きちがい兄貴の態度というのが、ほかの人にとって想像しにくい態度なんだよな。誤解がうまれる態度なんだよな。
だいたい、兄貴・本人が「でかい音で鳴らしていない」という気持ちをもっていること自体がおかしいからな。そりゃ、ほかの人は誤解するだろう。常識的に考えて、ありえないことだから、誤解をする。
あれだけでかい音で鳴らしていて、普通の音で鳴らしているという感覚をもっている(認識をもっている)ということ自体が、おかしいことだ。異常なことだ。
でかい音で鳴らしていても、普通の音で鳴らしているというふりをしているという場合はある。聴力が正常で、自分が、おなじ音で騒音を聞かされたら、「うるっさささい」と逆上してしまうような音で鳴らして、静かな音で鳴らしていると思っている感覚がおかしい。認識がおかしい。
そんな「隠れ設定」が、ほかの人に、わかるはずがない。きちがい兄貴がきちがいたるゆえんは、本人がわかっていなことだ。
ほかの人だけではなくて、本人がわかっていないのだ。自分が頑固にやっていることなのに、わかっていない。
聴覚が正常なら、どれだけ止めたくないことだって、認めるしかないのことなのに、「認めないぞ」と思っていないのに、ごく自然に「認めない」状態になっている。
こんなの、おかしい。まじで、きちがいだ。こういうところに、ずるさがあるんだよ。きちがい兄貴のずるさがある。絶対に、きちがい兄貴がきらいな音を、きちがい兄貴が鳴らした音のでかさで、鳴らしているやつがいたら、うるさいと思うのである。
きちがい兄貴だって、『うるさい』と思って腹を立てるのである。きちがい兄貴だって、その騒音なかで、勉強することができないのである。
ところが、ヘビメタは自分が思いっきり鳴らしたい曲なので、そういう部分を乗り越えてしまう。
もちろん、無意識的に乗り越えているから、意識的には、ぜんぜん気にしないということになる。わざとやっていることじゃないんだよ。普通なら……きちがいでない人なら……わざとやることになるんだよ。
必然的にそうなる。
きちがい兄貴は、きちがいだから、「でかい音で鳴らしている」という認識が、一五年間、ずっとなかった。これがおかしいのである。
けど、そのおかしさが、また、ほかの人にはわからないのである。
だから、俺が嘘を言ってると思うやつが、続出する。俺が大げさに言っているだけなんだと思うやつが、続出する。きちがい兄貴は、そういうことを、俺に押し付けている。このやり方は、きちがい親父のやり方とまったくおなじだ。
やっているやつの感覚がおかしいから、よその人が誤解をしてしまうのだ。こんなの、ない。
よその人はよその人で、自分の解釈に自信があるんだよ。常識的な解釈をしているわけだからそうなる。こまるんだよな。言霊主義者とぼくとの間に起こったことが、常識的な人とぼくのあいだに、起こる。
しくみは、おなじなんだけど、認めないだろ。
みんな、自分の解釈に自信がある。
「そんなのおかしい」と思ったら、よっぽどのことがない限り「そんなのおかしい」と思ったままだ。
つきあいが、とてつもなく深い人でなければ、そういう表面的な、第一印象的な解釈が、ずっと続くことになる。