2021年10月12日火曜日

「どんな人だって、タマムシを食べると、しあわせになる」「どんな状況だって、(人は)タマムシを食べると、しあわせになる」

  タマムシを食べるとしあわせを感じる人がいるとする。とりあえず、この人をAさんだとする。「タマムシを食べると、しあわせになる」とAさんが言ったとする。

Aさんのなかでは、これは、絶対に正しいことだ。主体がAさんである限りは、それで問題はない。

けど、Aさんが「どんな人だって、タマムシを食べるとしあわせになる」「どんな状況だって、(人は)タマムシを食べるとしあわせになる」「これは正しい」とほかの人に言ったとする。

ちなみに「人は、タマムシを食べるとしあわせになる」というのは、「どんな人だって、タマムシを食べると、しあわせになる」「どんな状況だって、(人は)タマムシを食べると、しあわせになる」ということを含んでいる。


「どんな人だって」という言葉が入っていない場合も、人は、タマムシを食べればしあわせになると言っているのだから、「どんな人だってタマムシを食べればしあわせになる」ということを含んでいる。

「どんな状況だって」ということに関しても、「人は、タマムシを食べるとしあわせになる」ということを言ったとき、状況について触れていないのだから、「どんな状況でも」「いかなる状況でも」そうなるということを言っているのとおなじだということになる。

すべての状況においてそうなると言っているのだから、特殊な状況も含んでいるということになる。

ラーメンだと、不思議に感じない人も、タマムシだと、不思議に感じる人がおおくなると思う。ちなみに、タマムシは、調理して食べないとだめだ。生で食べただめだ。タマムシのほかにも、イナゴ、バッタ、コオロギなども、適切な調理をすれば食べられる。

話を元に戻す。ラーメンを食べたとき、しあわせを感じる人は多いけど、タマムシを食べたときしあわせを感じる人は少ないので、多くの人にとっては、「タマムシを食べれば、だれだって、しあわせになる」とか「どんなにつらくても、タマムシを食べれば、しあわせになる」とか「どんな状況でも、タマムシを食べれば、しあわせになる」というような文言は、嘘のように聞こえる。

けっきょく、「Xをすれば、しあわせになる」というのは、多数派の理論だ。あなたが、少数派なら、まったく意味がないということになる。まあ、多数派に属していても、いろいろな問題があるとぼくは言っているのだけど……。つまり、多数派に属している人にとっても「Xをすれば、しあわせになる」とは言えないと思っている。その理由は、ずっと書いてきた。


わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。