2021年10月20日水曜日

親切にしたり、感謝することでしあわせになるのであれば、みんなしあわせになっている(ふしあわせな人がいない世の中になっている)

  俺っ、むかしっから、成功した経営者や、なんだか知んないたけど恵まれた環境で育ってきた人や、有名な学者や、有名な宗教指導者が「親切にすると、しあわせになる」とか「感謝すると、しあわせになる」とかと言っているとき、「なんかおかしいな」と思ってきたんだよな。

そんなことで、しあわせになるなら、みんなしあわせになっている。だれだって、しあわせになるのであれば、不幸な人なんていない。不幸だと思っている人なんていない。くるしいと思っている人なんていない。くるしくてくるしくて、いきているのがつらいとおもっているひとなんていない。

そりゃ、親切にしたり、感謝をすれば、しあわせになるからだ。

つらい状態から解放されて、しあわせになるはずだ。けど、つらい状態でくらしている人が親切にしたり、感謝をしたりしても、しあわせにならない。あるいは、しあわせにならない場合のほうが、しあわせになる場合よりもずっと多い。

「どうしてかな」って、ずっと思ってきた。

それから、しあわせサイドから、「感謝をすればしあわせになる」とか「親切にすればしあわせになる」と言っている人には、わからないだろうけど、まわりのやつにやられて、つらくてつらくてしかたがない人が、そういうことを試みて、しあわせにならないときの、打撃がすごいのだ。

これも、しあわせサイドの人が完全に無視していることだ。

しあわせサイドの人が無視しているのは、つらい人の状態、つらい人の状況、つらい人の履歴だ。現実場面だけを輪切りにして、「こうすればしあわせになる」と言っているだけだからだ。こういう人は、まったくわかってないので「パンがなければ、パンをつくればいい」「パンがなければ、ケーキを食べればいい」「パンもケーキもなければ、ステーキを食べればいい」とパンも、小麦粉も、ケーキもステーキも、その他のパンらしきものをつくるための粉もない人に言ってしまう。小麦粉の代わりに米粉を使ったケーキをつくりましょうという場合だってあるから、いちおう、その他のパンらしきものをつくる粉もない人と書いておいた。

これは、状況の無視なんだけど、しあわせサイドの人は、ふしあわせサイドの人の、生まれ格差や生まれの格差から不可避的にしょうじる時系列的な経験というものを無視してしまう。履歴は大切だ。そりゃ、不幸な体験が積もり積もっている。一回の親切や感謝でくつがえせるものではない。もちろん、こういうことを言えば、「一回じゃなくて、何回も何回もやればいいじゃないですか」というようこなとを言い出すと思う。

全部がその調子だ。

実践的とか言い出したときには、まるまるまる。一番、実践的じゃないよ。まるで状態がわかってないから、言える言葉。これは、ほんとうにある意味、こまっている人をばかにしている。不幸な人を、侮辱している。不幸な人やこまっている人を……さきに……ばかにしたり、侮辱したのは、しあわせサイドの人。

しあわせサイドの人にはまったく見えてないところがある。そして、見えてないところが、ふしあわせな人のふしあわせな感じに影響を与えている。この影響は小さな影響ではないから、無視することはできない。小さなことではなくて、つらさの本体、ふしあわせ感の本体だからな。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。