だからまあ、「ちょっとどいて」と言われたときの、きちがい親父の態度と、「しずかにしてくれ」と言われたときの、きちがい兄貴の態度がまったくおなじなんだよ。きちがい的な意地で、やりきる。けど、相手がそれで、こまったということは、まったく、認識しないんだよ。だから、本人は、まったくつもりがない状態になっている。本人が、言われて怒ったという感覚が、非常に短い時間続いて、それでおしまいだ。そのとき怒り狂って、意地をはってやりきるだけで、やったつもりがないままなのだ。そして、自分が人に迷惑をかけているつもりなんかもまったくない。普通は、言われたら、相手がこまっているということは、理解できるのだけど、その理解が、「とんじゃって」ないのだ。だから、常に、悪気がないまま、きちがい的な意地で、迷惑行為をすることができるわけ。
ともかく、「そのときだけ」なんだよ。しかも、「やめてくれ」と言われて、自分が傷ついたという感覚しかない。相手が、それでこまっているということは、何万回言われても理解しない。感覚的にわからない。感覚的にわからないままなのだ。何万回言われても、感覚的にわからないままだ。だから、本人は「なにもやったつもりがない」まま、やりきってしまう。
ほんとうは、でかい音で鳴らしているということは、耳が正常なら、「言われなくてもわかること」なんだぞ。そういうでかい音で鳴っていると、勉強ができなくてこまるということは、頭が正常なら、「言われなくてもわかること」なんだぞ。けど、何万回言われても、その都度、本人が、怒り狂って、こだわってこだわってこだわって、やりきるだけで、まったくわかってないのだ。だから、全部の時間を、自分が思ったとおりの音で鳴らすということをするわけだけど、感覚的には、一秒も鳴らしてないのとおなじなのである。たとえば、こっちに迷惑をかけたという感じは、その日、30回言われて、30回「ぶつかっても」……しょうじないのである。自分が、言われたとき……そのときだけ、瞬間的に腹をたてる……だけで、ずっとやっていても、それで相手が、こまっているということは、一切合切、頭のなかにしょうじない。だから、きちがい兄貴は、一日に何十回「こまるからやめてくれ」と言われても、まったく、おとうとがこまってないつもりで、ずっとずっと鳴らし切る。こういう毎日だ。どれだけ言っても、きちがい兄貴の態度や感覚がかわらないのである。
卑怯なことなんだけど、よそのうちに行ったら鳴らさないんだよ。きちがい兄貴は、いま、埼玉のマンションに住んでいるのだけど、マンションでは、一秒だって鳴らさない。どうしてかというと、「でかい音だ」ということを知っているから。「でかい音で鳴らすと(ほかの人に迷惑がかかる」ということを知っているから。「でかい音で鳴らすと、他人が恨む」と言うことを知っているから。けど、「うち」では、それは、一切合切ないんだよ。きちがい親父がつくったうちでは、ないんだよ。きちがい親父にしたって、よそでは、きちがい的な理由で怒り狂うということをやってないんだよ。けど、「うち」では、スイッチが入ってしまう。これが……。本人が使いわけているつもりがないのだ。きちがい無意識。無意識的なスイッチ。 この、無意識的なスイッチが、凶暴で強烈だから、俺が……やられた俺が……ほかの人から「へんやつだ」と思われる……ことになっている。これ、ほんとうに「そういうことになっている」という感じだ。実際、よそのやつは、知らないわけだし、きちがい兄貴やきちがい親父も、知らないわけだ。よそのやつは、エイリさんのうちでおこったことなんて知らない。エイリさんの父親や兄がどういう人なのか、知らない。けど、きちがい的な意地でやっている本人が、きちがい的な意地でやっているということを知らないのである。知らない状態なのである。そんな異常なことが、ある、ということが、やはり、他人にはわからないから、俺がおいつめれることになるのである。きちがい兄貴のヘビメタで、ほんとうに、「できなくなっている」のに、他人が「そんなのはあまえだ」と言ってくる状態が生じてしまう。俺の人生なんて、そういうことの繰り返しだ。生まれたときからそうなんだよ。きちがい親父がそういう人間だからな。
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ともかく、トイレでどかされそうになったときの「親父の態度」と、ヘビメタを鳴らしているときに、しずかにさせられそうになったときの「兄貴の態度」が、まったくおなじなんだよ。そして、それは、「うちで」そうなるわけ。そして、本人たちは、自分がそうなっているということに関しては、まったく知らないわけ。そういうきちがい構造が成り立っているわけ。だから、そういう、きちがい的な親兄弟がいない人には、まったく、わからない。俺がへんなことを言っているように思えるのである。ほかの人は、エイリさんがへんな人でかんなことを言っていると思うわけ。「そんなのは、お兄さんに、しずかにしてって、言えばいいでしょ(言えば、しずかにしてくれるよ)」と思うわけ。「そんな音で鳴らしているのに、親が注意をしないなんておかしい(だから、エイリさんが嘘を言っている)」と思うわけ。
けど、ごく自然に、「うちでは、そう」なんだよ。