2014年8月12日火曜日

ネット荒らしの心理学 相手が、ストーカーで、自分のところにナイフを送ってきた

自分の文章は、全部とっておけばよかったなと感じている。
むかし、掲示板に自分が書いた文章は、全部、とっておけばよかったと感じている。妄想病の荒らしさんと、戦ったのは、二回ある。というか、二人の妄想病の人と、トラブった。妄想病なんて病気はないんだけど、僕が、いま必要に応じて、作り上げた。本当の、名称はある。病名がある。けど、その病名を使って、説明すると、まるまる病の人を、悪く言っているとか、思われるので、嫌だ。だいたい、妄想病の人は、自分にとって、ちょっとでも不都合なことを言われると、妄想をいだいてしまう。きっかけは、ちょっとむっとした、ちょっと「むっ」と思ったとかそういうことなんだけど、本人の頭のなかで、妄想が発達して、「そのいった相手が」なんだとかかんだとかということになる。相手が、悪のエージェントで、なんとかなんとか」とか、「相手が霊に取り憑かれていてなんとかなんとか」とか言ってるくる。あるいは、「相手が、ストーカーで、自分のところにナイフを送ってきた」とか言い出す。いちおう、事実固定をしておくと、相手は、その人のところに、ナイフなんて送ってない。けど、自分がそう思ったら、そう思った途端に、「相手がナイフを送ってきた」というのは、絶対の真実になってしまう。その人の脳みその中でそうなっても構わないけど、公共の?掲示板などに、「まるまるはストーカーで自分のところにナイフを送ってきた」というようなことを書くと、まずいわけだ。その人と、とか、相手というような言葉を使っているから、説明がちょっと、わかりにくくなっているかもしれないから、Aさんとか、Bさんという言葉を使って説明するかな?

けど、大丈夫でしょ。今の時点なら。この妄想家をAさん、妄想家の相手をBさんとすると、Bさんは、ストーカーじゃないし、Aさんに、ナイフを送ったりしてない。掲示板でのコテハンは、ともに、Aさんが、Aさん。BさんがBさんということにしておく。コテハンというのは、固定ハンドルのことで、掲示板に表示される名前のことだ。

で、Bさんは、Aさんの住所も本名も知らないから、ナイフなんて送りようがないのに、Aさんの妄想の中で、Bさんが、自分にナイフを送ってきたと思ったら、それは、即、事実で、くつがえしようがない客観的な事実だということになる。だから、Bさんが「ナイフなんて送ってない」というと、「そんなことはない。Bは、嘘を言っている。自分を騙そうとしている。他の人を騙そうとしている。いいかげんにしろ」などと、Aさんに言う。Bさんが「第一、Aさんの住所なんて知らないんだから、送りようがないだろ」というと、Aさんは、「知っている知ってる。いい加減な嘘をつくな。いい加減しろ!!!!!」などと、言ってしまう。

嘘を言っているのは、Aさんの方なんだけど、Aさんにとっては、自分の妄想が真実なので、そういう認識がない。やってないことで、Bさんを誹謗中傷する。しかし、Aさんは、誹謗中傷をしているつもりがない。だから、後で、Bさんが、「Aさんが、自分をネットで誹謗中傷した」というと、Aさんは「自分は誹謗中傷してない」ということになる。

いまは、文章で、事実を固定しているから、悪いのはAさんだということが、読者にはわかるが、実際には、事実を固定するということは、なかなかできない。証拠とか、証言者とか、目撃者とかいろいろ集めないとダメだしね。

神様的な視点に立って、「事実固定」をしていけば、どっちが悪いのか一目瞭然なんだけど、ネットでは、神様的な視点などはないから、双方が、双方の視点にたってものごとをいっているということになる。そうすると、普通に読んでいる人には、Aさんの言っていることが正しいのか、Bさんの言っていることが正しいのか、判断ができないということになる。Aさんは、「Bさんが、ストーカーで、Aさんにナイフを送ってきた」というし、Bさんは「自分はストーカーじゃないし、ナイフなんて送ってない。第一、住所も知らない」ということを言ったばあい、どっちが正しいのかわからない。Bさんの「第一、住所も知らない」ということに関しても、Aさんが「Bさんは自分の住所を知っている」と言ったら、双方の言い分が、同等の説得力で、存在していることになる。だって、「Bさんが、Aさんの住所を知っているかどうか」なんて、外野はわからないから。読んでいる人はわからないから。知っているはずがないことだから。

(ネット荒らしの心理学 抜粋2 小説)











わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



人気の投稿

「公開バージョン」はもとのバージョンの一部を文脈に関係なく削除したものなので、段落と段落のつながりがおかしい場合があります。(少し不自然な場合があります)。ご了承ください。

死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。