2026年4月20日月曜日

●こういうことの犠牲者は、まじめな人なのである■言霊※2026/04/19 15:30

 言霊理論が正しいなら、ほんとうは、サービス残業なんてしなくてすむわけ。

カネなら、いくらでも「言うだけで」出てくるからだ。

サービス残業ではなくても……自分のことではなくて……相手のことなら……相手がどれだけ「無理だ」と言っても、相手に「作業」を押し付けることができるのである。

ようするに、言霊理論が背後にある言葉というのは……相手に「無理なこと」を押し付ける道具になってしまうのだ。

言霊思考が、相手に無理なことを押し付ける道具になってしまう。

しかも、押し付けるほうは、まったく悪いと思わないことが可能なのである。

「無理だと言うから無理なんだ」という言い方も、言霊理論が正しいなら、成り立ってしまう。

「無理だ」と言ったことが、無理であることの原因にはならないのである。

ところが、言霊主義に汚染されていると、「無理だと言うから無理なんだ」という意見が正しいことのように思えてくるのである。

だから、言霊主義者は「無理だと言うから無理なんだという考え方が正しい」と思ってしまうのである。「無理だと言っている相手が、間違っている」と思ってしまうのである。

『相手は、無理ではないことを無理だと言っているのだから、相手が言い訳をしているだけだ』……と言霊主義者は思ってしまうのである。

あるいは、『相手は、無理ではないことを無理だと言っているのだから、あまえているだけなのだ』……と言霊主義者は思ってしまうのである。

『言い訳をするのはよくないことだ』……と言霊主義者が考えている場合、言霊主義者の頭のなかでは……『相手が言い訳をしているのだから、相手が悪い』ということになってしまうのである。

『あまえることが、悪いことだ』……と言霊主義者が考えている場合、相手があまえているだけだから、さとしていいと思ってしまうのである。

なので、「無理だ」と言っている相手には、たいていの言霊主義者が、高圧的な態度をとることになるのである。

ところが、自分の態度が、高圧的だと思っていないのである。

言霊主義者の頭のなかでは……『無理だと言っている相手』がおとっているからダメなんだという解釈になってしまうのである。

「言えば、言ったことが(言霊の力によって)現実化する」という考えたを受け入れだけで、このように、「相手に無理なことを押し付ける」ことに抵抗がない人間になってしまうのである。

自分のことであれば、無理な理由が、わかっているのである。自分のこととしてわかっている。自分の!!経験を通してわかっている。

だから、普通の現実感が成り立っている場合、言霊主義者は、自分には、言霊理論を適用しないのである。ようするに、「これは、言い訳だ」と思わないし「これは、あまえだ」と思わないのである。言霊主義者が、自分のことについて、相手には説教をしたようなことを思っても、相手に説教をしたときの気持ちとはちがう、気持ちになってしまうのである。どうしてかというと、自分の身に起きたことの場合は、自分が「無理だ」と思う理由が、自分のなかで成り立っているからなのである。

しかし、他人のことだと、自分にとっての「普通の現実感」がないので、他人には、「無理なこと」を平気で押し付けることができるようになるのである。

もっとも、他人にとって……つまり、言霊主義者から見て相手にとって……それが本当に無理ことなのかどうかというのは、この場合、不定だ。実際に、無理なことになっている場合と、無理なことにはなっていない場合がある。

しかし、無理なことになっている場合は、言霊主義者の発言は、不適切な発言になってしまうのである。

これ、こういうことの犠牲者は、まじめな人なのである。

まじめな人が、耐えて耐えて、耐えて耐えて、それで「もう無理だ」という意味で「無理だ」と言っているのである。

言霊主義者は、まじめな人が、耐えて耐えて、耐えて耐えて、やってきた期間を、無視してしまう。

言霊主義者の認識というのは……相手が「無理だ」と言っているだけだ……というような認識なのである。

だから、「無理だというから無理なんだ」「できると言えばできる」というセリフを、気軽に言ってしまう。

しかし、耐えて耐えて、耐えて耐えて、やってきた期間を、無視されることは、たいていの場合、屈辱なのである。

ところが、言霊主義者は「いいことを言っている」と思っているのだ。自分は適切なことを言っていると思っているのだ。『相手が「無理だ」とネガティブなことを言って、さぼろうとしているのだから、さぼろうとしている相手が悪い』……と言霊主義者は思ってしまう。

毒チンについて参考となるサイト
https://note.com/akaihiguma/
https://ameblo.jp/sunamerio/

ワクチンをうけてしまった人は、なるべくはやく、イベル〇クチンや5-ALAやN-アセチルグルコサミンなどを飲んで解毒したほうがいいと思う。ニセモノのイベル〇クチンには気をつけください。味噌汁、納豆、甘酒、緑茶、みかん、バナナなど、なじみの食品も食べたほうがいい。味噌汁は、減塩ではなくて、従来の製法で作ったものがいい。麹味噌とかいいんじゃないかな。緑茶はペットボトルのものは、酸化防止剤が入っているのでよくない。ちゃんとお茶を淹れて飲んだほうがいい。

わかっていただけるかたに感謝しております。ありがとう~~ございます~~

自分の身のまわりを良い言葉で満たしたい人は、是非そうしてください~
人に優しい言葉をかけたい人は、是非そうしてください。
自分の思いは現実化すると信じている人は是非信じて、現実化してください
(ぼくが)こういうことを否定しているととらえている人がいるみたいだけど、ぼくが言っていることはそういうことじゃない。●●ではない人のことをもっと考えましょうということです。思いやりがあるのとないのはちがう。全体思考だと、かならず、こぼれる人が出てくる。こぼれる人に対する配慮は、事前に考えておくべきことだということを言いたいのです。それから、ぼくにとって「言霊」というのは、議論の対象、考察の対象であって、信仰の対象ではありません。なので、「言霊について議論しましょう」と言っているわけで、「言霊を信仰するな」と言っているわけではないのです。ここらへんの違いについて注目してください。刮目。刮目。


●ヘビメタ騒音というのは

ヘビメタ騒音というのは、ヘビーメタル騒音という意味です。ヘビーメタルというのは、甲高い金属音と重低音が特徴となるロックの一種です。
兄がヘビーメタルにこって、一日中、どでかい音で鳴らすようになったというのが、僕が引きこもらざるを得なかった直接の理由です。本当は、ヘビメタ騒音のことは書かずに、一般論だけを書くつもりでしたが、そういうわけにもいかず、いろいろなところで、ヘビメタ騒音の話が出てきます。


あの生活はない。この人生はない。
時間は無限ではなかった。とくに若いときの時間は。

俺の小説には思想的な意味がある。俺の小説には心理学的な意味がある。だれも語りえなかったことについて、語る

日付のない日記型小説(散文)・手記的な小説・究極のネガティブ苦悩爆発文学 1、2、3、4、5、6、7、8、9、10ともほぼ同じことが書いてあるので、人間界の苦悩について興味がない人は読まないでください!!!!!

「騒音生活」「騒音生活が与える性格・人生への影響」「言いがたい家族」「困った人間の心理」「変な頑固さ」「平気で嘘をつく人(嘘を言っているのに嘘を言っているつもりがない人)」「自分勝手な脳内変換」「どれだけ言ってもなにも伝わらない人の心理的なしくみ・態度・おいたち」について興味がない人は読まないでください!!!

各巻は同じ主題を扱ったバリエーション(変奏曲)のようなものだと思ってください。

ぼくはまけない

「地下室の手記」ならぬ「騒音室の手記」だから、手記的な小説です。普通の主人公や脇役がいっぱい出てくる小説を期待している人は、読まないほうがいいです。そういう小説ではありません。

サイコパスが含まれるタイトルに関しては本当は納得してない。あんまり好きじゃない。けど、ある単語を使うと出版自体があやういので、しかたがなく、サイコパスという単語を使っている。サイコパスとつければ受けるとでも思ったのか?というような感想を持つ人もいるかもしれないけど、そういうことではない。

認識がズレている親にやられたこどもが住んでいる世界というのはちがう。



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死にたいというのは、より良く生きたいということです。ぼくが「死にたい」と書いた場合、「より良く生きたい」と言っているのだなと、読み替えてください。心配にはおよびません。

過去に戻って、きちがいヘビメタ騒音なしでやり直したい。設定を変えてやり直したい。

用語解説:ヘビメタというのは、ヘビーメタルという音楽の分野を表す略語です。甲高い金属音と、超重低音が特徴となるクソうるさい音楽です。僕からみると、とても「音楽」と呼べるようなものではありません。本当に、特撮に出てくる「音」攻撃系の、音波です。あれはひどい。