに感じるということになる。そのときは、「書き換えることができる」ということすら、頭に浮かんでこないのだ。

この人たちは、普通に怒ったり、よろこんだり、楽しんだり悲しんだりして暮らしている。それが普通にできるのは、じつは、 自分が形成してきた感じ方の通りに感じているからだ。

ようするに、すでに出来上がっている感じ方に頼り切っている。そして、頼り切っているということも忘れてしまっている。 

++++++++++

よろこぶことと、楽しむことは、それぞれ、効率が良いので、問題がない。人生の時間が限られているので、効率よく、楽しんだよろこんだりしなければならないのだ。悲しんだり怒ったり時間は、効率が悪いので、なるべく短くする必要がある。これは、ポジティブなことはいい・ネガティブなことは悪いという価値観と、ネガティブなことに時間をかけるのは効率的ではないという価値観の組み合わせで成り立っている。

たとえば、父親が死んだとき、悲しむ時間の長さで、効率が良いとか悪いということが決まる。ずっと悲しんでいるのは、効率が悪いのである。だから、なるべく短い時間、悲しんで、あとは、楽しくするのがよいと考えているのである。一秒間悲しんだあと、二秒目から、楽しんだほうがいいということになる。認知療法では、さすがに、そういうことは言わない。適切な悲しむ時間があるというのだ。そのとき、悲しんで、適切な時間をすぎたら、悲しまず楽しく暮らせばよいということになる。適切な時間というコンセプトを出しているけど、ネガティブなことに時間をかけるのは効率が悪いという考えはおなじだ。この「ネガティブなことに時間をかけるのは効率が悪い」という考えはそのまま、価値観なので、そういう価値観を持っているということが言える。認知療法は「価値観中立的」ではない。また、なにがネガティブなことで、なにがポジティブなことなのかは、議論の余地なく、「なんとなく」決まっているのである。なにがネガティブか、なにがポジティブかを決めるには、本人がどのくらい意識しているかは別にして、「価値観」が必要なのである。このような意味でも、認知療法は「価値観」を持っている。価値観中立的ではない。

++++++++++++

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。