もう、むりかな。もう、むりな感じがする。おなじなんだよね。じつは、ネズミが入ってきてしまった。おなじなんだよねーー。
きちがい騒音にやられてから、めちゃくちゃにくるしい。普通の人は、普通の騒音なんだと思ってしまう。けど、きちがい兄貴はきちがいなので、やり方がちがうんだよ。
異常なんだよ。
その異常が、ずっと、成り立っている状態なんだよ。
こっちが、ずっとくるしいんだよ。
ほかの人は、助けてくれないよ。
「そんなのは、お兄さんに言えばいい」「家族で話し合えばいい」と言っておしまいだ。ほかの人は、きちがい兄貴ときちがい親父が、きちがいだということがわかっていない。わかっていないレベルでの発言なんだよ。
実際に、きちがい兄貴の騒音で、その人・本人がこまっているわけではない。異常なやり方なんだよ。死にたくなるような、やり方なんだよ。
そして、勉強の邪魔だ」「入試の邪魔だ」「期末テストの邪魔だ」と言ったって、きちがい兄貴が、きちがい基準で、のりこえて、自分がやりたい時間、自分がやりたい音で、鳴らしてしまう。
自分というのは、きちがい兄貴のことだ。しかも、のりこえてと書いたけど、きちがい兄貴本人は、ほんとうにまったく、悪いことをしているつもりがないのだ。
この「つもりのなさ」がひどいんだよ。こっちが、「やめてくれ」と言えば、きちがい兄貴が、きちがい親父のように、興奮して、発狂して、「はねのけて」しまう。
本人が、興奮して、発狂して、「はねのけて」しまったら、どれだけやり続けたって、本人は、なんともないんだよ。
こっちは、きちがい兄貴の騒音で、毎日死にたい気分だよ。だったし、いまもそうだ。よりよく生きたいと思っているので、自殺はしないけどね。
* * *
きちがいヘビメタが鳴っていた、一〇代と二〇代というのが、とてつもなく、重要なのである。だいたい、ずっと毎日続いたことが、その人の人生に影響を与えないわけがないだろ。
「鳴り終わったら関係がない」とか「過去は関係がない」というやつは、なぐってやりたくなる。
ヘビメタ騒音で穴があいている。ほかの人は、自分の問題ではないから、きちがいヘビメタ騒音の影響をあまく見ている。
これ、ぼくにとって、屈辱なんだよ。
侮辱なんだよ。
これも、相手は、まったく気がつかないけどね。
相手は、自分の見立てが、正しいと思っている。相手は、自分の信じていることが正しいと思っている。
たとえば、言霊主義者は、言霊理論が正しいと思っている。「元気だ元気だと言えば、元気になる」のである。「楽しい楽しいと言えば、楽しくなる」のである。「できるできると言えば、できる」のである。
こんなのない。
どんだけ、きちがいヘビメタ騒音でズタボロになっている俺を、傷つける言葉なのか、まったくわかっていない。
* * *
きちがい兄貴も、言霊主義者も、ヘビメタ騒音の影響をあまく見るのは、おなじなんだよな。きちがい兄貴も、言霊主義者も、ヘビメタ騒音の影響を無視するのは、おなじなんだよな。
「そんなのは気にしなければいい」「そんなのは、こだわらなければいい」「しずかになると言えばしずかになる」「眠れると言えば眠れる」だからなぁ。こんなのない。
「鳴らない、と言えば、鳴らない」……。こんなのはない。
どれだけ、「鳴らない」と言ったって、きちがい兄貴がきちがい兄貴の意志をもって、きちがい的にでかい音で……自分が満足できる時間の長さ鳴らしたいと思っていたら、鳴らすんだよ。
おれが「鳴らない」と言ったって、きちがい兄貴が鳴らす。
「ならないと言ったって、鳴る」と、言霊主義者に言えば、「言い方が悪いんだ」と言霊主義者が言ってくる。こんなの、ない。「うまく言えば、鳴りやむ」というきちがい理論だ。
こんな人を傷つけることを言っておいて、まったく、へっちゃらなんだよ。
やっぱり、きちがい兄貴と言霊主義者は似ているところがある。相手の立場に立って考えることができないのだ。あるいは、苦手なのだ。本人が「相手の立場に立って考えているつもり」でも、ほんとうは、相手の立場を無視しているということが、多いのではないか。
「人のせいにするな」と言う言霊主義者もいるけど、「やり方がへたくそなんだ」と俺のせいにするじゃないか。
根本的に理論が間違っているから、鳴りやまないんだよ。
「うまく言えば、鳴りやむ」という発想自体が、おかしい。人のせいにしている。「(あなたの)言い方が悪いから、鳴りやまない」と言うのであれば、人のせいにしている。
『言い方が悪くなければ、鳴りやむ』と思っているんだよな。言っただけで問題が解決するなら、苦労しないよ。
ともかく、きちがい兄貴が、きちがい兄貴の態度で鳴らすと、自動的に、俺と言霊主義者のなかが悪くなるんだよ。言霊主義者は言霊主義者で、『言ったことが現実化する。これが正しい』と思っているわけだからな。