いま、午後8時19分なんだけど、この時間は、日曜日も含めて、ガンガン鳴っていた。
きちがい兄貴のやり方が、ほんとうに、異常なのだ。普通の人は、どれだけやりたくても、あんなことはしない。
そして、きちがい兄貴の友達が家にきたとき、きちがい兄貴の友達が、きちがい兄貴に「こんな音で鳴らしたら、家の人がかわいそうだよ」と言ったのに、「だいじょうぶ。だいじょぶ」と兄貴が言って、まったく、気にしなかったのだ。
こういう脳みそなんだよ。
ほんとうに静かにさせられそうになったら、きちがい兄貴が、きちがい親父の態度で、やり続けるのである。殺さないとやめさせることができないのである。
そういうことをやっていても、自分がそういうことをやったということが、一切合切、わからない人間なのだ……。……きちがい兄貴は……。
なので、そういうことが毎日続いてしまう。
これは、経験したことがない人にはわからない。
しかし、ほかの人は、「自分だって苦労した」「自分だって騒音ぐらいある」と言って、俺の言うことを認めない。
ほかの人たちが経験した苦労のレベルと、ぼくが経験した苦労のレベルがちがうわけ。ぼくが経験した苦労と同レベルの苦労を経験した人は、みんな……ほんとうにみんな……ぼくが言ったことに賛成する……と思う。
これも、「思う」しかないのだけどね。
みんな、「鳴り終わったら関係がない」とか「過去は関係がない」とか「なんだ、そんなの!!」とか「ヘビメタ騒音なんて関係がない」とかと言う。
俺が言っていることを否定している。
同レベルの苦労を経験した人が、わかっていないはずがないのだ。
みんな、軽く考えている。
あるいは、無視している。影響のでかさを無視している。
そんなに、うまく暮らせるわけがないだろ。
全部の時間を、とられる。
全部の時間が、生きいるだけで、超ストレス状態のマイナスの時間になってしまう。
「自分だって騒音ぐらいある」と言った人もおなじだ。……「自分だって苦労した」と言った人とおなじだ……。
同レベルの騒音経験がないだけなのである。
同レベルの騒音経験があれば、俺の言ったことに、即座に、同意してくれる。
「自分だって騒音ぐらいある」と言うやつは、俺が言ったことに、同意しないのだ。
同意しないで、「自分だって騒音ぐらいある」と言っている。このちがいは、でかい。
ともかく、兄貴が特殊な人だったのである。
だから、レアな存在なのである。
あのやり方で、ずっとやり続けてしまうなんて、ほんとうに、きちがい的な人なのだ。これが、まずわかっていないのである。
ほかの人は、まず、これがわかっていない。
レア中のレアな存在が、きちがい的な意地をかけて、やったことなんだよ。やり続けたことなんだよ。
そして、きちがい親父も、レア中のレアな人なのだ。
この組み合わせの意味が、まったくわかっていない。この組み合わせの意味がまったくわかっていないということは、同レベルの経験をしたことがないということを、そのまま、意味している。
ともかく、続きすぎた。毎日なんだよ。どれだけ言っても、きちがい感覚で、スルーしてしまう。きちがい的反応をして、終わりにしてしまう。もちろん、やり続けるし、やり続けたことを、まったく気にしていないのだ。
何万回言っても、おなじなんだよ。
こういうレアな人と、一緒に住んだことがある人は、俺が言っていることがわかる。俺が言っていることに疑いをもったり、俺が言っていることを過小評価してしまう人というのは、じつは、俺と同レベルの経験がない人だ。
絶対に、わかる。