2021年7月18日日曜日

尊敬すべき父親が、自分を虐待してくるということが、どういうことなのか、やられたことがない人にはわからない

 なんか、新しいネズミの糞があるような気がする。あれは、ネズミシートを片づけたときに落ちたものなのだろうか?

じつは、仏壇とか神棚をどうするかまよっている。とくに、神棚は問題だ。仏壇から、ネズミが飛び出してきたときには驚いたよ。仏壇には、殺虫剤がかかっている。仏壇自体はともかく、位牌にも殺虫剤が何度かかかった。なので、お坊さんには「殺虫剤がかかったことがある位牌なので、手袋をしてね」と言う、必要がある。

ネズミの件を言わないで、それを言うのが困難だ。 ネズミの件を言うとなると、親父の件も言わなければならない。親父が意地をはらなければ、こんなことになってないのだ。ところで、親父がうちにいれば怒り狂っている時代、親父は神棚に手を合わせていたのだ。俺は「そんなことをするなら、きちがい的な理由で怒り狂うのをまずやめてくれ」と思っていた。

いちおう、しあわせを願って、神棚に手を合わせるわけだろ。きちがい親父がきちがい的な理由でいつもいつも怒り狂っているので、うちの人はしあわせじゃないんだよ。「そんなのに祈ってないで、普通の人になってくれ。きちがい的な理由で爆発するのはやめてくれ」と思っていた。いつもいつも思っていた。

親父は、神棚にお祈りする前に、パンパンと「かしわで」を打つ。親父は、でかく音が響くように思いっきり、手を打つわけだけど、俺は、それが、いやでいやでしかたがなかった。

「はやく、会社に行ってくれないか」「はやく、家からいなくなってくれないか」と布団のなかで「死にそうな気分で」思っていた。あの、憂鬱はない。

俺にとって「元祖、朝の憂鬱」だ。

これ、本来は、尊敬すべき父親が、自分を虐待してくるということが、どういうことなのか、やられたことがない人にはわからない。どれだけ、広範な範囲に、被害が及ぶか想像もつかないと思う。神棚のしめ縄は、じつは、お母さんが死んだとき、とってもらった。親父にとらせた。それは、もう、俺が四〇代になったあとだ。

こういう、時間の流れも、時系列的なことを無視する人には、わからないことかもしれない。「しめ縄をとってくれたのだから、いいお父さんじゃないか」とか「けっきょく、自分の意地(エイリの意地)を通すことができたのだから、お父さんが、おまえ(エイリ)の言うことを、聞いたということじゃないか」と思うかもしれない。

いちおう、この、しめ縄をとってもらったということは、不公平になるから、書いておかないといけないと思って書いているけど、いろいろと誤解をよびそうなので、書きたくはない。これ、いろいろと複雑なんだよな。「なんか、やってほしいことがあるか」と、聞いてきたのでしめ縄をとってくれと言った。お母さんが死んで、いろいろと、お母さんの持ち物を片づけているときだ。

それなら、たとえば「まったく言うことを聞かない頑固おやじではなくて、聞くこともある親父なのではないか」と、まったくわかってない人は思うだろう。ちがうのだ。これ、ほんとうに、言いにくいなぁ。親父が家で、発狂していた時代は、きちがい兄貴の体が大きくなった時に、いちおう、おわる。

けど、きちがい親父の性格がかわってしまったわけではないのだ。親父の性格や親父の認知機能がかわってしまったわけではない。感覚器を書き換えるような性格がなくなってしまったわけではないということが重要だ。

まあ、きちがい親父が、いばっている、きちがいおやじ時代が終わったけど、きちがい兄貴がいばっているきちがい騒音時代が始まってしまったのだ。親父の頑固さと、きちがい兄貴の頑固さはおなじだから……こまる。あとは、自分がなにもやってないという意識、認識が続くというのもおなじなんだよ。

こんなの、ない。

きちがい的な頑固さでやり続ける……毎日やり続けるのに、やっているつもりもなければ、やったつもりもない、というきちがい感覚。しかも、相手(困っている家族)は、毎日、言っているんだぞ。

これも、毎日言われているのに、ずっと、何十年も「わからないまま」暮らすということが、どういうことなのか、普通の人には、まったくわかってない。ここらへんだって、絶対にわからないことだ。

普通の人の単純な思考だと、これ、わからないんだよ。

家にいるきちがい親父のことや、家にいるきちがい兄貴のことは、普通の人にはわからない部分がある。この部分のおかげで、どれだけ俺が誤解を受けてきたか。普通の人から誤解を受けてきた。そして、その誤解は、続く。俺が生きている限り続く。

++++(つづく)


 

 

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。